第249話 シーサイドリゾート

 一方、刀夜たちは隣のホテル、シーサイドリゾート・ビスクビエンツの門をくぐった。ホテルの玄関口までに大きな庭園があり、彩り豊かな花が咲いている。そしていかにも南国を象徴するようなヤシモドキの木が植わっていた。


 ドアボーイが馬車の扉を開けると美紀は我先にと降りる。


「本日は遠いところシーサイドリゾートをご利用頂き、ありがとうございます。お荷物は私どもがお運びいたしますので、どうぞロビーのほうへ」


 丁寧な挨拶と共に清楚な顔付きの若い青年がハスキーボイスでロビーへと促した。


「ふえーイケメーン。さすが高級リゾート……」


 美紀はドアボーイの容姿に目を奪われた。胸に手を当て頬を染めると目を潤ませながら彼を見つめる。


「いや、それは高級リゾートと関係ないから……」


 梨沙に首根っこを捕まれて強引にホテルへと引きずられた。


「いやー、せめてお名前だけでもぉ~」


 彼女が恥ずかしい醜態を見せつける。見ている晴樹と舞衣は顔から火がでそうである。首根っこ捕まえて引っ張っている梨沙はさぞ恥ずかしいだろう。


 晴樹と舞衣はボーイに「すみません」と軽く謝って二人を追いかけた。


 リリアは先に馬車を降りると後から降りた来た刀夜の手を掴む。刀夜は杖をつきながら馬車を降りた。彼女にエスコートされながらホテルへと入ってゆく様は、まるでお爺ちゃんと孫のようだ。


 ラウンジの中はアジアンテイストな家具で統一されてエキゾチックな雰囲気を漂わせている。新築なだけあってあって新品の家具の香りとお香のような香りが入り交じっていた。


 店員が大きな扇子で扇いでおり、爽やかな風を演出させるなど非常に凝っている。


「リリア、悪いがチェックインを頼む」


「はい、わかりました」


 彼女は楽しそうにカウンターへと赴いた。刀夜は皆が集まっている所へと足を運ぶとソファーのような椅子に辛そうに座った。歩く分には問題ないが立ったり座ったりはまだ辛いのである。


「刀夜くん、よくこんなホテル知っていたわね」


 舞衣は相変わらずどこからこのような情報を得てくるのかと不思議に思った。


「ボナミザ商店の女将おかみからの紹介だ」


「ああ、なるほど」


 晴樹は納得といったかんじでうなずいていた。ボナミザ商会はこちらに支店を持っており、女将は仕事柄よくやってくることが多い。ついでにリゾートを満喫してから帰るのでこの辺りのホテルは熟知していた。


「でも高いのよね、本当にこんなところに泊まって良かったの?」


 舞衣はホテルに入ってすぐに高いと悟った。レイラが驚くのも無理ないと。ラウンジに設置している家具一つ一つが強い個性を主張しているが不思議と調和しており、おそらくすべてがオーダーメイドで同一職人による逸品ものだとわかる。


「帰る手がかりが見つかったからな……」


「ああ、分かった。だから奮発したんだ」


 美紀は楽しそうに刀夜の意図を当てようとした。これまで帰還するのにどのくらいお金が必要になるか分からないため普段は節制して資金には手をつけないようにしていた。だが帰る当てができたのでその必要がなくなったのだと美紀は思った。


 だが刀夜が考えていたのは別のことである。


「俺たちはこの世界に来て辛い思いばかりしてきた」


 急に話が重くなって刀夜の表現にも陰りを見せた。


「智恵美先生を初め、多くの仲間を失ってこの世界の人々とも出会って幾人かは失った……」


 皆は黙って刀夜の話に聞き入った。


「元の世界に帰ったとき、辛い思い出ばかりでは悲しいだろ」


 その言葉で刀夜が何を言いたいのか皆はようやく分かった。


「だから楽しい思い出も作ろう」


「そうだね」


「うんいいね」


「刀夜くんにしちゃ気がきくじゃない。死亡フラグ立ちそうなセリフだけど」


 美紀がケラケラと笑いながら刀夜の背中をたたいた。現代ならともかく、この世界では本当にあり得そうで洒落ならないセリフに刀夜は笑えなかった。


「あと皆にお願いなのだが、もし葵や龍児たちがこっちに泊まりたい素振りをみせたら誘ってやってくれ、泊まれるようにもう一室確保してあるから」


 とてもあの刀夜から出る言葉とは思えないようなセリフに皆は固まってしまう。由美や葵はともかく龍児や颯汰とは嫌煙の仲だ。特に龍児は教団事件前に一方的に刀夜を殴って危うく半身不随になりかけたところだった。


 だが、頑固な刀夜のほうからこのような提案がでたのなら、二人は仲直りができるのではないかという期待を舞衣は抱く。


「それ、いいの?」


「構わない」


「刀夜くんが誘ったら良くなくて?」


 舞衣は龍児と仲を縮めるチャンスだと刀夜の背中を押そうとした。強く反発し合う二人ではあるが100パーセント折り合えないわけではない。これがきっかけになるかも知れないと思えた。だが……


「俺が誘うと意固地になる奴がいるからな……」


 他の皆はその男を思い浮かべると、どっちもどっちだろうと乾いた笑いがおこり、それを見た舞衣はまだ早いかと肩を落とした。とはいえ少しは前に進みそうだ。


 そこに「楽しそうですね」とチェックインを済ませてきたリリアが戻ってくる。ルームキーを2つ持っており、一つを晴樹に渡した。


「部屋は男女別で二つ使ってくれ」


 刀夜達の部屋もリリア達の部屋も四人部屋である。


「ええー、悪いよ折角の夫婦水入らず……」


 美紀がニヤニヤと茶化しにかかる。それもどこかで聞いたことのあるセリフだ。


「今回は着替えもあるんだ。そんなわけにはいくか」


「ダメかぁ~」


 美紀がネタにしょうとしているのは見え見えである。その手に乗るかと刀夜は適当に理由をつけて突っぱねた。


 刀夜は家の部屋割りを行う際ににも同様のやりとりがあったのを思い出す。あのときは晴樹の提案で刀夜とリリアは一緒の部屋にさせられてしまった。


 最初は反対はしていたものの、リリアの奴隷の刻印の問題があったので仕方ないのだと自分に言い聞かせていたが、若い衝動に負けたのだと言えばそのとおりでもある。結局強く反発せずにリリアとの同室を選んでしまった。


 だがすぐにこれは良くないと、刀夜は失敗だったと恥じて穴に入りたい気分となってしまった。女子部屋は一人分のベッドが空いており、晴樹をリビングで寝かせてしまったことだ。親友なのになんと薄情な行動だったのだろうかと。


 再度部屋割りを提案したがもう後の祭りでガンとして晴樹から断られてしまった。だが結果として刀夜が不自由な体となったり、リリアの心の傷による衝動などを思えば彼女との同室は悪くはなかったのかも知れないと今では思っている。


 とはいえ今回は旅行なのだ。僅か数日の話だし、リゾートという雰囲気が気持ちを緩めてしまう可能性もあるため、刀夜はきっぱりと断った。

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