第229話 結界の館
龍児達は団員たちが教団の捜査でバタバタしている中で館を見て回った。
途中、葵と由美と合流する。颯太が無事でいたことに二人は安堵するものの、今回の戦いでの活躍に調子にのる颯太に蹴りを入れるのであった。
龍児たちは祭壇の前までやってくる。ここも自警団の面々が色々と捜査をしていた。龍児は高々と掲げられた教団のシンボルを見上げる。
「奴等は世界を破壊したボドルドってやつを信仰しているんだよな」
独り言のように話す龍児の質問に答えたのはリリアだ。
「ええ。そのようですね。こんなものを信仰するなんて理解に苦しみます」
世界に絶望したくなる気持ちは地獄を経験したリリアにも分からないでもない。分からないのは、なぜそこでボドルドにすがり付くのかという事である。
普通は自分の心に安らぎを与えてくれるものに人はすがるのだ。そこには現実的なものより神秘性の高いものを利用するのが常である。
だがボドルドは過去に実在した人物であり、神でも悪魔でもなんでもない。彼らはボドルドに一体なにを求めたのかのだろうか。
「これはシンボルか、普通は奴の銅像とか立てないか?」
龍児の知る範囲では自分達の世界の神は何かしら生き物のような存在として祭るイメージであった。特に実在した人物ではなくシンボルだけを祭るというのには違和感があった。
「ボドルドは実在した人物ですが、その姿の記録はありません。もしかしたら帝国にはあるのかも知れませんが、モンスターの巣窟なので誰も近づけませんから」
「なるほど、だからシンボルなのか」
龍児はリリアの意見に納得して彼女を見た。だがその時のリリアの顔は驚いた表情でどこか別のものを見ていた。
質問に答えてくれた彼女の声からはそんな素振りはなく、今しがた何かに気がついたといった感じだ。龍児は彼女の視線に合わせて祭壇から離れた部屋の片隅を見た。
そこには虹色の蝶が飛んでいた。
龍児達をここの砦へと導いたあの蝶である。戦いは終わったはずである。なのにまた導くように現れた蝶に龍児は嫌な予感がした。
リリアはまるで引き寄せられるように、その蝶に向かって歩きだした。
「お、おい」
龍児も彼女を追ってついて行く。刀夜に彼女を守ると約束した以上、見過ごせない。リリアは部屋の端に近づくと蝶はそこにあった扉の中へと消えた。
蝶を追いかける彼女に、龍児が追い付くとリリアはようやく口を開いた。
「さっきの誘ってますね」
「行くのか? 危険じゃないか?」
龍児は蝶の行き先ももとより、その道中で何かに襲われたりしないかと気をもんだ。
「ですが今までアレは私たちを何度も導いていました。きっと何かあるのだと思います」
リリアの意思は強そうだった。実のところ龍児もあの蝶の行き先が気になっている。刀夜との約束も大事だが龍児は蝶の誘惑に負けた。
扉を開けて奥へと進んでいくと再び蝶が待っていた。さらに導かれるように進んで扉を開けるとそこは裏口であった。閂で鍵がかけられていたので開けて外へと出る。
彼らの視界に入ったのは湖と森、その間に道がずっと奥へと湖畔沿いに続いていた。そしてそのずっと先に館が見える。
二人の脳裏に過ったのは『教団の館』であった。まさかまだ戦いは終わっていないのかと思われた。
だが蝶は二人を誘うようにヒラヒラと光の燐粉を散らして進んでゆく。リリア達も辺りを警戒しつつも、その館へと足を運んだ。
だが進むに連れてリリアは回りに違和感を感じ始める。徐々に大地や大気からマナを感じなくなってきたのだ。いやおうなく彼女は警戒心を強めた。
やがて館の前にくると蝶は館の庭直前で消えた。二階建ての小さな洋館、だが一家族住むには十分大きい建物だ。
窓は多く屋根が高く傾斜が大きい。円筒形の塔のような部屋もあるらしくその屋根も円錐形で
龍児がその館の入り口に入ろうとすると突如リリアに止められた。
「ダメです龍児様、近づいてはなりません!!」
それは焦りが入り交じった言葉だった。
龍児はドキリとして足を止める。
「ど、どうしてだ? なんかあるのか?」
龍児は恐る恐る聞いてみた。
「この館の回りに凄まじいマナの流れを感じます」
「え、どういうことだ?」
リリアは落ちていた木の枝を拾って投げてみた。すると枝は館の入り口手前でバチッと破裂したような音を立てて砕け散る。
「おそらく結界ですね。それもかなり強い」
結界が常に発動して辺りのマナを食い潰している為、この周辺のマナが少なくなっているのだろう。
リリアは魔法結界というものを知らない。なぜならこの結界は古代魔法であったために誰も知らないのだ。大魔法図書館にもこの魔法は載っていない。
だが彼女の目には館を囲むように地から空に向けてオーロラが吹き出すのが見えていた。館を囲んでいるマナの流れに勘で当てたのだ。リリアの洞察力と魔法の感性は刀夜が称えたように天才と言えよう。
「まじかよ、もし俺が触れていたら……」
龍児は自分の体が弾ける姿を想像をしてしまう。まるでモスキートバブルライトで弾け死ぬ蚊のように。
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