第254話 意外なところに意外なもの

 アリスが向かったのはストリートに面している小さな花屋であった。刀夜が先ほど落胆して出てきた石材屋の向かい隣となる。


 なぜ花屋なのかと刀夜は目が点となり、やはり何か別のものと勘違いをしているのではないかと勘ぐった。花屋では刀夜がそう思えても仕方がないことだ。


「これッスよ」


 彼女が指を指したのは鉢の花だ。淡い赤や黄色い花が咲いており、小さな鈴のような花も添えられている。


「花?」


 硫黄の特徴を説明したはずなのだが、どう受けとれば花と似ていると思えたのだろうか。刀夜は違うだろと彼女に目で訴える。


「違うッスよ、その根元ッス」


 結晶と花の違いくらい分かる。心外だとばかりにアリスは膨れた顔をする。


 彼女に言われるとおり根元を見ると見事に黄色い結晶の鉱石があった。刀夜はまさかとその鉱石を掴み取る。


「あ?」


 アリスは刀夜の突然の行為にやってしまったと焦った。一応店の売り物なのだから勝手に触るのはあまり良くはない。女性店員も怪しげそうにこちらを見ている。


 だが刀夜はナイフを取り出して突然結晶を削るという暴挙に出た。さすがにその行為にアリスやリリアそして店員も驚き、あり得ないと空いた口が塞がらない。


「と、刀夜っち……」


「刀夜様、それはさすがに……」


 二人が焦りを感じつつ店員をみた。彼女は営業スマイルではあるものの口元は引きつっており、むしろ余計に怖い。


「お、お客様何をしていらっしゃるのですか?」


 店員の声など耳に入らないのか刀夜は削った破片を指で擦り合わせて臭いをかいだ。微かに硫黄の臭いがする。間違いなく硫黄だと刀夜は確信した。


「店主、この店にある結晶コレをすべて売ってくれ」


「ええーっ!?」


 まさかの申し出に店主は仰天した。花屋にきて結晶だけ売ってくれなどという人を彼女は始めてみた。しかし花屋としては結晶だけ売れても困る。


「うちは花屋だから、そのようなことを言われても困るのですが……」


 花を際立たせるためにコーディネートしているのだから、結晶だけ持っていかれては肝心の花が売れなくなってしまう。


 店員が困った顔をすると刀夜は彼女の懸念を悟った。刀夜も包丁を売って生計を立てているので客がきて砥石だけ売ってくれと言われれば嫌である。


 彼女はいまそのような気持ちなのだろうと。であれば金に物を言わせるまでだ。


「無論花ごと買おう。だから売ってくれないか? 買った花も決して無駄にしないと誓う」


 刀夜は最後に無駄にしないそう付け加えた。彼女も花の職人なのだ。


 シール入りチョコウエハースを買って、ウエハースは捨てるなどというようなことはしないと言ったのである。同じ職人としてそんな輩には売りたくない気持ちは刀夜にも分かる。自分なら間違いなくそう思う。


 花屋の店主はそこまでいうのなら仕方がないと諦めた。だが大量の花を持ち歩くのは無理があるので、刀夜は宿泊先のホテルの場所を伝えると送ってもらうよう手配した。


 無論別途料金を彼女に渡すこととなる。


「まいどありがとうございました」


「良かったですね刀夜様」


「ああ、まさかこんな所に売っているなんてな。石材屋めぐりしていた時間がもったいなかった」


 嬉しい反面、時間を無駄にしたことを刀夜は残念がった。しかし硫黄が花屋で売っているなど常識では思いもつかないことだ。


 三人は再びカフェテラスへと向かいつつも刀夜の頭の中では何を作ろうかと色々巡らせていた。


「しかし、刀夜っち。あんなに沢山の花をどうするッスか?」


 無駄にしないと言った以上、それは守らなければならない。


「なに、花と言えばプレゼントに使えばよい」


 確かに花を送られて嬉しく思わない女性は少なくなないだろう。だがそれとて相手によるし、ましてやあれほどの膨大な花では嫌がらせと思われても仕方がない。


 その点をこの男は分かっているのだろうかとアリスは不安になる。だが刀夜は硫黄が手に入ったことでそんなことにまで頭を使っていなかった。


 そしてその話を聞いてリリアが膨れていることにも気が付いていない。リリアにしてみれば一体誰に花を送るつもりなのか、その相手が変に誤解したら嫌だと思えたからだ。


 だが刀夜は女性に贈るなどとは言っていないのである。


◇◇◇◇◇


 先ほどとは別の場所のカフェテラスへと刀夜達は足を運んだ。上機嫌の刀夜。不貞腐れているリリア。二人に不安を覚えるアリスで再びお茶をする。


「所で拓真の様子はどうなのだ?」


 刀夜がアリスに拓真の近況を聞いてみた。拓真は賢者の元で魔術や古代帝国について調査をしているはずである。だが彼女からは意外な言葉が返ってきた。


「拓ちゃんはすっかり魔法の虜って感じッスね」


「魔法の虜?」


 刀夜は嫌な予感がした。拓真は古代文明に関する調査はしていないのかと。


 刀夜達がこの世界に呼んだのはボドルドだ。そして刀夜達が帰る方法を有しているのもボドルドだ。ゆえに彼に帰してもらうよう頼むしかないく、そのためにも交渉材料が必要なのだ。


 ボドルドと交渉するには彼が何を望み、弱味はないのか、など彼のことを知っておく必要がある。特に帝国との間に何があったのか知りたい。


 魔法を学ぶなとは言わないがそれは本来の目的ではない。最もボドルドが関与しているのは最近知ったばかりなので拓真が知るよしもないのは仕方がないことではあるが。


「才能はあるのか?」


 刀夜は古代文明の件についてはいったん置いておいて彼女との話に合わせた。


「拓ちゃんは筋がいいッスよ。なにより魔法論理について非常に理解が早いッス。加えて高濃度のマナにさらされているから魔術師になれるのは時間の問題ッス」


「どんな魔法を覚えているんだ?」


 刀夜は拓真がどんな魔法を覚えようとしているのか興味が湧いた。覚えた魔法によってはもしかしたらこの先、役に立つかも知れない。


「一般的な生活魔法とポータル系の魔法ッス」


「空間転移か!」


 刀夜は拓真がちゃんと目的を忘れずにいてくれたのだと思った。刀夜も最初はその方面で大魔術図書館で調べていたのだから。しかし大魔術図書館に保管されている古代魔法には関連しそうな魔法はなかった。


 特にポータル系の魔法はまだ公開されていない魔法で、知られている範囲では、この魔法を使えるのは賢者マウロウだけである。


 アリスも転移魔法は使えなくはないが、彼女はまだ魔方陣を自ら描くことができないので、すでにある魔方陣を利用しかない。魔方陣に関してはまだまだまだ勉強中である。


 その賢者の元なら転移系魔法の最新情報を得ている可能性があるかも知れない。刀夜は早急に拓真に会いたくなった。


「拓真に逢えないか?」


「拓ちゃんと? いいッスよ。じゃぁ明日拓ちゃんを連れてホテルに行くッスよ」


「済まないな……恩にきる」


 拓真にマリュークスからの情報を伝えて彼には彼の視点で調査を行ってもらおうと刀夜は考えた。そのためにも顔を突き合わせて情報交換がしたい。


 それに加えてせっかくここに来てアリスとも出会えたのだ拓真も皆に合わせたいとも考えた。


「あの、アリス様……」


 リリアが彼女に畏まって名前を呼んだ。拓真が魔法を勉強しているという話で彼女はあることを思い出したのだ。


「なんッスか?」


「あの、実は巨人戦のときに使っていた魔法を私に教えてくれませんか?」


「魔法?」


 リリアが言っているのは身体能力強化のデバインボディと脳処理高速化魔法のクロックアップの事である。


 どちらも龍児に施されて彼は超人的な能力で巨人をたった一人で倒したのだ。正確にはアリスの援護もあったが。


「構わないッスけど、あれは古代魔法ッスよ。超難解魔法ッスよ?」


「構いません。お願いします」


 リリア深々とお辞儀をした。彼女はこの先、その魔法が必要になるかも知れないと感じていたのだ。


 リリアは颯太が持ち帰ったモンスター工場の情報を懸念していた。そのような施設を自警団が放置しておくわけがないのだ。


 強襲するとしたら必ず魔術ギルドに支援要請がくる。その時にアリスがいるとは限らないのだから覚えておいて損はないと思ったのだ。


「滞在期間は?」


「3日です」


「これはハードになるッスよ……」


「覚悟はできています!」


 リリアの眼は本気だった。


「よし、じゃ時間なから今から魔術ギルドで特訓ッスよ!」


「はい!!」


 刀夜はせっかくバカンスにきていたのになぜこうなったと脱力感に襲われた。


 その日はアリスに終日魔法を教えてもらったが、リリアの吸収の早さにアリスは驚かされることになる。マナイーターをたった1日で覚えた天才ぶりを再び発揮してその日のうちにおよそのコツを掴んでしまう。


 アリスからあとは日々の繰り返し練習で使えるようになるだろうと太鼓判をもらった。しかし、一ヶ月もかけて必死に覚えた魔法をたった1日で覚えてしまうリリアに彼女はさすがに悔しかったらしい。


 そしてアリスは渋い顔をして彼女は何者なのかと尋ねると刀夜からプラプティの生き残りだと伝えられアリスは少し納得した。母親の体内にいるときから濃厚なマナにさらされるプラプティの人ならあり得ると。


 魔法の習得は詰まるところマナの制御となるので、生まれた時から魔法の制御が得意なプラプティの人にとっては難しいものではない。ましてやリリアはのそ中でも特に優秀であり、これらの魔法と相性が良かったのだ。

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