第240話 女子の買い物から撤退せよ

 カフェの一角で休んでいた舞衣達は注文したドリンクを飲み干した。


 店内には買い物客らしき人達で席が埋りだし、外には往来する人も増えてきていた。仕事を終えた人々が買い物にやってきたのだ。


 ただ彼らの大半は夕飯の生鮮食品が目当てなので舞衣達が目的としていおる店とは被らない。しかしカフェは逆に混み始めた。仕事を終えた人々は一息ついてから買い物へと向かおうとするからだ。


「そろそろ混んできたわね」


 舞衣はあまり長居しては店の迷惑だと考えた。


「でも、どうしましょうか。もう水着は売っているとは思えないわ」


 由美の危惧どおりピエルバルグに彼女達が所望するような水着は売っていない。


「男子みたいに既存の服に手を加えるか?」


 梨沙は先程の男子との会話でもうその方法しか無いように思えた。だがしかし……


「えー、それじゃかわいい水着にらないよ~」


 美紀が不満をこぼす。それに関しては皆も同意見だ。何しろベースになるような服がない。


 下着を利用するにしてもこの世界の下着の生地は水を含むとかなり重くなるうえに透けてしまう。透ける対策を施してあるものは生地が分厚い。


 仮にそれを利用するとしてもビキニ系しか作れずワンピース系はほぼ全滅であった。美紀はノートを取り出して何やらシャーペンを走らせ始めた。


「あたしビキニなんて着れないよォ~」


 プロポーションに自信がない葵が嘆きだした。だが彼女は運動活発で学校ではバスケをやっている。こちらにきても自警団でハードな訓練もこなしている。


 ゆえに無駄な贅肉などなく、むしろ腹筋など割れてきているぐらいである。したがって人に見せてもなんら恥ずかしくはないのだが、彼女には最大の弱点があった。


 ビキニに合うような胸がなかったのだ。それは彼女とって最大のコンプレックスである。


「そうねぇ私達も三日間ずっとビキニじゃぁねぇ……」


 海などめったに行けないのでこれを期に色々水着を楽しみたいのである。何しろピエルバルグにはプールさえ無いのだから。


「無いのなら作ればいいじゃないか……」


 刀夜がアイスティーを口にしながらぼそりという。刀夜は無いものは作る主義でこれまでもそうして問題を解決してきている。そしてその言葉に由美が反応した。


「ねぇ舞衣」


「なに?」


「あなた裁縫得意よね。作れないかしら?」


「え、一から作るの?」


「無理かな?」


「いえ、できなくはないのだけれども……生地さえあれば……」


 舞衣の歯切れは悪くてあまり乗る気がしないようだ。確かに裁縫は得意と言えば大げさだが服を作れるぐらいの技能はある。舞衣のやる気のない様子を由美は気にした。


「どうかしたの?」


「……ええと……その、あたし裁縫はできるのだけど。デザインセンスはちょっと……」


 彼女はそれが苦手だった。以前に刀夜の刀袋の刺繍ししゅうをやってみたが、その出来映えはイマイチでデザインは美紀にやってもらった経緯がある。


「じゃじゃーん。あたしこんなのがいい」


 突然声をあげたのは美紀だ。彼女は自分のノートを開けて皆に見せると、そこにはラフ画ではあるが水着のデザインが描かれていた。


「わあ、すごい。これ本当に美紀が考えたの?」


 由美が目をまるくして驚く。それはなにも彼女だけではない、舞衣や葵そして梨沙も驚いた。特に葵は親友の美紀にこんな才能があるなど始めて知ったのである。


「どう凄いでしょ」


 彼女は得意気に仰け反って鼻を高くしてみた。だがそれは嫌らしいという印象よりも純粋に『凄い』が上回る。刀袋のときも彼女がデザインしたのだが、何分単色だったので彼女の実力は計れなかった。


「ねぇ、皆の分もデザインできる?」


「もちろんよ」


 美紀はますます鼻が伸びる。


「あたし! あたしワンピでお願い!」


「ほっほっほっ、苦しゅうない。わらわに任せるがよい」


「ははー。美紀さまぁ~」


 葵は体裁を気にせずに美紀の前にひれ伏した。それに気を良くした美紀はますます鼻高々である。美紀は調子にのって次々と水着を描き上げてゆく。


 彼女のノートが水着でどんどんと埋まっていくのを見た刀夜は紙が勿体ないとつぶやいた。彼らの世界の紙はこの世界では手に入らない上質なものなのだ。だが人のノートに勿体ないからやめろなどとはさすがに言えない。


 そうこうしているうちに彼女は息もつかず25着分ものデザインを描きあげた。


 だが水着を着るのは舞衣、由美、梨沙、美紀、葵、リリアの6名なのに一人四着など多過ぎだろうと男子達は目が点になる。


 だがそれをわずか2時間もかからす彼女は書き上げてみせた。最も途中で気に入らなくなったデザインは落書きみたいになっているが。


 男子からはなぜこの集中力が勉学に働かなかったのだろうかと皆は残念に思う。


「じゃあ、デザインはこのぐらいにして早く生地を買いに行かないと店を回りきれないわ」


「だね。早く行こう」


 元気な女子に対し男子はまだ買い物に行くのかとげんなりした。しかし、まだ体が万全でない刀夜はここで疲れたからといって一足早く家に戻ることにした。


「じゃ、お先にな」


 刀夜はカフェの前で手をあげて軽く会釈えしゃくした。リハビリを兼ねてゆっくり帰るつもりである。ついでにボドルドをどうやって探すか考える予定であった。だが……


「あ、待ってください刀夜様。わたしも」


 リリアが慌てて席から立ち上がると刀夜の後をついてこようとする。彼の足はまだ補佐が必要なのだ。彼女の脳裏には何度も転ける刀夜の姿が見えていた。そんな彼を助けるのは私の仕事だと。


「ええー、リリアちゃん一緒に行かないの? リリアちゃんの水着も作るんだよ?」


 美紀が嫌そうに彼女を引きとめた。


 これにリリアは困ったような顔をして刀夜に意見を求めるように見つめる。買い物も捨てがたいが、彼女は刀夜共にいたいのだ。だから主である刀夜のほうから断って欲しいのがリリアの本音だ。しかし……


「せっかくなんだ。ゆっくり買い物を楽しんでおいで」


 刀夜からすればいつも世話をしてくれるリリアに自由にできる時間を作ってやりたかった。本来ならばまだまだ遊びたい年頃なのだから、自分のことで拘束しては可哀想だと。


「で、でも刀夜様……」


「俺はもう一人でも大丈夫だから」


 あるじである刀夜にそう言われては美紀たちに付いてゆくしかない。彼女は諦めるしかなかった。


「そうそう、刀夜が惚れ込むぐらいの、くわぁいぃぃ水着で誘惑してやるんだからぁ」


 美紀は何か企んでいそうな雰囲気を漂わせて怪しげな視線を刀夜に送っていた。無論二人をくっつけてその過程を楽しむのが彼女の思惑だ。


 そのためには僕念人の刀夜の心を誘惑する必要があった。彼女の頭にキワドい水着のデザインが次々と浮かび上がっていた。


「そうそう刀夜は俺達が家まで面倒みてやるよ」


 龍児がとても恐ろしいことを言いだし刀夜が驚愕する。あの龍児が刀夜の面倒を見るなどと天地がひっくり返ってもありえない。


 事実龍児の目的は女子の買い物に付き合いたくなかったのだ。とにかく買い物が長い。そしてきっと荷物持ちをさせられるに違いないと今後の予測をしていた。


 ゆえにこの場を逃げ出す口実を即興で作り、他の男子も龍児の思惑を読んでそれに便乗してくる。


 刀夜の左右に龍児と颯太が陣取り彼の肩に手を回して仲が良いアピールをしてみせた。刀夜は激しく嫌そうな顔をすると晴樹は苦笑いで彼を哀れんだ。


 だが男子の思惑など読めている女子からは絶対に嘘だと疑惑の目を向ける。とは言え止める正当な理由もなく、男子とはここで別れた。


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