第231話 大賢者2

「これこれ、私はお前達の敵ではない。何度も助けてやっただろう。刀夜とは仲良くやっとるか?」


 その言葉に以前に刀夜を導いた蝶を使わしたのはこの老人だと確信した。


「あなた様が刀夜様を……」


「そうだ。自警団を使って彼を助け、お前のところまで導かせた」


 それならばこの老人はリリアにとって恩人となる。刀夜と出会えたことで彼女がどれほど救われたか。しかし疑問が残る。


「どうして私たちを……?」


「まあ、私のためでもあったのだ。私はここに幽閉されておってな。抜け出すには外部からの力が必要だったのだよ」


 つまるところ悪く言えば彼は自分のためにリリアを利用したことになる。だがそのおかげでリリアは刀夜に出会えたのだ。


「幽閉って一体誰にだよ?」


 黙って聞いていた龍児が疑問をぶつけた。


「ボドルド・ハウマンだ。やつは私の存在が気に入らんようでな。最も私も奴が世界を滅ぼしたことには腹を立てておる。互いに相容れぬ関係で奴にしてやられた」


 リリアは彼の言っていることに驚きを隠せない。


「まって下さい。もしそれが事実ならボドルドは生きていることになります」


「どうしてなんだリリア、奴は400年前の人物なんだろ?」


「おそらくですが魔法結界は継続的にかけ直されていると思われます。400年もずっとこの結界が動き続けるのは不可能です」


 少なくともリリアの知っている範囲ではそうなる。永久機関で魔法が動き続けることはないと彼女は聖堂院で習ったし、事実魔法を使ってみてそうだと彼女は思っていた。


「かけ直しておるのは正解だ。だがずっと稼働させる方法はないこともない。例の巨人兵がそうなのだが……まぁ簡単にはできんがな」


「じゃあそのボドルドってやつは定期的に結界を張りにきてるってことなのか? 今も!?」


「ついこの間までは……最近は弟子にやらせとる」


「弟子って、じゃあやはり生きているのか400年も……そして、あんたも」


 もしそれほど生きているのなら、もしかしたら知っているのではないかという予感が龍児の期待感を募らせた。


「じゃあ、じゃあ教えてくれ。俺たちをこの世界に連れてきたのはあなたなのか?」


 一体どうして自分達がこんなところに連れてこられたのか知りたかった。あの嵐は自然現象なのではないことくらい分かっている。


「いや、お前達を地球からこの星へと転送させたのはボドルドだ。私ではない」


「この星!?」


 マリュークスの言葉に龍児は驚く。『地球』『この星』『転送』そのような言い様ではファンタジーと言うよりSFのようである。


「そう、ここは地球からはるか数千光年離れた星なのだよ」


「ま、マジかよ……異世界じゃないのか……」


 なまじ魔法というものがあるため龍児の中ではここは別次元の世界、おとぎ話のような世界、剣と魔法のゲームのような世界だと思っていた。そんな異次元の別世界に現実の壁を越えてやって来たのだと思っていた。


 それゆえに帰る方法は絶望的で雲を掴むような話だった。唯一の希望はそんな世界に来たのだから帰る方法もきっとあるという根拠の薄い事であった。


 そしてそれは刀夜も同じで彼も帰還するには非現実的と思われる方法、つまり魔法の力が必要だとそこに縋るしかなかった。


 だがマリュークスの話によれば、最低でも宇宙船があれば帰れるということになる。最もそんな科学があるようには見えない。


 そもそも宇宙船で連れてこられた印象は皆無である。校舎ごと宇宙船で運ぶなど想像するだけでシュール以外の何物でもない。


「ある意味異世界じゃが。どうやら想像していたのと違っていたようだな」


「な、なんのために俺達を呼んだんだ?」


「それはワシにもわからん」


 龍児は脱力しそうになる。そこまで知っていて肝心な理由を知らないなど実に中途半端だと。だがそれ以上にもっと重要なことがある。


「帰る方法はあるのか?」


「ある。奴、ボドルドが知っておる」


 即答で帰ってきた言葉に急に帰れそうな気がしてきた龍児は興奮し始める。そして帰る方法があるという事実に内震えた。


「か、帰れる……」


 龍児のその言葉はリリアにとって死刑を宣告されたに等しい。刀夜との約束は彼の帰還への手伝いをすること。その約束の終わりが近付いている。


 いままでぼんやりとしていた目標がハッキリとし始めたのだ。


「龍児よ、そこで提案なのだがお主がボドルドを倒してくれぬか? 無論私も奴の首を狙うし、お主達にできるだけのことはする。奴から装置を取り上げてお前達を地球へと帰してやろう」


「倒すだって!?」


 倒してくれとはいささか物騒な話だ。龍児はこれまで人だけは不殺を貫いてきた。それは彼のポリシーであり、これからも極力そうするつもりだ。


 マリュークスの提案に龍児は悩む。だ

が殺してくれと頼まれた訳ではない。であればボドルドを拘束することも倒したと解釈しても良いのではないか……とはさすがに屁理屈だろうか。


 リリアはマリュークスの提案に懸念の表情を表した。世界を滅ぼしてしまう程の力を持つ相手を果たして自分達が倒せるのかと。


「私たちで倒せるのですか? 古代魔法を隅々まで知り尽くしたような相手ですよ」


 リリアが尋ねる。


「それは問題ない。奴はなぜかお前達を殺せないようなのだ」


「それはどうしてですか?」


「残念ながらわからん。だがお前達を呼び寄せたのだとしたら何か理由があるのだろう」


 それが事実なら確かにマリュークスよりは龍児達のほうが倒すチャンスは高いのかも知れない。


 だがなぜ自分に白羽の矢がたったのか納得いかなかった。龍児は確かにヒーローのような存在とはなりたいとは思っている。だがそれはイコール人殺しではない。


 自分が向かうべきヒーローとは人の命を守ることだ。むしろそんなことが得意なのは刀夜のほうである。


「だがなぜ俺なんだ。そんな事は長けている奴に頼めばいいだろう?」


 龍児はなぜ自分なんかに頼むのかと彼の要望には否定的だった。元の世界に戻りたい気持ちはある。だからと言って人を殺してまでそうしたいとは思わない。


「刀夜はもうダメじゃ」


 目を細めてため息をつくかのように語るマリュークスの言葉に龍児もリリアも驚きを隠せない。彼の言うダメとは何を指しているのか、このまま寝たきりとなる運命だとでも言うのか。



 そんな事になったら奴にどう贖罪すればいいのか。


「ヤツにボドルドは倒せない。期待しておったのだが無理じゃ」


 青ざめる龍児とリリアを余所にマリュークスは話を続けた。


「それにリリアよ、お前さんにとってボドルドはかたきそのものじゃぞ」


「ど、どういうことですか?」


 ただでさえ刀夜をダメ扱いされて腹立たしいと感じたリリアはこのうえ何があるのかと彼に対して嫌悪感を募らせる。


「プラプティを滅ぼしたのは奴だからだ。しかも父親とお前の姉は奴に直接殺されておる。かたきを討ちたいだろ」

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