第248話 バッキバッキにしてやんよ

 レイラはチェックインの手続きを済ませるとロビーに集まっている面々に鍵を渡して簡単に後の説明した。


「ではここからは各自自由行動とする。今夜の宴会と朝食以外は自由にしてくれ。道中ご苦労だった。別れ!」


 レイラはいつもの癖で命令を指示してしまったために他の団員が思わず敬礼をしてしまう。日頃の訓練が完全に身に染みているため、油断するとこのようなことになる。


 レイラはしまったと思いつつ敬礼を返さずにはいられなくなり、苦笑いで敬礼を返した。そんなレイラにアイリーンが耐えられず笑ってしまう。


 彼らが借りた部屋は二人部屋から四人部屋となる。行動を共にしそうな者同士で部屋割りをしている。無論男女別で。


 レイラはアイリーンとアイギスと同室である。葵は由美と龍児は颯太と同室となる。


 木の廊下を渡ると左の窓からは湾岸ストリート越しに街中が見えた。平屋の一軒家が多く恐らく金持ちの家のようである。その奥には四階建て以上の建物が引き締めあっていた。


 各自、自分達の部屋へ到着すると団体から外れて部屋に入ってゆく。


「えーと、206号室はここだね」


「お、葵達は206かお隣だな」


 どうやら龍児達の部屋は隣の207号室のようであった。


「うるさくしないでよね」


「ぬかせ、お前さんに言われたくないぜ」


「むー」


 なんだかんだと騒ぐのは葵のほうである。自覚しているだけに彼女は言い返せない。


 膨れる葵を横目に龍児達は部屋へと入る。外からの光がしっかり入るのか部屋は明るい。だが部屋の中はすぐさま寝室となっているあたり普通のホテルである。


 部屋はベッドを縦に並べれるほどの広さがある。以前に龍児達が泊まった一般の街の宿に比べれば3倍ぐらいの広さがあるあたりは、さすが観光用であると感心した。


 ベッドもスプリングが効いた高級品だ。だかバストイレはない。


「トイレもないのか?」


「それならさっき階段上がったところにあったから共同なんじゃね?」


「なるほど」


 現代のように水洗技術が発達していないので致し方ないと龍児はそうそうに諦めた。ヤンタルでもピエルバルグの宿でも同じである。


「それよか窓の外を見てみろよ」


 颯太が指を指した先には海の地平線が見えていた。そして大きな入道雲も見える。


「ほおー」


 龍児は嬉しそうにベランダに出てみた。ホテルの目の前には純白のビーチが広がり、人々が海を堪能していた。颯太もベランダに出てくると龍児と同じ感動を分かち合う。


 砂浜が純白ということは普通の海岸ではないということだ。龍児はよく目を凝らしてみると海岸沿いの海には所々濃い緑色をしている。


「ほう。こんな近くなのに珊瑚礁があるのか」


「へぇー、マジかよ」


 つまりここの砂浜は珊瑚の死骸でできているということだ。龍児は確かテレビや雑誌でオーストラリアにこのようなビーチがあるのを思いだす。龍児は感動して早く泳いでみたいと思いつつもなんのビーチだったか思い出せそうで思い出せない。


「えーと、なんだっけ? へ……へ……」


 喉元まで名称がでかかっているのに出ないもどかしさを感じた。


「そう、ヘル・ビーチ!」


「いやヘブンズ・ビーチだろ……地獄に落としてどーすんだよ龍児……」


 あまりもなネーミングに颯太はあきれた。曖昧な記憶は颯太の突っ込みでようやくハッキリとすると龍児は笑ってごまかす。


「こらぁー! のぞき魔王ども!」


 突如声をかけられて龍児と颯太は驚いて飛び上がりそうになる。声のするほうを向けばベランダから葵がこちらをのぞいていた。


「だれが魔王だ!」


「浜辺の女子の水着をのぞこうとしたんでしょ。ドスケベ」


 そういいながらも葵の顔はニヤニヤとしている。明らかに龍児達をからかうつもりのようだ。


「ふふーん。そういう葵こそ野郎共のもっこりでも拝みに来たんだろ」


 颯太がやり返すとばかりに見下すような態度を取った。


「あーら。そんな態度とってると遊んであげないわよ。このバカンスを女っ毛なしでモサ苦しく過ごすのかしら?」


 葵も負けじと言い返す。彼らが女性にモテないのを見越しての発言だったがそれは颯太に火を付けた。


「はん、お前だって言い寄る相手なんていないじゃねーか。そんなマナい――モゴモゴ」


 龍児が危険を察知してとっさに颯太の口をふさいだ。


「あぁーッ! いまなんつった!!」


 怒りのオーラを立ち上げ葵が怒っている。決して言ってはならない禁句に彼女は敏感である。このままではどんな報復受けるか分かったものではない。


「ナニモイッテオリマセン……」


 龍児と颯太は首を振って否定する。そこで怒っている彼女の頭をポカリとたたいたのは由美だ。


「葵やめなさい。元はといえばあなたが挑発したのでしょ」


 彼女はなだめるかのように葵に言い聞かせた。由美のいうことが正論なだけに葵は膨れたまま大人しくなるしかない。言われっぱなしは酌ではあるが、せっかくのバカンス。雰囲気をぶち壊しては勿体ないと自分に言い聞かせて気持ちを切り替えた。


「それより、まだ時間があるから泳ぎに行かない?」


「おお、そうだな」


「せっかくきたんだから少しでも堪能しなきゃな」


 丁度よい助け船とばかりに二人は由美の提案に便乗する。それに夕食までにはまだまだ時間はたっぷりある。馬車で凝り固まった体をほぐすにもことにもなる。


「ふふーん、美樹のデザインは凄いんだから。あんたたちなんてバッキバッキにしてやるわ」


 葵は不適な笑みを浮かべながら部屋へと戻っていった。


「龍児……俺たちバッキバッキにされるんだと……」


「どこをバッキバッキにさせるつもりなんだろな……」


 葵は鼻っ柱のことを言ったつもりのようだったが思春期の男子にその表現はアウトであった。

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