第233話 許された龍児
ブランは教団の長椅子に座り、側にはアイギスが付き添っていた。
「ブラン大丈夫か?」
「おお、龍児か。見てのとおりだ。せっかく捕らえた
ブランは明らかに落ち込んでいた。戦おうにも相手は空中であるため、まったく手も足も出なかったのである。クロスボウを持つものが応戦したが空中をヒラヒラと舞う魔法使いにはかすりもしなかった。
「いや、アレと出会って生きているほうが凄いぜ」
「アレと? なんだ? まるで知っているような言い草だな」
「ここに戻る際に飛んでいくのを見たんだ」
「なんだと! では直ぐに追撃せねば、あんなのを野放しはできん!」
「駄目だ! あれは俺やあんたが敵う相手じゃないんだ」
「どういうことだ? 何を知っている?」
龍児は先ほどマリュークスから聞いたボドルドの弟子のことを話した。相手はマリュークスですら逃げると言わせた相手である。龍児の口から次々と語られる話はにわかに信じられない内容であった。
最も信じがたいのはマリュークスやボドルドが生きているということである。人間が400年以上も生きるなどあり得ないことである。
「信じられんな……」
「だけどよあの爺さん、かなり色々知っているみたいだったぜ」
龍児がマリュークスをあまり疑っていないのは龍児達のことをあまりにもよく知っていることと、この宇宙と星、そして転送についてかなり詳しいと見たからである。
しかしその辺りを自警団の連中に話してしまってよいのか判断がつかない。一応龍児たちは異国人となっており、一部の者には異世界から来たことで知られている。それが今度は宇宙人なのである。もうどう説明してよいのか分からないのだ。
「ほほう随分面白そうな話をしているじゃないか」
「ちょっとそこで詳しく聞かせてもらいたいものだ」
突如、龍児の両肩をムンズと捕まれた。彼の肩を掴んだのは3警の分団長アイリーン・バッツと2警の分団長アレス・ミドラーだ。
龍児は二人にずるずるとどこかへと連行された。二人は龍児の話が一般兵のいるような所で話して良いものではないと判断したのだった。
葵と由美はそのまま教団の砦の捜査を継続することとなる。ブランとアイギスおよび颯太は4警へ報告に戻らなければならなかった。
そしてリリアと晴樹、そしてようやく解放された龍児を連れてピエルバルグへと帰還する。リセボ村で一泊して戻ってこれたのは次の日である。
龍児は刀夜に約束通り颯太を連れて帰ってきたことに報告すると。刀夜は表情をあまり変えずに驚いていた。
微妙に顔がひきつっていることに晴樹はクスリと笑う。無論刀夜は颯太が死んでいいなどとは思っていないが、状況的に不可能と思っていたのをひっくり返えされてしまったことが悔しかったのだ。
颯太のなんという運の強さかと刀夜は思った。だが詳しい経緯を聞けばそれは誤りで颯太は実力で運を勝ち取ったのだと理解した。
ともあれ刀夜は約束どおり龍児を許すことにしたのだが、そして彼らからは土産があった。マリュークスから頂いた薬だ。
「リ、リリア……これ本当に飲める代物なのか?」
それを目の当たりにした刀夜はさすがに
クリスタルのような容器に入っている液体はまるで何かの昆虫の体液を選出して集めたのようなものにしか見えない。
「刀夜様こーゆーのは一気ですよ。一気に」
「あ、ああ……」
だが刀夜の手は容器を掴んだまま見つめて硬直している。
「ぐいっと一気にいけよ」
龍児までもが飲めと言うが、そもそもこんな薬を飲むはめになったのは誰のせいかと恨みがましく彼を睨んだ。
回りを見渡せば皆が心配してみている。刀夜は観念してその薬を一気に口の中に入れた。
だがその瞬間、なんとも比喩のしようもない恐ろしい香りが充満して鼻孔を突いた。危険を感じた刀夜の喉は液体の侵入を拒む。みるみる彼の顔は青から緑、そして紫へと変貌する。
蛙のように頬がが膨らみ、目はこの世のものではない悪魔でもみたかのように恐怖に駆られている。刀夜の顎が下がって唇が徐々に開こうとする……
「吐くなァ! 飲めぇぇぇぇぇ!!」
焦った龍児が刀夜の頭と顎を両手で押さえ込んだ。刀夜の喉がゴクリと音を立てると皆はようやく安心した。だが当の刀夜はおぞましい香りと味に死んだほうがマシだと思うのであった。
そんな刀夜が復帰したのは2時間も後であった。再び刀夜の部屋に全員が集まる。椅子にドカリと座っている龍児を刀夜は睨んだ。
そしてリリアと龍児から教団やマリュークスの話が伝えられた。それはにわかに信じがたい話だった。
まず教団についてモンスター工場が存在する事実。それはこの世界の生態系は人為的なものであったということになる。
もう一つはマリュークスやボドルドがいまだ生きているということ。そして地球とこの星、距離的には同じ銀河系のどこかの星だとうこと。
そして自分達はボドルドによってこの星に転送され、帰るには彼の装置なるものを手にいれれば帰れるということだった。
みんなが注目したは『帰れる』という一点。だがどうやってボドルドを探せば良いのかわからない。教団の話から彼と教団はなにか繋がりがある。
しかし教団内でも彼はあまり表には出てこず、教団とも関係が薄くなりつつあるとは颯太が得た情報である。
「こうなるとそのモンスター工場ってのが怪しいな。ボドルド本人がいる可能性、もしくは手がかりがありそうだ」
「だがそれがどこにあるか分からねぇぜ。手がかりを持っていた容疑者は口を封じられてしまった」
「いや情報を持っているやつがいる」
「だ、誰なんだ?」
「そのボドルドの弟子というやつだ」
「だが肝心のそいつも神出鬼没で捉えるのは困難だぜ?」
「他の教団を狙うという手もある。そいつが出没するとしたらそこか工場あたりだろう」
「そうか……」
「そうなれば人海戦術しかない。当面は自警団に頑張ってもらうしかないな」
「…………」
「ともかく情報はありがたかった。これで俺達は一歩前に進めた。絶望をする必要はない。前向きに行こう」
だが刀夜の言葉にリリアは再び別れが近づいてきたのだと実感せずにはいられなかった。
◇◇◇◇◇
皆が解散して夜がふけると就寝についた。静寂が訪れるとリリアの頭には家族はもうこの世にいないのだという事実ばかりが頭に過る。
そんな事実など知りたくもなかった。
太陽のように明るく笑顔を絶やさないクラリス姉様。おっちょこちょいだけど真剣に相談にのってくれるエスエル姉様。そして優しかった両親……もう二度と会えない家族。
このうえ刀夜までも失ったら……また一人……そう思うとどうしても涙が溢れてくる。リリアにとって寝付けない時間が過ぎた。
寝返りをうち刀夜のほうを見ると彼は目を開けてリリアを見ていた。リリアは自分が泣いていることを見られまいと顔を反らした。
刀夜もリリアのことを心配していた。
「……リリア」
「……す、すみません……」
涙など見せれば刀夜が心配する。失敗したとリリアは後悔した。だが刀夜は家族を失った悲しみを誰よりも知っている。
「……泣きたいときは泣いたほうがいい……我慢すると後が辛くなる……」
その言葉にリリアは感情が抑えきれなくなり、涙を溢して泣いた。家族の名前を呼んではしゃくり声をあげる。
刀夜はそんな彼女を哀れみ、抱き締めてやりたかった。少しでもいい、彼女の心が癒せるのなら何でもしてやりたい。だがそんな気持ちと裏腹に体はピクリとも動かない。
せめてできそうなことと刀夜は自分のシーツをめくってリリアを誘う。
「……いいのですか?」
「こんなことぐらいしかしてやれない……ごめんよ」
それが刀夜の精一杯の思いやりなのだとリリアは感じると彼の側にそっと寄り添う。刀夜は魔法試験の夜を思い出したが、彼女はあの姿を見せることはなかった。
やがて落ち着きを取り戻すと懐かしい家族との思い出話を刀夜に聞いてもらう。刀夜は彼女の話を聞いては黙って頭を撫でながら頷いた。
優しく包まれる腕の中で彼女は家族に抱かれる感覚に陥るといつの間にか眠りに落ちていた……
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