第241話 生地を探せ

 水着の生地を求めて異世界組は店を見て回る。しかし店を回るたびに彼女達の顔は渋くなった。彼女の達の求めるような生地がないのである。


 彼女達が求めているのは南国に似合いそうなカラフルな生地だ。それが中々売っていない。全然といってもいい。


 売られている生地の大半は雑味ある渋い色の繊維ばかりである。つまり街の人が普段着るような安い服の生地だ。高級ドレスを扱うような店にはそれなりにカラフルな生地があるのだが南国風となるとそれも違う代物である。


「はぁー。無いわねぇ」


 彼女の達のテンションは再び落ち込んだ。


「ねぇ、リリアちゃん。探しているような生地ってないものかしら……」


「あることにはあると思いますが……」


 思いがけない言葉が彼女の口から洩れた。これほど探しても無いのだからてっきりリリアに尋ねても無駄かと舞衣は思っていた。このようなことなら早く彼女に聞くべきだったと後悔した。


 しかしリリアはあえて言わなかったのである。あるべき場所にはあるのである。そうあるべき場所には……


 リリアは彼女たちが探しているよな生地を一度見たことがあった。それは思い出したくもない奴隷商人の衣装部屋のことである。


 奴隷に着せて楽しむための衣装がズラリと並ぶ中でシルクを使った高級品があった。それらは普段着るようなデザインとは異なっており、派手な色彩の生地が使われていた。


 したがって生地は存在するのである。ただそれが置いてあると思われる場所が問題であった。


「あるのぉ!?」


「じゃあそこに行きましょうよ!」


 リリアの返事も待たずに五人は彼女の背を押した。リリアは良いのだろうかと迷いつつも押されるまま彼女達を案内することになる。そしてやってきたのは街外れにある倉庫だ。


「何ここ?」


 到底お店には見えない倉庫に案内されて皆が戸惑う。そんな彼女たちにリリアは困ったのような顔で説明した。


「ここはギルドが管理している繊維問屋です。街中の繊維はここに集まります」


「なるほど、ここなら店を回らなくとも街中の生地が選べるってわけね」


 舞衣はようやくここに連れてこられた理由に納得した。これならばあちらこちら歩き回る必要もなく、探しているものが見つかるかも知れない。彼女はそんな期待に満ち溢れた。


「最初っからここにすりゃ良かったじゃん」


 梨沙を始め大半が始めからこうすれば良かったと思うのは仕方のないことではある。


「それがそうも行かないのです。なにしろここは『ギルド』の繊維問屋なので……」


「ギルドって……ああ! ここ会員じゃないと買えないんじゃないの?」


「そういうことです」


 彼女たちは刀夜が鍛冶屋ギルドに入るための条件が面倒であったとの話を聞き及んでいた。つまりここで買うことはおろか入ることすらできないのだ。


 入るためにはギルド会員になる必要があり、その為には入会金とは別にコネか賄賂わいろが必要である。


 正直言ってそこまでして金を掛けるのならダサい生地で我慢できる。最も販売業者でもないので会員にはなれないのだからそれ以前の問題でもあるが。


「何しにきたのよ……」


「まぁ、方法がないわけではないので。ただ……」


「ただ?」


「刀夜様には内緒にしておいて下さいね」


 リリアはそう言うと倉庫前にいるギルド員に近寄り声を掛けた。他の者はリリアに待つように言われたので遠巻きに彼女の様子を見ていた。


 最初は追い払われるよう仕草をしたいたギルド員であったが、何やらリリアと取引を始め出す。やがてリリアが皆を手招きで呼んだので彼女たちは近寄ってみた。


「入れるように交渉しましたので入りましょう」


 リリアがにこやかに倉庫を指差した。一体なぜ? どうっやてギルド員を説得したのかと交渉内容が気になる。


「あの、リリアちゃんどうやって入れるようにしたの?」


 倉庫の脇にある小さな入口を入って細長い廊下をギルド員に案内されながら舞衣は質問した。リリアは苦笑いで答える。


「コネですよ。オルマー様と刀夜様の名前を使いました……本当に内緒ですよ……」


 無断で刀夜の名前を使ってしまったたのでリリアは気まずかった。刀夜ならあきれながらも許してくれると思ったのであるが、本来なら奴隷にあるまじき行為である。


「あはは……そう、そうなんだ」


 オルマー家と刀夜、一体どれほど名が通っているのかと彼女たちは恐ろしいと感じた。刀夜の名は巨人討伐で影の参謀という噂話で一気に広まった。


 加えて鍛冶屋ギルドの嫌がらせの件でオルマー家から圧力があったなど他のギルドの間でも有名な話である。しかも加入の際にボナミザ商会からの推薦状も持っていたことも噂になっている。


 刀夜は庶民の間では無名だが、ギルドでは有名人なのである。


 やがて一つの部屋に彼女たちは通された。その部屋には大きな長いテーブルがいくつか置かれている。


 さらに図書館の本棚のように多く並べられた棚には山のように生地が並んでいた。しかもその生地はすべて異なっていて同じものがない。


「ここは生地のサンプルが置いてある。自由に確認していいが終わったら必ず同じ場所に直してくれよ」


 案内してくれたギルド員の説明に皆は了承する。彼は大雑把に買い物の方法を説明をしたのち、部屋を出ていってしまった。


「手分けして皆で探しましょうか」


「どんなのがいいの?」


 葵が尋ねた。彼女は水着用の生地などいままで気にしたことなどなかった。水着売り場で気に入ったものを買うだけだったからだ。


「そうねぇ本当ならポリエステルとポリウレタンがあれば良いのだけど……」


 両方とも水着には定番の生地である。軽くて撥水性が良く、伸縮性があるので体にフィットしやすいのだ。


「さすがに石油製品は無理でしょう……」


 由美からもっともな意見があがる。このようなとき無性に元の世界が懐かしく感じてしまう。


「となると綿、毛、麻、絹あたりから探すことになるけど……毛と麻は使えないから綿と絹で探しましょう」


 毛と麻はどちらも水着には向いていない。縮んだり肌触りが悪いためだ。


「肌が接地する部分が絹で種類の多い綿を表にするってこと?」


「ええ、そうよ」


 勘の良い由美が舞衣の考えを読んだ。


 そして美紀のノートを机に広げてそのデザインに合う生地を皆で手分けして探しだす。さすが問屋だけのことはあり、概ね探していた生地は揃った。


 だがここは繊維問屋なのだ。嬉々ききとしている彼女達はそのことに気がついていない。店員を呼んで精算してもらう。


「しめて金貨4枚と銀貨32枚にまります」


 営業スマイルの店員と異なり、舞衣達は凍りついた。


 そうここは問屋なのだ。店舗と違って切り売りなどしていないのである。1たん単位(一反は幅37センチ、長さ約12メートル半)での販売となるとなるため生地は無駄に膨大となる。


 シルクも含まれているので当然金額も高額となる。


 彼女達のお金をかき集めても金貨一枚にもなりはしない。だがリリアが店員の前にでると小袋から金貨5枚を渡した。


「ありがとうございました~」


 店員はにこやかに笑顔を返して商品を手提げバッグへと入れ始める。


「リリアちゃん、私達、簡単に返せない金額なんだけど……」


 舞衣は青ざめた様子で、どうやって返せばよいかと頭の中がそれで一杯となった。だがリリアは笑顔を彼女に返す。


「このお金は刀夜様が必要なら使ってよいと渡されたものです。お礼なら刀夜様に」


 それは買い物に出かける間際に刀夜がリリアに渡しておいたものである。最も手渡した金貨を全部使われるとは思っても見なかっただろうが。


「こりゃ刀夜に足向けて寝られないね……」


 葵は嬉しいような申し訳ないような複雑な苦笑いを返した。

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