第238話 慰安旅行と企み

「海、海、海、海、海、あたしも海いきたーい!!」


 刀夜の家で激しく駄々をこねたのは美紀である。昨日、葵から海に行くことを嫌らしく自慢されてとうとう我慢の限界に達した。


 ただこれは葵の作戦である。美紀を焚きつければ彼女は絶対に我慢できなくなって大暴れするのを見越していた。遊ぶことに関しては彼女は常にパワー全開である。刀夜組を美紀パワーで掻きまわせば……


「――分かった分かった。善処する……」


 と、刀夜が折れるのを見越していた。


 負けた刀夜は深くため息をつく。彼はそんなに店を休めるかと否定していたのだが彼女の押しに負けた。そして行くのなら全員でだ。自警団のように分けてなど無理であるから。


「いやったぁーーーー!!」


 全身で喜びを表現する美紀…………と梨沙と舞衣。便乗して喜ぶ彼女たちも本音は行きたかったのであるが、刀夜を説得する前に美紀のパワーに圧倒されて割り込めなかった。なにより駄々をこねる子供のような美紀と同じように思われたくなかった。


「どうせ皆でいくなら慰安旅行ということにしよう。資金は家の金で出すよ」


 刀夜の鶴の一声に美紀達はさらに喜んだ。


「問題はビスクビエンツの宿をどうやって取るかだね……」


 晴樹の懸念は最もだ。刀夜も離れた地での宿の予約などどうやって取ってよいか分からない。そもそも予約というシステム自体があるのかさえも知らない。


 現代であればどれだけ離れていても予約はネットや電話一本で済む。だがここはそんな通信手段はなく、思いつく方法はせいぜい手紙ぐらいである。しかもガイドブックなどないため、どのような宿があるのか分からない。


「リリアわかるか?」


「……宿の予約なら基本は手紙になりますね」


 リリアが首を傾げてる二人に方法を教えてくれた。


「予約ってできるんだ……」


 思わず感心してしまう晴樹。正直いってこの世界の文明ではできないのではないかと思っていたからだ。


 こちらの世界での旅行は移動した後に現地で宿を探すのが大半である。街での宿探しでそうそう困ることはないからだ。


 実際刀夜達も龍児達も道中はそうしてきた。だがリゾート用の宿となるとそうは行かない。数が非常に少ないためである。


「ただ、わたしはビスクビエンツの街は初めてなのでどのような宿があるのか知りません」


 リリアは申し訳なさそうにした。彼女はプラプティの街を出たことがない。予約の取り方も聞いたことがある程度である。


「ま、そこは俺に任せておいてくれ」


 刀夜は言いきった。彼には当てがあるのだ。だがその前に知っておかなければならないことがあった。それは葵たちがどこに宿泊するのかである。


「美紀、葵たちがどこの宿に泊まるか調べておいてくれ。直接聞いてかまわないから」


「ん? いいわよ?」


 刀夜の思惑など知らない美紀は安請け合をする。


「もしかして同じ宿にするの?」


 美紀は葵と一緒にいられるのかも知れないと期待を込めて尋ねてみると、刀夜からは「さあな……」と曖昧な返事を返された。


 今回美紀を焚き付けたのは葵なのは明白である。刀夜はささやかな嫌がらせをしょうと企んだ。


「くくく……」


 思わず彼の口元から笑みが溢れる。そのような刀夜をみて晴樹はなにか悪巧みを考えているなとあきれる。刀夜が良からぬことを考えているとき彼の顔は悪人そのものようになるので非常に分かりやすかった。


◇◇◇◇◇


 次の日の昼時、昼御飯に出てきた葵と由美を美紀は捕まえた。昨日は寮のお風呂があったので二人に出会えなかったので直接聞きにきたのだ。


「私達も7日間の慰安旅行決まったんだ」


 カフェで軽食を口にしながら美紀は嬉しそうに報告した。


「あの彼がよく許可したわね……」


 由美は刀夜なら仕事を理由に許可しないと思った。2、3日なら許してもらえるかも知れないが7日間である。


「良かったじゃん美紀」


「うん」と上機嫌で答える美紀に、葵は『計画通り』と心の中でニヤニヤとほくそ笑む。


「んでね、どうせなら同じ所に行こうってことになったの。葵達はどこのホテルに泊まるの?」


 刀夜は同じホテルに泊まるなどと言っていないが、美紀の中では勝手にそう解釈していた。


「同じホテルに泊まるのですか?」


 先に反応した由美の口から疑問が零れる。


「そうじゃないかな? 刀夜から聞いてこいって言われたから」


 葵はますます計画どおりと拳を握って目を輝かせた。これで刀夜組とは同じ行動となる。アイリーン達は嫌がるかも知れないが自分が楽しければヨシと笑いが込み上げてきた。


「確かロイヤルビーチホテル・イン・ビスクビエンツだったはずよ」


「ふおお、ロイヤル! 高そう」


 美紀はホテル名をメモしながらロイヤルという名前にかつて刀夜と梨沙とブランキと共に泊まったヤンタルの街のホテルを思い出していた。


 あのとき、刀夜は最上級の部屋に泊まったのだ。それは見事な部屋で現代のホテルとも遜色そんしょくの無いホテルだった。美紀は思わずそんな部屋を連想してしまう。


「残念だけど名前だけらしいわ、私たちでも泊まれるようにと安いホテルを探してくれたらしいの」


「なーんだ」


 美紀は残念そうな顔をする。ヤンタルのときに泊まったロイヤルスイートの部屋は刀夜に取られたので今度こそと期待していた。


 しかしながら仮にそのような部屋があったとしても、刀夜はもう高額な部屋には泊めてくれはしないだろう。彼は金についてはケチくさいからだ。


「でも目の前はビーチらしいわよ」


「ふおお、ビーチ!」


「しかも海は浅瀬で珊瑚礁もあるって」


「ふおお、珊瑚礁!」


「海岸はその珊瑚でてきた砂浜だから真っ白なのだそうよ」


「ふおおおおお、ホワイトビーチ!!」


 畳みかけるような嬉しい情報に美樹の顔はとろけるようになっていた。ビスクビエンツの海岸の半分は珊瑚礁が隆起してできた土地となっている。死んだ珊瑚が白骨化し、風化してできた浜辺がある。


 ビスクビエンツはその一帯をリゾートとして開発していた。美紀はその様子を想像しするとワクワクが止まらなくなり、早く行きたいと心がはやるが旅行はまだまだ先の話である。


 それに加えて彼女達には大きな問題が一つあった。


「水着を買わないといけないわね」


「あぁ、そうだった」


「日焼け止めとか売ってるかな?」


「ビーチボールや浮き輪もあれば良いのだけど。石油商品は無理でしょうね……」


「似たようなものがないか探してみれば?」


「じゃあ、今度皆で買い物にいこう!」


 美紀は高々と腕を上げてやる気をみせる。しかし、

彼女達は知らなかった。海を持つビスクビエンツならともかく、内陸部のピエルバルグには水着など売っていないことに。

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