第244話 ここでも格差社会
昼前、湖の見える休憩場へと到着する。のどかな草原とこの木なんの木といいたくなるような大きな木の下で馬車を停車させた。
「ここで昼休憩としよう」
レイラから休憩の合図が下ると皆は外に出て体を伸ばした。たった半日だったが彼らの体は凝り固まってバキバキとなっている。
「うえー…エコノミー症候群になりそう」
葵がへばった顔でぼやいた。だがこのままでは本当にエコノミー症候群になってしまうのではないかと彼女は危惧する。ちらりと刀夜の馬車を見て、あちらはどれほど快適なのだろうかと羨ましく思うのであった。
◇◇◇◇◇
自警団の団員は馬車から荷物を降ろすと昼食の準備にかかった。草原にはこの街道を利用するもの達が使っていたと思われる
刀夜達も昼御飯の準備にかかる。晴樹は馬車から折り畳み板を取り出して広げると簡易
レイラ達も
美紀が同じくスープ用の鍋を用意すると舞衣が湖の水を注ぎこんだ。そこにリリアがやってきて彼女は鍋に手をかざして呪文を唱える。
「淀み不浄なる存在よ、清高なる光明にて浄化せよ! ピュリフィケイション!」
鍋に魔方陣が形成されると一瞬光輝き、水は浄水へと変化する。そこに美紀が袋から調理済み味付け野菜と香辛料をドボドボと入れた。
「この物を模る小さきものよ加速と対流をもちて己を加熱せよ! ヒートウォーター!」
まるで追い討ちをかけるかのように放たれた魔法は再び鍋を魔方陣が包んで光輝く。すると中の水が一気に沸騰してグツグツと煮えだした。
煮えたスープの臭いが周りにただよう。
「貴重な魔法をあんなことに……」
レイラはいまだ冷たいままの水を見ながら複雑な気持ちに陥る。しかしリリア曰く、これが本来の魔法の使い方だという。
鉄板プレートが焼けてきたころ、刀夜はおもむろに木箱から食材を取り出した。プレートに油を引いて赤くて大きなその食材を置く。
ジュウーと景気の良い焼ける音が響くと即座にそれを裏返してさらに焼く。そして香辛料を振りかけるとまたたく間に焼ける臭いが自警団の連中の所まで香った。
「う、こ、この臭い……」
反応したのは颯太だ。振り返って刀夜が焼いているものに目が奪われた。
「肉! マジか? ステーキじゃねーかッ!!」
「ええ!? ステーキ!!」
颯太の反応に葵もつられる。驚くのも無理ない刀夜が焼いているのは生肉なのだから。颯太たちは乾燥肉しか用意していない。
「ちょっと、まだお昼だからって生肉なんて危なくない?」
葵が危惧するもの無理ない。冷蔵庫もなければクーラーボックスもない世界なのだ。食材が痛むのは必至である。
だが詰め寄った葵の眼に飛び込んだのは食材の入った木箱の水滴だった。驚いて木箱に手を突っ込んで食材を手にするとヒンヤリと冷たい。
「ええ!? なんで?」
食材が冷やされ保管がちゃんとできていることに驚く。
「氷ね……」
後ろから興味が湧いた由美が首を突っ込んできた。彼女が指をさしたのは食材の下に引かれている青い袋だ。葵がその一つを持ち上げるとじゃらじゃらと氷の音がした。手には冷たい感触がじんじんと伝わってくる。
「魔法で氷を作ったのね。んーいい香り……」
いつの間にかアイリーンもやって来ていた。刀夜は焼いている肉にさっとナイフを入れてフォークで突き刺すと彼女に差しだした。
「どうぞ……」
「あら、気が利くわね。ありがたくおよばれになるわ」
アイリーンは出されたフォークを手にすると肉を上品に口に入れた。ミディアムレアに焼けた肉は柔らかく、肉汁が溢れてくる。そして香辛料の香りが鼻孔を突く。
「んーっ、やはり焼きたては違うわね」
彼女は満悦の笑みを浮かべながらまだ口に残っている肉を味わった。刀夜は釣られてやって来たレイラや葵と由美にもひと切れを渡した。
「うわ~分厚い」
葵が喉をゴクリと鳴らして口へと放り込む。至福のときが過ぎる。
「めちゃウマー」
肉を口の中で屠りながら溢れ出る肉汁を堪能する。彼女はもっと欲しいと欲望に刈られるがそれ以上は貰えない。これが葵への仕返しその2なのだから。
「アイリーンさんこれヤバイですよ。こんなの先に食べたら干し肉食べれなくなりますよ……」
モクモクと口の中で肉を堪能しているアイギスが忠告した。
刀夜は不穏な空気を感じて次々と肉を出して焼きだした。葵への嫌がらせだったのだが思わぬ方向にその効果が伝染してしまったのを感じ取ったのである。
昼食の用意をしている自警団の連中から不満の気配が蔓延し始めていた。刀夜はやり過ぎたのである。
反省して焼いた肉を皿一杯にもりつけてリリアに渡した。リリアは刀夜の表情だけで彼が何を言おうとしたか悟り、自警団のほうへと赴いた。
盛り上がる刀夜達を横目に龍児達のほうは未だにスープのお湯さえ沸いていない。
龍児は妙な敗北感に襲われる。楽しいはずの旅行がちっとも楽しくない。彼は苛立ちを覚え、思わずそれを表情に出してしまった。
そんな龍児を颯太がまた暴れないかと心配する。龍児は火力をあげようと乱暴に薪をくべた。だがそんな彼の元にリリアがやってくる。
「龍児様も颯太様もどうぞ」
彼女は優しく微笑んで肉の入った皿を持ってきてくれた。
「うほほー」
颯太は喜んでその肉に手をだしたが龍児は複雑な想いであった。これが刀夜からの施しかと思うと屈辱を感じるのである。
もし持ってきたのが刀夜ならきっぱりと断るところだ。だが持ってきてくれたのはリリアだ。ここで『いらない』と子供のように不満を見せつければ心を痛めるのは彼女の方だ。龍児としては関係のない彼女をもう傷つけたくなかった。
「あ、ありがとよ……」
龍児も彼女が持ってきてくれた肉を頂くことにした。龍児が素直に受け取ってくれたことにリリアは大きな笑顔を返した。
龍児が肉を口に頬張ると彼女は残った肉を他の自警団の人に皿ごと渡した。すると彼らはもう我慢ならないと皿に群がりだす。
リリアは龍児たちが作っている最中のスープに目をやる。いまだ湯気すら立っていない。人数が多いから仕方がないが水が多すぎるのだ。
これではいつまでたってもスープは完成しない。そう思ったリリアは勝手ではあるがヒートウォーターの魔法で一気にお湯を沸かした。そして軽く味見をすると物足りないとばかりに腰に付けている調理道具袋から香辛料を取り出して継ぎ足した。
再び味見をしてみるとうまくできたようで、机の上にあったカップに注ぎ龍児に差し出す。
「はい、どうぞ」
「――悪いな」
「どういたしまして」
彼女が軽くお辞儀すると、颯太が俺も俺もとスープを要求した。
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