第237話 長期休暇計画

「せっかく7日間もあるのだ。これを期に遠出すべきだろう」


 自警団本部近くにあるカフェテラスでレイラが最初に話を切り出した。先日決まった長期休暇をどうするか同じグループの仲間と話し合いをしている。


 レイラは5グループの最後のグループに選ばれた。


 彼女の向かいに3警のアイリーン分団長が座っており、口にしていたティーカップを小さな白いテーブルに置いた。


「あたしも賛成だわ。海なんてどうかしら?」


 彼女も最後組となっていた。海と言えば隣の港街のビスクビエンツである。海岸沿いに建てられた街で隣大陸への玄関口となっている。


 当然海の幸が堪能できるうえにリゾート用の海岸もある。ビスクビエンツまで片道2日なので3日は向こうで遊べる。


「いいですね海。であれば同じグループで同行者を募集しませんか。人数多いほうが安くなりますよ」


 同じく最後組となった4警のアイギスが案をだした。彼女が言っているのは団体割引のことである。しかも自警団の名があればさらに安くなる宿もある。


 今回の休みは美紀の言っていたような慰安旅行ではない。したがって旅行費用は全て自腹になるので彼女は少しでも安く済ませたかった。


 特にアイギスにように下っ端の団員は給料が安いのである。分団長や副分団長のような金銭感覚で宿を選ばれたら大変だ。


 移動には自警団の馬車を使って良いことになっているので無料で使用できる。だがこれは先着順なので早く計画して押さえておかなくてはならない。


 馬は自警団で、御者ぎよしゃは自分たちで交代でやればさらに安くなる。


「ところで海に行くのはよいけどアイリーン、貴方は旦那さんをどうするの?」


 アイリーン・バッツは既婚者である。年齢は33歳。年下の夫と4年前に結婚しており、当時彼女は副分団長であった。相手はごく普通の一般人で二人とも共働きで彼女のほうが忙しい。


 微妙なタイミングで結婚してしまったために退団できず次の年に分団長に昇格。後輩の副分団長が一人前になれば辞めるつもりである。ゆえにまだ子供は作っていない。


「悪いけど留守番してもらうわ。彼は休みが取れないから」


「こーゆーとき共働きだと辛いですね。一緒にでかけられなくて……」


 アイギスが同情する。だがまだ未婚の彼女にとってアイリーンの話は興味深い。


 アイギス・マハルの年齢は24歳。レイラと同年代である。20歳の時に入団しているが彼女は遅い組である。普通は15から16歳ぐらいで入団する。早い者なら13歳というのもあったが、これは地方の村のような異例の場合である。


 彼女は非常に頭脳明晰であった。だが優秀すぎるがゆえ、班長クラス程度の男達では彼女を御しえなかった。


 アイギスも性格の悪いところがあって上官と揉めるたびに相手を容赦なく罵倒ばとうし、中にはうつになりかけたものもでた。


 やがて誰も組みたくないと言われるようになって孤立してしまったところにブランが移籍してくる。


 ブラン階級は班長の一つ上、部長クラスである。班長は三人から五人の小隊を指揮することになり、部長はその小隊をまとめて中隊を運用する立場にある。


 ただブランは1警から異例の移籍なので彼自身は部下を持っていない。普通は班長クラスから片腕となる相棒を選ぶのだがブランはあぶれていたアイギスを選んで組んだ。これも異例であった。部下を指揮したことのないただの団員を相棒になどと。


 ブランは自警団の中でもかなりの有名人である。バスターソードを振り回してド派手な戦いをする。それでいて実力も高かった。ユーモアもあって若手に人気だ。


 さすがの彼女もそんな彼には頭が上がらなかった。そして二人は妙な凸凹コンビとして自警団で有名となる。


 だが教団の事件により4警は再編されるので、その際にブランは正式に部下を持つことになっている。アイギスも団員のままでは指揮しにくいので班長へ昇格することが決まっている。


「そういえばアイギスは彼氏はまだ?」


「はい。これといっていい男がおりませんし、今のところ欲しいとは思いません」


 彼女にとってそれは悩みのようで悩みでない感じであった。結婚はいずれしなければならないだろうが肝心のお目に叶う相手がいない。特に欲しいとも思っていないので焦る必要もない。


「あらぁ、ブランとはどうなの?」


 アイリーンは意地悪そうにアイギスに尋ねた。二人の凸凹コンビは割と良い感じだと彼女は睨んでいた。噂では独り身の彼によく余り物のご飯を持っていっているとも聞く。


「ア、アイリーン。ブランは55だぞ。いくらなんでもそれは……」


 さすがに30も離れていては対象とはなりえないだろうとレイラは思った。だがアイギスは少しだけ頬を染めた。


「アイギス……あなたまさか……」


 レイラはさすがにその年齢差はまずいだろうと思った。だがアイギスにとってブランはそんな対象ではない。


「違います。あの人は――可哀そうなんです。大事な奥さんと子供を奪われて苦しんで苦悩して……。陽気なようで……本当は寂しがっている。あたしは……助けてあげたいんです」


 彼とコンビを組んでようやく本当のブランを彼女は知った。恋愛対象ではなく彼女は純粋に彼を尊敬してるだけなのである。


「分かる分かるわぁ。そういう男って母性本能くすぐられちゃうのよね」


「母性本能?」


 アイリーンからそう言われてアイギスは自分の気持ちが何なのかとずっと戸惑っていたが答えを見つけたような気分になった。『母性本能』『母性愛』どことなくしっくりくる感じがした。


「――そう、そうかも知れませんね」


「じゃあ、あの男はなんてどうなのよ。確か龍児。似てるじゃない?」


 龍児の名前がでてレイラはどきりとした。


 彼はまずい。まずいのである。


 彼は別世界の人間でしかも元の世界に帰ろうとしているのだ。彼が帰ると言い出したら傷つくのは残されたものだ。そんなのとくっついたら泣くのはアイギスだ。


「あれは似て非なるものです。渋味や哀愁も何も感じません」


「――あ、あいつはお子ちゃまだからな……は……はは……」


 レイラはアイギスの反応に安堵した。腕を組んでアイギスの指摘はごもっともだとウンウンとうなずく。


「あらあら、レイラったら大事な彼氏をアイギスに奪われなくて良かったわね」


「はぁ?」


 アイリーンの突っ込みにレイラは何をいっているのかと目が点になった。


「だって、彼が気になるから。お見合いの話しを蹴ったのでしょう?」


「い!?」


 なぜアイリーンがアラドとの話を知っているのかと彼女は唖然とした。そんなレイラの表情を見てアイリーンはクスクスと笑う。


 一体いつ、どうやって知った!? レイラの表情はそう問うていた。


「ふふふ。3警の情報網を甘くみないでね」


 レイラはしてやられたことを悟った。アイギスへの話はこのための伏線だったのだと。


 レイラは龍児に対して恋愛のような感情を持ってはいない。せいぜい手のかかる弟、もしくはその友達のような距離感である。自警団員として将来性を買っているだけなのだ。


 ゆえにそのような勘違いだけは絶対に修正してもらわければならなかった。変な噂を広められたら大変である。


「あ、あいつとは、龍児とはそんな関係じゃない!」


「ええ、分かっているわ。これから狙うのよね」


「アイリーン!!」


 レイラはアイリーンにいいようにからかわれてしまった。


◇◇◇◇◇


 彼女たちの計画は自警団の掲示板で募集したところ全部で15名が集まった。そしてその中に龍児、由美、颯太、葵の名前がある。


 彼らは異人なので自主的に遠慮して最後尾に入ることにした。これは由美の提案であったが、休みの発案者の葵は最初は不満たらたらだった。だが海に行けるとなると彼女は最後で良かったと上機嫌に変わった。

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