第232話 大賢者3

 突然知らされた事実にリリアは混乱した。


 そしてそんな事実など知りたくなかった。リリアにとって家族の行方が不明なことは生きているかも知れないという希望だったのだ。なのにこの老人はその希望を壊そうとする。



「それにお主の母親も長女も奴のけしかけた巨人兵に――」


「もう止めてーぇ!!」


 リリアは金切り声を上げると耐えかねて耳を塞ぎうつ向いてしまう。目には今にも涙が溢れそうであった。


「おい、そりゃあんまりだぜ」


 龍児はさすがにリリアに同情した。


「おお、すまない。そんなつもりはなかった。年甲斐もなく興奮してしまった。許しておくれリリア……」


 マリュークスは慌てて彼女を宥めようとする。だがリリアからは無言を返されてしまった。


 場が一気に重くなるとマリュークスは立ち上がって戸棚から一本のビンを取り出してリリアの前に置いた。


「すまぬ。これはせめてものお詫びだ」


 彼が差し出したビンはひし形を合わせたような容器でまるで水晶のようであった。中には緑色のドロリとした液体が入っている。


「これはなんだ?」


 リリアの代わりに龍児が尋ねた。


 見るからに怪しげな液体だ。何を使ったらこんなものができるのかと嫌な予感がしてならない。材料は聞きたくないそんな代物だ。


「これは断裂した神経を繋いでくれる薬だ」


「!」


 今にも泣きそうだったリリアが顔を上げてその薬を見つめた。


「これを刀夜に飲ませてやるが良い。そして歩行訓練をすれば彼は歩けるようになるだろう」


 それはリリアにとって喉から手が出るほど欲しいものである。これがあれば刀夜は再び歩けるようになる。家族の件はショックであったがその朗報には変えがたいものだ。


 リリアは震えるてで包み込むように掴むと胸に押し当てた。これで刀夜が救える。あの人の喜ぶ顔が見れる。リリアはそんな刀夜の表情を思い浮かべた。


「さて、もっと話をしたいところだったがどうやらそうもいかないようだな。アレほどの魔法を使えばさすがに気付かれたようだ」


「?」


 マリュークスは窓の外を気にし始めた。


「よいか龍児、先ほどの話忘れるでないぞ。世界を救うのはお前の肩にかかっておるのだ」


「一体なにがあったんだ?」


 突如マリュークスは急いでいるのか慌てるように早口になった。そのことに龍児は何か起きたのだと感じた。


「ボドルドの弟子がこちらに向かっとる。龍児よ、ボドルドはお主らを殺しはしないだろうが、奴の弟子には気をつけるのだ。奴はボドルドの目が届いておる内は無茶はせんだろうが、それ以外では何をしでかすかわからん」


 マリュークスは席を立って杖を掴んだ。


「戦うのか?」


「まさか、真正面からやりあって勝てる気はせんから逃げる。お主らも早く館をでるがよい。また会うこともあるじゃろ」


 そう言ってマリュークスは現れた元の部屋へと入っていた。龍児とリリアも彼を見送ったあとにすぐさま館を後にする。


 湖畔の道の森側を隠れながら移動をした。そんな時、魔法使いの姿をした者が空を飛んでいくのを目撃する。おそらくマリュークスを追っていったのだろう。彼が無事に逃げおおせるのを願いながら龍児たちは教団の砦に戻った。


 だが砦に戻ってくると中は騒然としている。自警団の連中が慌ただしく往来していた。中には怪我をしているものも、そして真新しいと思わしき信者の遺体が転がっている。


 そのような中、龍児は葵と由美、晴樹と颯太の姿を見つけた。


「颯太! 一体どうした?」


「龍児!」


「あんたどこふらついていたのよ!」


「龍児! 彼女を勝手に連れていくな!」


 葵と晴樹はかなり怒っている。特に晴樹は刀夜からリリアを守ると言った手前に彼女を見失ったでは済まされないのだ。


 相当焦って探していたのであろう。彼の怒り具合で龍児はその事を察した。


「す、すまねぇ。ただわけありなんだ許してくれ……その事で後で重大な話があるから……」


 晴樹の迫力に龍児はタジタジであった。仕方がないとはいえ晴樹には余計な心配をかけさてしまった。龍児はそんな二人に本当に悪かったと両手を合わせて謝る。


 晴樹はそんな龍児を見て自分には簡単に謝れるのになぜ刀夜にはそれができないのかとため息がでる。


「ところで一体なにがあったんだ?」


「魔法使いの襲撃よ」由美が答えた。


「魔法使い?」


 魔法使いと聞いて思い当たるふしは一つしかない。マリュークスの話していたボドルドの弟子に違いないと。先程、すれ違ったがどうやら館に向かうついでにここを襲撃したのであろう。


「それでどうなった?」


 葵は深刻な顔をして状況を説明した。


「せっかく捉えた教団の幹部たちを根こそぎ皆殺しにされたのよ。それも自警団もろとも無差別よ」


 由美は思い出しただけでも鳥肌が立ちそうであった。上空から立て続けにレーザーのような魔法攻撃を繰り出すと教壇の館の壁など簡単に貫通してしまった。それはまるで銃撃でもくらったかのようだった。


「見たのか?」


「少しだけよ、かなり若い男だったわ。背は低めで、まだ少年のような声をしていたわ……」


「怪我は無いんだな」


 龍児は由美をしげしげと全身を見回したが煤汚れてはいるが確かに怪我はしていない。


「ええ、私は……ブランさんがかばってくれて……」


「ブランが?」


「ブランさん由美を庇って怪我をしたのよ。命は大丈夫だって」


 その言葉に龍児は安堵した。そして傷ついたブランの様子を見に行った。

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