第5章 帝国の魔女編

第234話 ヘブン・ビーチ

 輝く太陽が照りつける純白の砂浜。ホワイトヘブン・ビーチに負けず劣らないパウダースノーのような砂の海岸が続く。


 照りつける太陽の光が砂浜に反射して下から襲ってくる。まぶしくとも折角の景色が見れないのは勿体なくて目を細めた。


 波が打ち寄せる海岸から心地よい音が奏でられて、いつまでも飽きがこない。延々と続きそうなキラキラと輝く海の水平線はこの星が丸いことを主張して微かに弧を描く。澄んだ空気の向こうにクッキリとした入道雲が水平線よりこちらをのぞいていた。


「ひゃっほーう」


 龍児は一番乗りだといわんばかりに、子供のようにはしゃいでサラサラの砂浜に出た。


「マジ海だ! うひょー」


 続いて颯太が龍児の後を追いかける。


 ズボンの裾を切っただけの簡素な海パン一丁となった二人は灼熱の砂浜に裸足で突撃した。気温は体感で軽く35度を超えており、もっと日が昇ればさらに気温は上がるだろう。


「うわっち!」


「あぢー!!」


「アツ! アツ!」


 あっさりと砂浜に負けて二人は涙目となり全力疾走で戻ってきた。


「ばかだねーこんなに照りつけているのに熱いに決まっているじゃん」


 呆れた葵が二人を笑い飛ばした。


 青色のワンピースの水着を着用した葵がホテルの影からでてくる。バスケと自警団の訓練で無駄な肉が絞られた康的な肌が太陽に照りつけられると、玉梅雨のような汗がジワリと噴き出した。


「いや、だって、オーストラリアのホワイトヘブン・ビーチは熱くないって本で見たぞ」


 龍児はホワイトヘブン・ビーチに行ったことはないので本だけの知識しかない。だが確かにここの白い海岸とは本の写真によく酷似していた。


 特に独特の純白のサラサラとした砂浜などはよく似ており。同じ海岸だったら龍児のいうとおりそこまで熱くはなかったのかも知れない。だが由美が龍児に忠告した……


「ここはオーストラリアじゃないのよ。ちゃんとマリンシューズを履いたほうがいいわ」


 大胆にもバンドゥビキニ姿で現れた由美はその身長と背筋の良さから、どこのモデルかと連想させるような出で立ちだ。その容姿のバランスの良さは男たちの視線を独り占めにするだろう。


 そのよな彼女は日差しが苦手なのかサングラスをして大きなビーチパラソルを担いでさしていた。


「そうだよ、せっかく舞衣が頑張って作ってくれたんだから」


「わかった。わかった」


 龍児はあっさりと二人の意見に従うことにした。砂浜が熱いのは事実であり、裸足でいけば火傷するのはすでに実証済みである。折角ここまでやってきたのに、そのようなことで海を楽しめないのは勿体ない。


「それとちゃんと荷物を運んでよね」


「おう、任せとけ」


 龍児は自慢の鍛え上げた筋肉を隆起させてみせる。こちらの世界にきて自警団に入ってからというもの龍児は鍛錬を絶やさなかった。


 元々恵まれた体格でそれなりに鍛えていたが、ここに来た頃とはかなり違って見える。無駄な贅肉は削ぎ落されて、まるでボディービルダーのように筋肉がビルドアップされていた。


 それは龍児だけではない。一見ヒョロイように見える颯太だが服を脱げば彼もしっかりと筋肉質な体に生まれ変わっていた。龍児の訓練に付きあっているうちにおのずと鍛え上げられていた。


 由美はそんな龍児の体を見て頬を赤く染める。別に龍児がどうのというわけではなく、ただ男の体というものに急に興味が沸いて恥ずかしくなったのだ。


 龍児のガチガチ筋肉にちょっと触ってみたい。ギュッとされたどんな感じだろう?


 そんな妄想で急に頭が一杯になってしまった。そして彼女はそんな妄想にふけることに羞恥心にみまわれて恥ずかしさを覚える。


「どうしたの由美、顔赤いよ?」


 突如、葵が由美の顔をのぞき込んでんできた。自身の恥ずかしい妄想に気付かれてしまったのかと焦る。


「え? ええ、やっぱり熱いわねここ……」


 由美は自分の顔に出ていたとは思ってもみなかったようで、誤魔化すために片手で火照った顔をパタパタと扇いで気温のせいだとアピールしてみせる。


 龍児の体をみて興奮してしまったなどと絶対に悟られるわけにはいかない。バレたら美紀あたりにからかわれるのは目に見えていた。


「こ、これだけ日差しが強いと日に焼けて大変ね。日焼け止めとか無いし」


「ああ、日焼けなら後でリリアちゃんのヒールで綺麗さっぱり治るらしいよ」


「そ、そうなんだ。じゃぁ思いっきり遊べるわね……」


 葵は由美の反応にやや違和感を感じつつも流すことにした。だが由美の危惧は葵にばれたとしても彼女は笑うことはない。それどころか面白がって積極的に龍児を触らせて彼女の妄想を現実化させていただろう。


 ただその場合、散々触られて興奮した龍児は放置プレイの刑にあって可哀そうな目に合うことにはなるが……


「お、お前たち。なんだその姿は!?」


 突如二人は驚きの声にさらされた。声を上げたのはレイラだ。


 まるでネグリジェともベビードールとも取れるような上着に、下はカボチャパンツの裾を長くしたドロワーズのようなものを着用している。使用されている生地も今は上下ともふかふかとした感じだがこのまま海に入ればべっちょりと肌にくっつきそうだ。


「なんだといわれても水着だけど、レイラさんこそ何です? その姿……」


 葵はレイラの格好に思わず吹き出しそうであった。まさかそのような恰好で泳ぐのかと。それどころかその水着で泳げるのかと。


「なにではない。そんな破廉恥はれんちな姿をして恥ずかしくないのか? 下着じゃないか!」


 レイラは見ているほうが恥ずかしいと感じているのか顔を赤くした。彼女の感覚からしてみれば由美たちの姿は裸も同然である。


「酷いなー。ちゃんと水着ですよ。苦労して作ったのにぃ」


 葵は膨れた。今日のこの日のために葵達はわざわざ水着を作成したのである。だが葵達の水着とレイラの水着とではあまりにも大きなへだたりがある。


「どうかしたの?」


 そこにアイリーンとアイギスもやってきた。二人の水着姿はレイラと同じである。


「ちょっと見てやってくれ、こいつらこのような姿で海に入ろうとしていたのだ」


 レイラはあきれて二人に葵の姿を紹介した。


「これはまた……」


「看過できませんね。これでは犯罪です。公衆わいせつ罪です」


「ええーっ!」


 まさか犯罪扱いされるなどと思いもよらなった。葵にしてみればあまりにも突拍子ないので冗談でいっているのかと思ったほどだ。


「葵、周りを見てみなさい!」


 アイリーンは手を伸ばしてビーチを指さした。葵は指された海岸の方向を見回すと、女性たちはみんなアイリーン達と同じ姿をしている。そしてまるで変態でも見るかのように下げすさんだ視線を送っていた。


 男たちは血走った目で葵を凝視している。中には鼻血を出した者、股間を抑えている者、連れの彼女に耳を引っ張られている者達の姿があった。


 そのような様子に葵は自分たちのほうが場違いなのだと気づくと急に自分の姿が恥ずかしくなった。


「そんな姿でうろついていたら貴女、男たちに犯されますわよ」


「逮捕だ。逮捕だ。破廉恥はれんち女め!」


 アイリーンとアイギスがさらに追い打ちをかけた。


「う、嘘でしょ。だってこっちのほうが解放感あっていいじゃん……こっちの水着のほうが可愛いじゃん……」


 葵は涙目になった。周りからひそひそとあざ笑う声が聞こえてくるような気がしてくると、男共の興奮した息遣いも聞こえてくるような気がしてきた。


「い、嫌……犯されるのは嫌……逮捕は嫌……イヤぁぁぁぁぁぁ……」


 葵の意識は急にどこかへ飛ばされたような感覚に陥る。まるで自分だけが孤独なマイノリティの存在であるかのように。


『あれ、由美はどこ? 龍児はどこ? 颯太は? 皆どこに行ったの? あたしを一人にしないでよー!!』


◇◇◇◇◇


「うーん、うーん、逮捕はいやだぁー」


 机に積み重ねた書類の上でうつ伏せになっている葵がうなされていた。心地よい夢に包まれてたはずがいつの間にか悪夢にうなされた。


 そんな彼女の後ろで3警分団長のアイリーンは腕を組んで顔を引きつらせて立っている。騒がしい3警ではあるが葵の大きな寝言がとうとう彼女の耳にまで届いてしまったのだ。


 まだ就業中であるがゆえ居眠りで仕事をサボるなど言語道断だ。

周りの団員は不機嫌となったアイリーンの怒りが自分たちに飛び火しないよう書類の山で頭を隠した。

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