第245話 自警団と密談

 刀夜とリリアのはからいで昼休憩は不穏な空気にならずに済んだ。最も不穏な空気をわざと作ったのは他でもない刀夜であるが。葵や龍児への些細な嫌がらせのつもりだったのだが、ここまで空気が悪くなるとは想定していなかった。


 そんな刀夜は折り畳み椅子で横になりながらお茶で一息をついていた。そこにレイラとアイリーンがやってくる。彼女達は少し深刻な様子である。


「先程は食べ物を分けて頂き、ありがとう」


 アイリーンが声をかけてきたので刀夜は寝そべるような姿勢をやめて体を起こした。そして彼女達に椅子に座るよう促すと二人は刀夜に言われるまま並んで座った。


「何か用ですか?」


 彼女達の深刻そうな様子からただお礼をいいにきたと思えず、何事かと尋ねた所レイラが申し訳なさそうにお願い事をしてきた。


「実は貴殿の馬車に空きがあれば数人そちらに乗せてもらえないだろうか?」


 刀夜の馬車には6人乗っているがその程度の人数であればラウンジだけでも十分である。前の座席のボックスはまるまる空いており4人、詰めれば5人は入れる。自警団のバスに比べれれば余裕で広く感じるだろう。


「何かあったのですか?」


「いや、実は人が多過ぎて馬がへばり気味なのだ。このままでも行けなくはないが遅くなってしまう。分散して軽くなれば……と」


 レイラはバツが悪そうに事情説明をした。これは彼女たちの失態である。馬については説明した通りなのだが一番の問題は狭いということであった。借りれる馬車は1台しかなかったのは事前に分かっていたのに参加希望したメンバーを全員連れてきてしまったことだ。


「構いませんよ」


 刀夜は即答で軽く返事を返した。


 レイラの刀夜への印象は気難しい相手であったため、即答で了承が得られるとは思ってもいなかった。あまりにもあっさりとしていたためホッとする。何かしら交換条件ぐらい出されるかも知れないと不安を抱いていたのだ。


「代わりといってはなんですが……」


 レイラは「うっ」と嫌そうな顔をした。緊張の糸を緩めた瞬間のカウンターパンチだ。レイラは何を言われるかと身構える。


「最初の人はアイリーンさん、レイラさん、龍児をお願いします」


「? ああ、構わないが……?」


 その人選に何か意味があるのかとレイラは思案する。そして呼ばれたメンバーから恐らく自警団と彼らにまつわる話なのだと予測した。


◇◇◇◇◇


 休暇も終わると後片付けを済ませて目的地に向けて出発した。刀夜が乗る馬車のボックス席の前にはアイリーンとレイラそしてリリアが座る。後部には刀夜と龍児が座った。


 レイラは約束どおりアイリーンと龍児を連れてやってきた。おまけで葵と由美そして颯太もついてきてしまったが。それはそれで二度手間にならなくて済むと刀夜は黙認した。


 ボックス席の横に立てかけている板を倒すと簡易テーブルとなり、そこに梨沙がお茶を入れたタンブラーのような器を人数分持ってきた。底が深いので多少馬車が暴れても溢れる心配はなく、器はテーブルの空いた穴に差し込むことができるようになっている。


「かたじけない」


「ところで私たち自警団の幹部をわざわざ呼んで何を話をするつもりなのですか?」


 アイリーンは自分たちが呼び出された理由がわからなかった。


「他でもない先日に起きた教団事件の情報が欲しい」


 アイリーンはそうきたかと警戒した。


「捜査内容については教えできませんわ。ご存じと思っていましたが?」


「むろん知っている。だが、今回の一件は俺たちは無関係じゃない。他人事では済まされない状況にあります」


 刀夜が欲しているのは自分達がこの世界に呼ばれた意味と帰る方法、またはそれに繋がる情報である。リリアや龍児から情報はある程度得てはいるが自警団側で得ている情報があらば欲しいのだ。特にボドルドへと繋がるモンスター工場の情報だ。教団の砦から色々情報を得ているのではないかと刀夜は期待していた。


「どういうことかしら」


 アイリーンは白々しく尋ねた。その意図は逆に刀夜から彼らしか持ちえない情報を引き出しにかかった。


「ご存知のとおり我々は異人です。ここにきたのは黒い嵐に巻き込まれて飛ばされてきました。が――その真実はボドルドによって引き起こされたらしい。そしてマリュークスによれば帰る方法をボドルドが知っているということです。だから我々はボドルドに会う必要がある。そしてボドルドは教団と関係がありそうだ。最もマリュークスもボドルドも本物ならばだが……教団を追い続けていた自警団はご存じなのでは?」


「ま、待ってくれ刀夜……殿。それに関しては我々も驚いているぐらいなのだ」


 レイラの言っていることは本当である。自警団も魔術ギルドも議会にいたるまで誰も過去の偉人が生きているなどと思っていないのである。仮に知っていたとしても秘守義務で喋ることはできない。


 だが彼らが話せないことは刀夜も分かっている。なので彼女の達の反応を見るためにカマをかけたのだ。自警団がもしこれらの情報について何かしら持っていれば反応があるかもと……


 だがレイラは素で知らないようだしアイリーンにいってはポーカーフェイスを決め込まれて判断できなかった。


「分かりました。だが我々はどうしてもボドルドやマリュークスに会わなくてはならない」


「どうやって探すんだ? 雲を掴むような話だぞ」


 押し黙っていた龍児の口が開いた。


「今のところ接点である教団関連から当たるしかない。できればその辺りの情報をもらえないでしょうか? ひとまずボドルドの弟子とかほざいている魔法使いとかモンスター工場の情報が欲しい」


「我々が情報漏洩するとでも?」


「思わないな――だがギブアンドテイクならどでしょう? マリュークスの話によれば俺たちはボドルドにとって重要な人物らしい。であればいずれ向こうからアポが来る可能性もある。教団や何らかの方法で」


「なるほど、その情報を私たちにリークする代わりにこちらで得た情報をくれというわけか」


「これは取引です。あなたたちだって捜査の上でそういうことぐらい非公開でしてるのではありませんか?」


 それは刀夜の予想ではあるが、自警団はてっとり早く情報を得る為に確かにそういったことも辞さない場合がある。


「この取引はアイリーンさんに頼んでいるのではない。自警団に頼んでいるつもりです」


 アイリーン一人にそのな重大な判断を背負わせては彼女が萎縮いしゅくしてしまうかもしれない。それに加えて街内部のみならず郊外での捜査も必要になる。そのためには1警や2警に動いてもらう必要が出てくるだろうと刀夜は読んでいた。だがその言葉にアイリーンは怖い顔になった。


「貴殿はオルマー家と分かち合っているのではないのか? 我々とそのような密約を交わせば貴殿の立場は悪くならないのか?」


 オルマー家と自警団をバックボーンに持っている議員は敵対関係にあるので、自警団に肩入れすれば誤解を生む恐れがあることを彼女はいっている。


「それはこちらの問題です。俺とオルマー家とは互いに利用しあうだけの仲だ。あくまでも最優先は元へと戻ることにある」


 アイリーンは腕を組んで悩んだ。だが自警団全体にかかわることなのですぐに決断は出せないことを刀夜に伝えた。刀夜もすぐにこの場で決めてもらおうなどとは思っていない。


 ただ自警団幹部と直接話できるタイミングがこの旅行しかなかっただけである。あとはアイリーンから団長にこの話がいくだろう。その一点で彼女と刀夜は了承した。


 そしてレイラから合成獣の情報とそれはおそらくモンスター工場で作られたのだろうという見解話してくれた。この程度の情報ならば彼に公開しても問題ないと判断したからだ。


 何しろ工場や合成獣の話は龍児やリリアが関わっている事件だ。ゆえに刀夜にとっては新鮮味のない話が多かった。


 自警団としてはリセボ村のさらに向こう、つまり旧ピエルバルグ帝国領方面に工場があるのではなかと見ているとの情報だけを刀夜に与えた。

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