第230話 大賢者1

「ど、どうするよ?」


 これではさすがに中には入れないだろうと龍児は諦めかけている。だがリリアは自分達がここへと呼ばれた理由を知りたかった。いままで何度か助けてくれたのだきっと何かあると。


「私は、なぜ呼ばれたのか理由を知りたいです」


 その気持ちは龍児にもわからなくはない。自分たちがなぜこの世界に連れてこられたのか知りたい。だがこの結界をどうやって超えるのか皆目見当がつかない。


「だがどうやってこれを越えるんだ?」


「方法はあります。ただそれを使うと私は殆どの魔力を使いきってしまいます」


「なるほど、わかった。後は俺がお前を守ろう」


 龍児は方法があると断言したリリアを信じる事にした。リリアは両手でグレイトフルワンドを掲げる。


 これほど強力な魔法結界ならフルパワーのほうが良いだろうと彼女は試算した。最もパワーを抑えてもこのような至近距離ではどのみちその魔法の影響を喰らうのだ。


「喰らい尽くしなさい。マナイーター!」


 杖の先端を囲むように輪っか状の光が現れる。光の輪には術式が描かれ、術者に代わって自動詠唱が行われた。


 中央の巨大な宝石も光だすと、膨大な魔力マナが杖から放出される。


 光輝く魔力マナは館の頭上へと飛翔すると水の波紋のように広がり、巨大な魔方陣が空一杯に形成されてゆく。同時に空が光を失ったかのように暗くなった。


 森全体と大気がざわめき、湖が波打つ。


 魔方陣の中心が渦を巻き、ブラックホールのような穴が開いた。まるで押し潰されそうな威圧感に龍児は極度の緊張感に包まれる。


 大気や大地に含まれている見えないマナを吸い込み始めるとやがて、館のオーロラのような魔法結界も次々と吸い込まれる。


 それは龍児には見えないが天空の大穴に自分自身も吸い込まれるような感覚は感じていた。


 あらゆるものからマナを吸い尽くすと穴が閉じていく。それは加速度的に閉まるとまるで何事も無かったかのように元の静寂さを取り戻した。


「これで結界はもちろん、術式的な罠もすべて消失したはずです」


「こ、この魔法はあのときの……」


 龍児はその魔法に見覚えがあった。忘れもしない。アリスや拓真達と巨人兵の元に向かうときに見たものと同じだ。


 アリスでさえ驚いたあの魔法を使ったのはリリアだったことに龍児は驚かされた。だがその強力な魔法効果はマナが見えない一般人には分かりづらいものである。


 だが闇が天を覆い尽くすほどの力は尋常ならざる魔法であると分かりやすい。とてつもないことが起こったのだと容易に認識できた。


 リリアは緊張した様子も見せず凛とした表情で館の門をくぐり抜けて中へと入ってゆく。龍児はハッと我に帰り慌ててそんなリリアを追った。


 彼女は館の玄関の前で立ち止まる。


 両開きの扉には透明なガラスが填め込まれているため中が丸見えだ。その扉の奥の部屋にはアンティークな品々が美しく配置されている。館の主のセンスを感じさせた。だがその品々は恐ろしく古めかしい。


 扉を開けて中に入ってみてもカビ臭さのようなものは一切感じない。それどころかアンティークな品々はホコリも被っておらず、しっかりと掃除が行き届いている。


 一体どのような人物が住んでいるのだろう。


 リリアに期待のような不安のような感情が入り交じる。


「ごめんください」


 彼女は律儀に挨拶をするも特に返事は帰って来ない。まるでこの館は時が止まったかのような錯覚に陥る。しばし待ってみたが人の気配はない。


「はいっちまおうぜ」


 痺れを切らした龍児が勝手に館の中へと入ってゆく。玄関のエントランスの左側には二階に上がる階段がある。奥はT字路となって左右の廊下は各部屋に通じているようだ。


 そのT字路の正面にいかにも客を迎えるような大きな両開き扉がある。内窓がないので中がどうなっているかは分からない。


「お邪魔するぜー」龍児は堂々と扉を開けた。


 今の彼は好奇心が勝っているのか、無警戒に扉を開けて中へと入ってゆく。これが罠だとか策略かもしれないといったことに気が回っていないようである。早くここの館の住人に会いたいといった感じだ。ただこの館の住人に会いたいという気持ちはリリアも同様ではある。


 部屋の中は見たところ応接室のようになっている。左側には大きな窓があり、そこから湖を一望できる。正面に奥は暖炉のようだが火はついていない。暖をとらなければならないほど寒くはないし、暗くもないから当然といえよう。


 その手前にロギングチェア、さらに手前に高級そうなテーブルとソファー。右側に並ぶ戸棚には飲み物とコップ、そしていくつかの本が並ぶ。


 一歩、中へと足を運ぶとふかふかの絨毯が彼らを出迎えた


「だれもいねえのか?」


 そう疑問に思ったとき部屋の右側の扉が開いた。扉から姿を表したのは白いローブに身を包んだ老人だ。白いローブは一見無地のようにみえたがよく見れば白い刺繍ししゅうがふんだんに施されている。


 長い白髪の髪と同じくらい長い白髭は肩まで伸びている。かなりの年を召されていると思わしき目尻の深いシワ。額には孫悟空がしていそうな金色のサークレット。


 リリアのグレイトフルワンドに見劣りしないような杖と、数々の指輪を装備している。


「よくきてくれた」


 老人はそう挨拶を交わすと見た目に似合わずに若者のようにスタスタと歩いてソファーの前までやって来た。


 年寄りとは思えぬ動きに龍児は驚きを隠せない。杖を突いてヨボヨボと歩いているほうがお似合いそうな風貌なだけに不気味さを引き立てる。


「さあ、つっ立っていないで座ったらどうだ?」


 二人は警戒しつつも言われるとおりソファーに座った。なによりこの老人から聞きたいことがあるのだ。二人が座るのを見届けて老人もソファーに腰を掛けた。


「さて、まず名乗っておこう。私はマリュークス・アリューシャンと言えばわかるかな」


 龍児は何のことだと分からないようであったがリリアはその名に青ざめていた。


「あ、あり得ない。彼は400年も前の人間です。生きているはずがありません!」


 マリュークス・アリューシャンは400年前、帝国崩壊の際に人類滅亡を防いだ人物である。大きく文明を失った人類は彼に導かれて生きていくための技術と魔法を授けた。


 だが人間である以上そんな長生きは無理である。高濃度のマナに身をおいても100歳が限度のはずである。


 リリアの出身の街は街全体がマナスポットなため長生きする人が多い。そんな街の人ででさえ100歳以上の人間はまれであり、最高齢の120を越えて生きた人間などいないのである。


「ああ、やはりそうのような反応になるか。だがこうやって生きているのは確かでな。まあ信じれぬというならそれでもよい。重要な話はそこではない」


 嘘か真か、リリアはこの老人を言葉を信じるか悩んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る