第239話 まじで無いわ

 美紀が自警団のメンバーの宿泊施設を刀夜に伝えると彼はリリアと共にどこかへと出かけていった。そしてその日の夕飯時に宿泊施設に予約の手紙をだしたことと、移動の馬車が手配済みであることを報告した。


 美紀が浮かれて終始ハイテンションのまま数日が過ぎる。


 ――買い物当日。


 刀夜の家に龍児、颯太、由美、葵が集まる。拓真を除いた異世界組が久々に集まった。


 自警団組は仕事が終わってからとなったため今は昼過ぎである。この日のために自警団組全員は半日仕事のシフトを調整していた。


「じゃあ、そろそろ買い物に行きましょうか」


 皆はそれぞれの買い物用の鞄を持って立ち上がると刀夜も杖をついて立ち上がる。一人で歩けるようになったとはいえ、今だ覚束無おぼつかない足取りで歩く。時おり晴樹に手を借りているが、そのたびに龍児は罪悪感にさいなまれた。


 刀夜の足並みに合わせているので皆はゆっくりと歩くことになった。だが旅行の話となれば話題は尽きず退屈することはない。


「さあ、どんな水着にしょうかな~」


 衣服に興味のある美紀はご機嫌である。この異世界ならば現代には無いようなデザインの水着があるのではないかと期待感を抱いていた。


「リリアちゃんはどんな水着を着ていたの?」


 美紀はこちらの世界の水着がどのよなものがあるのか知らないのでリリアの水着を参考にしようと考えた。だが彼女からは意外な答えが返ってくる。


「水着ってなんですか?」


 リリアはきょとんとした顔で尋ねた。


「え?」


 リリアの思いがけない言葉に全員が唖然とした。リリアの頭にはクエスッチョンマークを浮かべており、冗談で答えているようには見えない。


「えっと、じょ、ジョーク?」と美紀。


「知らないと恥ずかしいことなのでしょうか……」


 リリアは本気で悩みだした。もしかしたら自分は非常識なことをいっているのかと恥ずかしくなってきたのだ。しかし、本当に水着などというものは聞いたことがないのである。


 話の流れとして海で着るものというのは分かるが、そもそもリリアは海を知らない。プラプティの街を出たことがない彼女は言葉だけの知識しか持ち合わせてない。


 刀夜はシュンとしているリリアの頭を撫でた。


「知らなくたって何も恥ずかしいことなどない」


 刀夜に頭を撫でられて彼女の心はキュンとする。彼に頭を撫でられるのは久しぶりである。


「そうですわ、私達の世界の基準で考えるべきではないわ」


「ご、ごめんね。リリアちゃん」


 美紀は両手を合わせて謝った。


「い、いえ……」


「お詫びにリリアちゃんに似合う水着を選んであげるね!」


 皆がリリアに笑顔を向けてくれる。彼女は彼らに出会えたことを心底嬉しかった。こんな時がずっと続いて欲しいと願ってしまうのはわがままだろうかと刀夜の顔をみる。


◇◇◇◇◇


「ない……」


「いや、マジで無いわ」


 メインストリートの服屋や雑貨を片っ端から探し尋ねたがどこも水着などというものは無い。店員に聞いても知らないとしか返事が帰ってこない。


 そしてここに来てリリアの水着を見たことがないという言葉の意味を理解した。どこにも売っていないのである。


 ピエルバルグは内陸部の街であり、リリアのプラプティはもっと内陸部の街だ。海など無いので売っていないのが当たり前なのである。


「リリアちゃん、海がなくて水着が無いのは分かったけど、水浴びとかして遊ばないの?」


 舞衣がリリアに尋ねた。海がなくとも川で水遊びする場合など必要になるのではないかと。


「遊びますよ。暑い日など特に」


「そのときは何を着ているの?」


「何も着ませんよ」


 彼女の言葉に反応した龍児と颯太が一斉に吹き出した。そんな全裸で泳いでいたら見放題ではないかと。不埒な想像をしていると見透かした舞衣は二人を冷ややかな視線で睨み付ける。


「男の人の視線とか気にならないの?」


 由美がもっともな質問をした。


「基本男女別なので。それにのぞいたら拷問の刑ですからよほどの事がない限りはのぞかれません」


 それは笑えないレベルだと龍児と颯太は青ざめた。漫画のように事故でプンプンと怒られて許される範疇はんちゅうを越えている。


 この世界の拷問はなまじ回復魔法があるのでまったく容赦のない内容なのである。龍児や颯太は自警団に入ってそんな場面を何度も見てきている。


 のぞきで重犯罪者と同レベルの拷問は受けないだろうが、どのようなことをされるのか分かったものはではない。二人は重犯罪者が受けた地獄のような光景を思い出すとのぞくのはよそうと心に決めた……


◇◇◇◇◇◇


「にしても困りましたわね……」


 舞衣が大きくため息をついた。彼らはカフェの一角を陣取ってお茶をしながらくたびれた足を癒していた。疲れた刀夜が先に買い物から離脱してこの場所を確保してくれていたのだ。


「水着はおろかビーチボールも浮き輪もない……」


 葵が絶望したかのような声をあげる。ビーチボールは無理としても浮き輪ぐらいは欲しいものである。海の上でプカプカと浮いて浮遊感を楽しみながら泳ぎの疲れを癒すのを楽しみにしていた。


「向こうで売ってるのかな?」と梨沙。


「仮に売っていたとしても、どんなのか分からないのよ? しかも売っていなかったら最悪よ」


 舞衣は考えられる最悪の状況を想定して渋い顔をした。


 だが彼女の感は正しく、現地で彼女たちの望むようなものは手に入らないだろう。


「博打はいや~~かわいいのがいい!」


 美紀が駄々をこね始めると、彼女がいつ暴走するのかと周りの者がヒヤヒヤとした。公衆の面前で子供のように暴れたら恥ずかしいことこの上ない。


「男子はどうするの?」


 ふと晴樹がどのような水着を着るのかと気になった梨沙は尋ねた。だが空気を読まずに答えたのは龍児である。


「俺たちはそのへんのズボンの裾を切って海パンにするよ」


 男性の水着も売っていなかった。ゆえに相談した結果、最も手っ取り早い方法をとして改造したら一番楽そうだと結論づけた。そしてすでに海パンになりそうなズボンはメドをつけており、帰りに買うつもりである。


「いいわねー男子は」


 葵が悔しそうに流し目を送る。


「ファッションなんてどうでもいいって感じで」


 続けざまに美紀が余計なことを言う。


「ふふん。頑張って俺たちの目の肥やしになってくれよ」


 颯太が何故か上から目線で仕返しとばかりに返事をした。彼女達の水着姿を拝めることを彼はかなり期待している。何しろ学校ではスクール水着しか拝めないのだ。


 女の子と一緒に海に出かけるなどというシチュエーションなど縁も無かったので、期待するなというほうが無理というものである。


「ああっ、いやらしいんだ」


 いやらしなどと言われて颯太は心外であった。


「だって、そのために可愛く見せようとしてるんじゃねーの?」


 颯太は男に自分をアピールするためという貧相な発想しかできず、女子に反感を買う結果となる。


「違うわよ! 自分が楽しむためよ!!」


「颯太さん。そんなことを言っているからモテないのよ……」


 舞衣は残念そうに頭を抱え込んで颯太を哀れんだ。

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