第236話 働き方改革

 露店が多く並ぶメイン通りの一角に刀夜の店はある。


 せっかくオープンしたこの店も巨人戦の怪我によりすぐに休業せざるを得なかった。だがリリアが入手した薬のお陰で動けるようになった刀夜は早速小槌こづちを握った。


 あまり長く空けすぎるとせっかく三人が開いてくれた店から客がいなくなってしまう。切れ味抜群のインパクトが無くなる前に再開する必要があると考えた。


 舞衣たちに『またか』とあきれられつつも刀夜は小槌こづちを振るい続ける。そのような彼を見ていると龍児に殴られる前の時と同じ展開にデジャブを感じる舞衣であった。


 しかし店に商品が並ぶと客はぼちぼちと現れては売れてゆく。だが刀夜が懸念けねんしたように以前のような客足ではない。


 業を煮やした美紀が新装開店セールと称して実演を行った。あのバナナのたたき売りように。すると不思議なことに再び客足は増えて包丁は売れた。


 そもそもこちらの世界で実演販売という方式は珍しいので、まるで大道芸をみるかのようなつもりで客は足を止める。足を止めさせて話を聞かせれば買う買わないは関係なく勝ちだ。人だかりができればそれがまた人を呼ぶ。


 その中の1人で良い、商品を買うものが現れれば連なる人もでてくる。その目論見は上手くいったのだがいざ買うとなると、価格が高いので最初の頃のように飛ぶように売れることはない。


 昼過ぎの落ち着いた頃に龍児と颯太が店に顔をだした。


「あらいらっしゃい龍児くん、颯太くん」


「よ!」


 龍児は手を挙げて挨拶をした。そして並べられている商品をみて刀夜が復帰したのを悟った。商品棚にはまだ包丁が10本ほど残っている。


「奴はもう復帰したのか?」


「ええ……あれを復帰というのならね……」


 舞衣は表情を曇らせて困っているような返事を返した。そのような舞衣の様子に龍児はピンとくる。また奴が無茶をやっているのだと。


 舞衣が休むように言っても刀夜はあれこれ理由をつけて小槌こづちを握ろうとするので彼女は説得を諦めた。


 だが龍児にしてみればようやく一安心といった心境である。奴が寝たきりなどになっていたら原因を作ったものとして後味が悪すぎる。


 彼らがしばらく談笑していると今度は由美と葵がやってくる。


「由美さん。葵さん。いらっしゃい」


 由美はやや疲れたといった顔をしているが、訓練の後はいつもこのような感じで、その顔はクールでまだ余裕があるといった感じだ。


 だが葵の方は元気がなく、肉体的にも精神的にも疲れているようで肩を落として項垂れている。


「葵?」と龍児たちと話をしていた美紀が葵が来たことに反応した。


「聞いたわよー。バケツ持って廊下に立たされたですって?」


 美紀が笑いを堪えながら尋ねた。今時漫画でも見ないような体罰のリアル体験に失笑せずにはいられなかった。


「ううっ」


 今朝起きたばかりの出来事がもう美紀に伝わってしまっている。うなだれる頭を少しあげてチラリと店の奥を見てみれば、龍児と颯太が苦笑している。話を漏らしたのはこの二人だ。


「ケケケ、まるで漫画みたいだったぜ」


 ケラケラと笑う颯太に葵はぶすりと膨れる。龍児や由美ならいざ知らず颯太に笑われるいわれは無い。


「あんたがそれを言うか!? 誰のせいで毎日ヘトヘトになっているっていうのよ! あんたたち4警の穴埋めをやってるのはこっちなのよ!」


 葵は怒涛の勢いで颯太の襟元を掴んで突っかかる。


 教団の罠にはまって4警の人員は大きく減少してしまった。お陰で本来なら4警が受け持つ案件を葵のいる3警に回されてしまい、3警の面々は悲鳴をあげながら仕事をしていたのである。


 おかげで3警の中の雰囲気は悪くなってしまった。葵も疲れて居眠りをしてしまったのだ。それなのに原因の当事者に笑われるいわれはない。


「さすがにそれは俺のせいじゃねーよ」


 颯太は反論する。確かに作戦の失敗は颯太の責任ではないし、彼も人員が減ったぶん忙しさは倍増している点は葵と同じである。


 しかし理屈はどうであれ感情はそうはいかない。溜まったうっぷんを口にできただけでも葵のストレスは少しましになった。


「自警団には有給休暇とかないの?」


 舞衣が尋ねた。疲れたら休むのが一番である。だが葵は涙目で首を振った。それがあるなら今ごろ使っていると。


 そもそもこの世界の労働基準は現代に比べれば酷く遅れている。色々便利である現代と違って多くの事に不便をきたしているので仕方がない面はあるのだが、年中無休、休暇のローテーションもないのはさすがにどうかと思う葵であった。


 自警団では休みは無い代わりに半日作業が週に二回あり、長時間出場などあった場合は休みが取れる。ただ夜勤などもあるので団員の休暇はかなり変則的になってしまう。


「せめて慰安旅行ぐらいあったらいいのにね」


「そうよねぇ、あたし達もバカンスなんて楽しむ余裕なかったわねぇ」


 美紀の提案に舞衣が賛同する。こちらの世界にきてからずっと生き延びることに精一杯で、多くの仲間を失って心にそんな余裕がなかった。


「バカンス!」


 突然、葵が叫んだ。


「それいい。あたしバカンス行きたい!!」


「おいおい、自警団はどうすんだよ?」


 葵の本気の目に龍児は焦る。行きたいのはわかるが勝手に休んだりしたらクビである。苦労して自警団に入って苦しい訓練にも耐えて、ようやく見習いも外れそうなのにクビになどなったら骨折り損だ。


「直談判する! 働き方改革だ!!」


 葵は決心すると彼女の行動は早く、頭に鉢巻を巻いてその日のうちに直談判に出た。これにはさすがの龍児たちもハラハラものであった。


「――と言うわけで団員のモチベーション向上と健康管理のために週一の休みと長期休暇を提案します!」


 葵は机越しに前のめりになりつつアイリーンにさし迫ったが、アイリーンはそんな葵に対して目を細める。


「却下」


 何をいっているのかと軽くあしらわれ、アイリーン再び机の上の書類に目を通した。だが納得いかない葵はここで食い下がってアイリーンに迫る。。


「どうしてですか? いくら忙しいとはいえ、これではみんな過労で倒れてしまいます。これじゃブラック企業より酷いですよ!」


「ブラック企業? 何をいっているの?」


 ブラック企業の意味が分からずアイリーンは困惑する。


「いいですか、こんなキツイ職場では誰も自警団に入りたいとは思わなくなるじゃないですか、人手が足りないのは根本的なところに問題があるのではないですか?」


 入団したての新人が何を言うのかとアイリーンはムッとする。だがすでにヘトヘトで休みが喉から手が出るくらい欲しい団員たちからは書類の影に隠れながらも葵を応援する。


 そして実はアイリーンも内心は休みが欲しいと思ってはいたが自警団幹部としてそれを口にするのは許されない。一度乱れた規律を戻すのは難しいのだ。


 ましてや分団長程度ではすでに決まっている就業規則を変えることはできない。ギルド総会で採決する必要があることを彼女は知っていた。


「ふーん、彼女は面白いことを考えるねぇ」


 龍児達は3警の部屋の内窓から心配そうに葵を見ていたのだが、いつの間にか彼らに交じっていたアラドが横からぼそりと独り言をこぼす。


 アラド団長は改革者である。自警団の古い体質は今の時代に合っていないとつねづね口にしていた。


 彼が葵の意見に興味をもったのは『入団を阻害している』という一点であった。こちらの世界では年中無休はごく普通である。みんな生きるために必死に働いているのだ。


 次の日にはアラドは葵の意見を元に会議で試験的に長期休暇を取る方向で団内をまとめた。週一の休みに関しては時期尚早とのことで見送りとなった。


 アラドは議会に通すためにロイド上議員経由で、葵から頼まれた刀夜はオルマー家経由で根回しを行った。そして3日後の議会で容認されることとなった。


 議会がすんなりと彼らの意見を通したのは巨人兵討伐と教団壊滅の功績が大きかったことにある。驚異的なこの二件が片付いたことで余裕ができたのではないかと言うのが大半の意見だ。


 とはいえ街の治安を守る自警団が一度に休むわけにはいかない。自警団自体は年中無休であるため、全体を5グループに分けて順次7日間の休暇を取ることが決まった。


 すると葵のいうとおり全体のモチベーションが上がって仕事効率が上りだし、アラドはこの件に関して手ごたえを感じたという。

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