第247話 どこまでも頼もしい美紀

 ツアーの一行は夜の休憩ポイントに到着した。ここも昼の休憩場所と同様に草原の真っ只中にあったが、大きな湖や木は無い。代わりに大きな岩がごろごろと転がっていた。その岩々にぽっかりと空いた広場には、使い古したかまどの跡が多く残されている。


 日はもうすぐ沈みそうなので今日はここで一泊することにした。自警団メンバーはレイラの指揮のもと早急にかまどを組み直して火を起こす。そして馬車から簡易テントを降ろして組み立てた。


 刀夜と美紀そして舞衣は簡易かまどで自警団たちと同じく火を起こして夕飯の準備に入る。晴樹と梨沙とリリアで簡易テントを張るがここで寝るのは刀夜と晴樹だけなので自警団のものと比べれば非常に小さい。ゆえにテントの組み立てはさほど時間はかからずに張り終わった。


 ほどなくしてピエルバルグ行きの大きな商人の一団と合流すると、休憩所にはテントの山ができて談笑の声と音楽で賑やかとなった。


 彼らはレイラ達がピエルバルグの自警団だと知るなや酒を差し入れてくる。いざ何かあったときに助けてもらうための根回しである。


 賑やかな夜も更けてくると明日のために早く就寝についた。


 刀夜と晴樹はテントで寝ることになるが、女子たちは馬車のラウンジで就寝する。馬車のほうが頑丈なので何かあった際にはテントよりは安全との配慮だが、自警団の馬車と違い十分広いのでテントの節約にもなる。


 そして特に何事もなく朝を迎えた。商人達とも別れて街道を進むこと半日、そよぐ風に塩っ気が混じってくる。海の香りである。同時にビスクビエンツ港街の防壁が見えてくる。


 この街の防壁はピエルバルグやヤンタルのように外周を完全に囲んでいない。街半分が海に面しているので陸地側の半分だけとなっている。


「ふおおー港街だ。海の香りだ」


 美紀が楽しそうに馬車の窓から体半分を乗り出して街の外観と潮風を堪能している。誘われるように舞衣、梨沙、リリアも窓から顔をだした。


「わぁ……いい風」


 乗り合わせている自警団の連中もつられて窓から顔を出した。そして刀夜たちの前を走っている自警団のバスからも数人が顔をのぞかせている。


 やがて防壁で視界を奪われて海が見えなくなると、馬車は検問を通り過ぎて街中へと入っていく。街の作りはピエルバルグと特に大して変わらない。街の中心にそびえ立つ時計塔がその存在感をアピールしていた。そんなメインストリートを抜けると港が見えてきて港町らしくなった。


 海岸沿いは浅瀬のため大型船舶は近寄ることができない。そのためこの街の一部は海面上にも作られており、大きく伸びた桟橋の先に大型船舶が止まっていた。


 まるでペリーの黒船のような船には煙突が付いており、黒い煙をあげていた。一目で蒸気機関だと見抜いた刀夜はそのようなものが開発されていることに驚いた。明らかにこの船だけ時代錯誤な代物だ。


 この蒸気機関の開発は賢者の一人が古い文献を元にその開発を行っており、試作機の1台しかない。ゆえにこの船は非常に貴重品であるが、あまり上手く運用できていないらしい。


 交代で乗り合わせていた自警団の団員が刀夜に教えてくれた。うまく運用できていない原因は燃料にある。大陸の向こうで石炭が取れるのだが、隣大陸にはビスクビエンツのような港街と小さな村しかなく人口は極度に少ない。


 その理由は火山からの有毒ガスにより生物の住める環境が限られているためだ。そのような環境なので時折ガスが舞う炭鉱での石炭の採掘は難航して産出量が少ない。燃料が確保がしにくく、かといってまきなどでは火力も燃費も悪い。だが将来性を見越して両港街が共同でこの船舶を運用管理していた。


 そんな説明を受けながらも馬車の一行は進路を東にとった。ゴミの多かった海岸線と異なって純白の白く綺麗な海岸が見えてくる。


「うーみぃー キタ――――――――ッ!!」


 葵と美紀が自警団と刀夜の互いの馬車から上半身を乗り出して同じセリフを叫んだ。さすがにそれは恥ずかしいから止めろと互いの馬車の同乗者から中へとひきずりこまれる。


 そうこうしている内に彼らは宿泊施設へと到着する。4階建ての真っ白な壁と煉瓦の木造ホテルである。ホテルの庭に植わっている木がいかにも南国といった感じを演出していた。


 ホテルの門をくぐって噴水のロータリーを回る。入口へと到着するとドアボーイがやってきて自警団の馬車の扉を開けた。皆がぞろぞろと降りてきて各自の荷物を馬車から降ろすとそれをドアボーイたちが運んでゆく。


「へー、なかなか良さげなホテルじゃん」


 葵が辺りをキョロキョロと見回してホテルの様子をうかがった。日本にある高級ホテルには遠く及ばないが、そこそこのホテルとそん色ないと感じた。


「えーと、ロイヤルビーチホテル・イン・ビスクビエンツ……」


 と颯太が看板を見てホテルの名前を口にするとネーミングが名前負けしているではないかとケラケラと笑い出した。


「まぁ予算の都合でな。自警団の顔が効いて団体割引も効くとなるとどうしても限られる。だがここは老舗しにせのホテルだぞ」


 とレイラは自慢してみせた。確かに老舗しにせでホテル自体は200年ぐらいの歴史がある。だがそれは悪く言えば老朽化して古臭いホテルともいえる。外壁は塗り直したので綺麗ではあったが……


「まぁ、だったら料理とか期待できそうだよね」


 美紀はいつの間にか馬車を降りて固まった体をほぐすかのように背伸びをしながら、嬉しそうにレイラのフォローを入れていた。


「何をしている美紀。早く馬車に乗れ」


 刀夜が馬車の窓から美紀に馬車に乗るよう注意する。


「へ? なんで? 着いたんじゃないの?」


 美紀はなぜ刀夜がそんなことを言い出すのか理解に苦しんだ。美紀は背伸びのポーズが崩れた姿勢で頭の上にクエッションマークをいくつも浮かべながら固まってしまう。


 レイラ達自警団の面々も刀夜は同じホテルなのだとばかり思っていたらしく、荷物を降ろす作業の手が止まった。刀夜の馬車に乗り合わせていた団員たちも「え?」といった顔で彼らを見ていた。


「俺達の止まるホテルはすぐ隣のホテルだ。ここじゃない」


「えー!? じゃぁ、葵と一緒に遊べないじゃん!!」


 美紀が驚いて刀夜に突っかかった。普段はお風呂のときぐらいしか一緒にいられないので彼女はこの旅行を楽しみにしていたのだ。ひそかに葵の部屋に突撃しようなどと計画を企てていたのに全てパアだ。


「え!? と、隣ってまさかそこのホテルのことか!?」


 今度はレイラが驚いて東にある隣のホテルを指差した。葵と美紀が振り向いてみれば彼女が指を差していたのはせいぜい二階建が良いところの背の低いホテルだ。


「えーーーーっ」と美紀は嫌そうな顔をする。


「なんだ、その不服そうな顔は? 嫌ならお望みどおりお前だけこっちのホテル泊まっても問題ないぞ。1人なら飛び込みぐらいできるだろう」


 美紀の嫌そうな顔に刀夜は不機嫌な顔で彼女の望みどおりの提案を出した。これは文句を垂れる美紀に対して報復の意味を持っているのだが美紀はその意図が掴めず、言葉どおり受け取る。


 彼女は目を輝かせて「ホント?」と笑顔を見せた。そんな彼女に刀夜はニヤリとして「ああ、本当だとも」と返事を返す。


「ば、ばかな。隣のホテルはできて間もない高級リゾートホテルだぞ!? 確か一泊銀貨60枚以上の!!」


 レイラの言葉にその場にいた皆の顔が引きつる。店員は明らかに嫌そうな顔をした。良いところ出のレイラやアイリーンですらそのようなホテルには泊まったことがない。


 そんな高級ホテルを利用しようと思うのは大富豪である商人か街の経費などで泊まれる人物つまり議員ぐらである。


 レイラの口にした金額で美紀は昔の事を思い出した。確かヤンタルの街の高級ホテルに泊まったときは刀夜は一泊80枚もの最上級で、美紀と梨沙は一個下のランクでそれでも銀貨64枚であった。


 つまり刀夜の予約したホテルはあの時の高級ホテル並みのクラスだとうことだ。


「残念だったな美紀。一緒できなくて……」


 刀夜はニヤニヤと悪魔のような微笑みを美紀に向けた。美紀の顔が見る見る青ざめてゆく。


「と、いうことで葵! ごめんねぇ~」


 彼女はいつの間にか馬車に乗り込み、窓から葵に別れの挨拶をしていた。彼女の態度の切り替えの早さにに刀夜はあきれて目が点になる。


「こ、この裏切り者~!!」


 葵が怒るのを横目に刀夜の馬車は隣の高級リゾートホテルへと向かった。葵への嫌がらせその3であった。

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