第243話 バカップル包囲網
レイラの企画したツアー組は一路ビスクビエンツへと向かった。ビスクビエンツまでは1日と半日の予定である。
街道は多くの馬車が往来しているため道はこなれている。とはいえ自警団の馬車のようにサスペンションの弱い馬車では振動は強い。加えて椅子は木でできた簡素な作りであれば腰や背中、そして尻までもが痛くなる。
しかもバス型とはいえ13人も入れば体を伸ばすこともできない。椅子は二人用の長椅子と一人用で一列となっており。それが6列で前後も狭いので本当に余裕がない。
特に龍児のようなガタイの大きい者は二人席を占拠してしまう。今回のツアーに参加している自警団団員は全部で15名。内2名は
刀夜のように
「きちーなこれ……」
早速颯太が根をあげた。だが誰もその意見に反対しない。皆が同じ気持ちであった。
特に体の大きい龍児は肩身が狭い思いをしている。出発間際まで暴れていた葵は膨れたままである。由美はお嬢様らしくクールぶって耐えていた。
「2台借りたほうが良かったか……」
レイラは今ごろになって後悔した。しかしながら2台しかないバスタイプの馬車を一度に7日も借りるのは気が引ける。自警団は刀夜の所のようにお休みしているわけではないのだから。
「すみません。団体割引を使いたいなどと言ったばかりに……」
アイギスが申しわけなさそうにした。人員が集まったことには大喜びであった彼女ではあったが、まさかこんなことになるとは想定していなかった。
「あっちは快適なんでしょうねぇ……」
豪華馬車を見せつけられてアイリーンですら愚痴を溢してしまった。
「す、すみません……」
アイリーンもレイラも家はそこそこの出である。中流社会の一員であり、家も庭付きの一軒家でメイドも一人いる。
アイリーンに至っては執事もいるぐらいである。しかしそんな彼女達をもってもあのような豪華な馬車には乗ったことはない。
「ごめんなさい、あなたを責めるつもりはなかったの」
アイリーンは失言だったと口許にウチワをあてて配慮の欠けた言動を恥じた。自警団のバスは刀夜の馬車のせいでやや重い雰囲気となってしまった。
意図的にやった確信犯の本人はラウンジのソファーで横になっている。リリアの膝枕がとても心地よく、朝早かったこともありうとうととしている。リリアはそんな刀夜の髪を愛しそうに撫でていた。
そんな二人を膨れっ面でテーブルごしに美紀が見つめる。そしてちらりとラウンジの奥を見れば晴樹と梨沙が楽しそうにお茶をしている。
美紀はますます膨れる。
馬車の乗り心地は予想以上に快適であった。揺れも少なくて広いし、いつぞやの商人の荷馬車とは比べ物にならない快適性だ。
なのに美紀は不機嫌であった。前を見ても横を見てもいちゃつきバカップルばかり。
「う~、あたしも彼氏欲しいぃぃぃぃ!」
突然声を張り上げた美紀に、皆が驚いて視線を向ける。
「ああ、ごめんね。そんなつもりはなかったんだけど、美紀もお茶を飲む?」
晴樹は梨沙と少し距離をおいて彼女にタンブラーのような容器を渡した。だがそんなことをいっているのではないと美紀の機嫌は直らない。
「紹介してやろうか?」
刀夜は膝枕されたまま美紀を見た。彼女もお年頃なのだ。その気持ちも分からないでもない。
刀夜もあのような事件がなければ普通の男として彼女が欲しく思っただろう。そのような意味ではリリアとの関係は意外とマッチしているのだと思えた。
主従関係というクッションがあるお陰で彼はリリアに難なく接することができる。例え自ら愛情を禁じていても湧き起こる恋心を包んで隠しながらこうして触れ合える。
「颯太とか龍児ならお断りよ」
美紀はおおたかそんな辺りだろうと思った。
「いや、金髪でスマートな体型でお金持ちで将来性もある」
「え?」
美紀の表情が一変して急に興味が湧いた。特にお金持ちというあたりが。
「ほ、ほんと?」
「ああ、嘘は言わん」
美紀の目は早く紹介しろと刀夜に訴えかけていた。
「館には複数人の執事とメイドがいたから優雅に暮らせるだろう。庭も大きく噴水もあるぞ」
「や、館! メイド……」
美紀はうっとりと自堕落な生活をイメージして締まりのない顔をしていた。まるでお姫様のような暮らしができるような殿方がいるとは。しかも刀夜の知り合いであればコネも大きい。
「ただ、あの下品なマッシュルームヘアーと女癖の悪い性格が許容できるならだが……」
「ちょっと! それ、カリウスのことじゃない!!」
龍児や颯太よりタチの悪い相手に美紀は膨れる。そのような彼女の様子をみて刀夜はしてやったりとニヤけた。
「刀夜のあんぽんたん!! リリアといちゃつくなッ!!」
美紀は怒ってテーブルに置いてあったお絞りを刀夜に投げつける。さらに強引にリリアを引き離されてしまい、刀夜は貴重な膝枕を失うこととなった。
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