第250話 ダジャレじゃない

 刀夜たちは自分達の部屋に向かうためにラウンジのある建物を出る。ここのホテルは各部屋がそれぞれ一つの建物となっている。吹き抜けとなっている渡り廊下を歩いてゆくと、周りには色々な植物が植えてあり、リゾート感を演出させていて目を奪われた。


 廊下は雨の日でも濡れないよう屋根が施されており、その屋根も作り物の葉っぱをあしらって南国感を演出している。徹底した作りはさすが高級ホテルだと皆は感心した。


 刀夜達の部屋は一番西側にあたる。これはわざわざ刀夜が狙って選んだのである。ホテルの敷居となる垣根を越えた隣には龍児たちが泊まっているホテルがあるのだ。


 一つは見せびらかし。もう一つはこちらに来やすいようにとの刀夜の配慮である。最も龍児なら前者しか頭にないであろうが葵や由美ならば後者を考えるだろう。刀夜はそこまで見越していた。


 やがて円筒型をした部屋というより家に到着する。三つ並んだ円筒形の部屋のうち一番西が女子、真ん中が男子、東側は空きである。ヤシの葉を模した扉の鍵を開けて中へと入る。


 外観同様部屋の中も円筒状となっており、床は綺麗なフローリングとなっている。左右にベッドが二つづつあり、中央に足の低いテーブルとクッション。ドレッサーや衣装ケース。トイレバス付きである。


 テーブルの上にはウェルカムドリンクとフルーツが添えられている。


 海のある北側は一面ガラスとなっていて刀夜を驚かせた。その大きさは刀夜の予想を越えるほどの大きなガラスだ。この世界でこれほど大きなガラスを作る技術が備わっていることに驚かされた。


 中央のガラスは扉を兼ねており左右にスライドすれば外に出られるようになっている。外にでると大きなプールがあり、シャワーも完備されている。


 このプールは三部屋共通のプールとなる。個別でないのが残念であるが、その分広さはそこそこある。学校の25メートルプールほどではないがその4分の1ぐらいほどの大きさだ


 そしてその向こうには純白のプライベートビーチが一望できた。龍児達のホテルとは生け垣で仕切られているので一般客はここに入ることはできないので、まさしくプライベート。


「あれ? こっちと繋がってるんだ」


 隣部屋との仕切りの端から顔を見せたのは梨沙だ。仕切りを回り込んで刀夜達の部屋の前にやってくる。


「へぇー、こうやって繋がっているんだ。いいねこれ」


 梨沙は大層このホテルが気に入ったようで、これまでにないほどの笑顔を見せると、晴樹はそんな彼女にドキリとさせられた。


 学校では一匹狼を気取っていつもつまらなさそうにしていた彼女。この世界にきてその本心を見せた彼女。慌てふためき、泣いて怒って、豊かに感情が解き放たれてゆく次々と変わってゆく彼女の姿は晴樹にとってかなり新鮮だった。


 晴樹は少しずつ彼女に引かれつつある自分に気がつく。いや、すでに気がついていたのだが知らない振りをしてきた。


 いままで多くの娘に言い寄られては断ってきたのは特定の相手を作るのが嫌だった。何かそこで自分が終わってしまうような、よく分からない感覚が恋愛感情にストップをかけてしまう。


 だが梨沙はころころ変化してみていて楽しい。そしてこのリゾートという地で彼の心境の変化は最高潮となってしまう。


 晴樹は珍しく照れた顔で梨沙の前に近寄った。梨沙は見たこともない晴樹の顔に何事かと驚いてキョトンとする。


 そして突如晴樹に抱き締められた。


「え? え? え?」


 彼女は何事がおきたのかと混乱に落ちる。顔が真っ赤となってのぼせあがると冷静に思考がまわらない。ただわかっているのは彼とずっとこうしていたいという感情のみ。


「梨沙ぁ~。どこいったの――ってええッ!? 何で? どうして!?」


 梨沙を探しにきた美紀の目に抱き合う二人の姿が飛び込んだ。ほんの僅かの時間に一体何が起きたのかと考えるのも思い当たる節はない。ただいえることは一つ……これはスクープだ。


「あら、晴樹君……大胆ね……」


「まぁ」


 美紀の驚きの声につられてやってきた舞衣とリリアにまで目撃されてしまう。晴樹はハッっと我に返ると自分のやっていることに驚いて彼女を離した。


「や、こ、これは違うんだ!」


 珍しく慌てて取り繕う晴樹であるがもはや手遅れである。梨沙は絶頂の幸せの中で身も心もふにゃふにゃとなっている。自力で立っているのもおぼつかない様子だったので美紀が彼女を支えた。


 彼女は完全にメロメロである……


「なーにが違うのかな? どうみても晴樹君が抱きついていたよね?」


 ニヤニヤと笑みを浮かべる美紀の突っ込みに晴樹は言い返せない。自分から抱きついたという自覚は残っている。だが、どうしてそんなことをしてまったのか。理由もよく分からない。いや分かっているのだきっと。


 彼は思考と感情のズレにより混乱していた。


「梨沙をこんなにしちゃって、ちゃーんと責任とってあげないとね」


 梨沙はあまりの幸せに完全に別世界へと旅立ち、ふにゃふにゃとなっている。美紀が意地悪そうにさらに追い込みかかろうとしたが、美紀の言葉に我に返った梨沙は慌てて彼女を止める。


「だだだだダメ、ダメよハルを追い込まないでぇ!」


 美紀の両肩を掴み、激しく揺さぶった。梨沙は無理に追い込んで今の状況から悪い方向に転ぶのを恐れた。梨沙にとっては十分すぎるほどの幸せであり、このままでいたかった。


「ようやくハルに春がきたか」


 刀夜の言葉に一同固まってしまう。この状況でそんなボケが出るとは……


 寒い雰囲気に女子から冷たい視線を向けられた。


「いや、いまのはダジャレではなくてだな……」


 刀夜としては親友にようやく意中の人ができたことが嬉しかったのだが、彼は言葉を誤って完全にその場を白けさせてしまった……もはや取り繕うことすらできない雰囲気だ。


 折角の雰囲気に申し訳ないと思う刀夜であったが、晴樹は上手く話が逸れて助かったと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る