第226話 再び地下牢屋へ
晴樹たちは気絶した司教を連れてブランのいる部屋へと戻ってくると、ベルト議員はブランに殴られたのか顔がボコボコになっており、痛々しい姿に変わり果てていた。しかし命には別状はないようで、一応手加減はしたようだ。龍児はアイギスとの約束を守れたことにホッとした。
「さて、あとは地下室だけど、こいつらどうする?」
「眠らせておくのはどうですか?」
「それがいいな」
司教とベルトを並ばせてリリアは呪文の詠唱に入った。
「この者達の魂を深き静寂の底に導きたまえ。スリープ!」
リリアがかざした杖からマナの光が盛れると二人の座っている床に魔方陣が形成された。淡い光に包まれると二人の目がトロンと塞がりスウスウと眠りだす。
「強めに施したので起こさないかぎりは3日間は寝てるでしょう」
「3日!」
龍児はせいぜい1日か半日だと思っていた。案外容赦なしだなと龍児は思うのであった。
「んじゃ、こいつら見つからないようにクローゼットにでも放り込んでおこうぜ」
颯太の意見を採用して彼らをクローゼットに隠そうたしたがブランは止めた。
「わしがここに残ってこいつらを見張っておく。だからお前たちは地下室を頼む」
「いいのかよ、ここに残っていたら教団連中がなだれ込んでくるかも知れないんだぜ?」
「かまわん。この手で最後まで全うしたいのだ。わがままを言ってすまん」
ブランは申し訳なさそうにする。妻子の敵を自警団に渡すまでが彼の戦いなのだ。龍児はブランの気持ちを汲み取ることにした。
「わかったよ。でもこいつらを逃がすのもあんたが死ぬのもなしだからな」
「かたじけない」
ブランは深々と頭を下げた。龍児は彼の肩を叩いて部屋を後にした。アイギスには悪いが彼ならブランならきっとやり抜くだろうと信じることにした。
◇◇◇◇◇
颯太の案内で彼らは地下室へと向かう。一階へと続く階段を降りると教団の信者が4人いた。
当然すぐに見つかる。
「じ、自警団!?」
彼はらはまさか二階から自警団が現れるなど思いもよらなかたようですぐに剣を抜く行動にでれなかった。
「ええい見つかっちまった。ぶっ倒すぞ!」
「おっけぃ龍児ぃ」
「うは、嫌だなぁ」
先行して階段を駆け降りる颯太から投げナイフが飛ぶ。すると一番奥にいた信者の男の胸に刺さり倒れた。
晴樹は中段からの鋭い連続突きで手前の男の四肢を貫き自由を奪った。
龍児はショートソードで薙ぎ払うと相手は鞘から半分抜いた剣でそれを受けた。だが次の瞬間、彼の体は宙に浮いて横の壁に叩きつけられる。
「ぐはぁ」
信じられないことに80キロを超える自分の体がその衝撃に耐えられなかった。まるで押し潰されるかのようなパワーとダメージに体が硬直してしまう。
苦痛に耐えて目を見開くと彼の眼に飛び込んできたのは龍児の拳であった。なす術もなく顔面でそれを受けると後ろの壁で後頭部を打ち彼は気絶した。
残った教団の一人が剣を抜いて叫んで龍児に切りかかろうとする。
「てめ――」
だが叫ぼうとした彼の腹に龍児の太い脚の蹴りが突き刺さった。十分距離があるように見えたが龍児の足は彼の予想より長かった。
吹き飛ばされると先の男同様壁に叩きつけられる。
「ガフッ」
敵が怯んだと咄嗟に判断した龍児は剣を薙ぎ払って相手の剣を吹き飛ばす。通路の奥へと剣が飛んでゆき石畳で跳ねると金属音を立てて転がった。
突き上げるような龍児のボディブローが教団の男に炸裂する。
「おげぇぇぇ」
男は息が出来なくなり土下座のような姿で悶絶した。
「リリアこいつらにスリープを頼む。それから回復もしてやってくれ」
「え? いいのですか?」
龍児の思わぬ言葉にリリアは驚いて目をぱちくりとした。これが刀夜なら思わぬ反撃を恐れて容赦なく止めを刺しているところだ。
「かまわねぇ。戦意のない奴を斬る趣味はねぇし。できるだけ殺したくねぇ」
龍児の言葉にリリアは同じ異世界人でも刀夜とはずいぶん違うと彼女は感じた。颯太は余裕がないのか容赦なく相手を殺しにかかっている。颯太の投げナイフを受けた男のほうはもう手遅れだ。
晴樹は相手次第で判断を変えているように思えた。彼らの戦いを多く見たわけではないがリリアにはそのように感じた。
そして彼女は殺したくないと言い張る龍児に笑顔を送ると「はい」と一言添えて龍児の希望どおりにした。
「颯太は本当に投げナイフをものにしたね」
「へへ、すげーだろ」
「颯太様は凄いですね」
「ふふーん。もっと誉めて誉めて」
教団から脱出といい、投げナイフといい彼は見事に成長していると晴樹は彼を称賛した。だがちょっと誉めるとすぐに調子に乗る辺りは変わっていないと思う晴樹であった。
「さてと、こっちが地下牢への階段なんだけど――」
そういいながら颯太はポケットから鍵の束を取り出した。
「注意して欲しいのは地下階段は狭いうえに、信者を二人閉じ込めているんだよ。だから下手すると囚われている人を人質にされる可能性があるんだよなぁ」
「そいつはまずいなぁ」
そのとき晴樹は颯太の格好をみて閃いた。
「作戦、ちょっと耳かして……………………ってのはどうかな?」
「採用だ」
即決である。時間もないし、ここもいつ敵が来るかわかったものではないからだ。
◇◇◇◇◇
颯太が地下階段のある部屋の扉を開けた。中では地下階段への格子に閉じ込めていた信者が二人半泣きでへばりついていた。
「うぉぉぉい、ここを開けてくれぇぇ」
実に情けない声をあげている。そして颯太を同じ信者だと思い込んでいるようだ。
「ああ、今開けてやる。待っていろ」
颯太は鍵で地下階段への鉄格子を開けた。開くのを大人しく待っていた二人の信者はようやく外に出られた。
「ったくひどい目にあったぜ、騒がしかったけど何かあったのか?」
「災難だったな……」
「一体誰が閉めたんだよ、まったく」
「ああ、それ、俺」
部屋を出ようとしていた二人は格子を開けてくれた男の台詞に耳を疑った。そして振り返り颯太を見たときはすでに遅かった。
颯太の蹴りで二人は地下階段部屋から追い出される。固い石畳に叩きつけられると龍児と晴樹に取り押さえられた。
「んーんー」
取り押さえられた二人は
四人は暗い地下を進む。リリアのライトの魔法により明かりが灯された。明るくはなったが周りは煉瓦で囲まれており、冷たい空気が不気味さを引き立てている。
「お前、よくこんな暗いところから脱出できたな」
さらに少し進むと呻き声が聞こえてきた。まるで怨霊でも住み着いているかのような雰囲気に颯太以外の者は冷や汗を流す。
「お、おい……なんだよ……あれ」
「捕まっている人だよ。そっちは自警団がきてからのほうがいいよ」
「何言ってんだよ、何のために俺たちがきたと思ってんだよ」
「薬でやられちまってるんだよ。多分俺たちじゃ手に負えねぇよ」
そう言いながら颯太は表情を落としつつもどんどんと奥へと向かってゆく。確かに元の世界でも薬物中毒になった人間はやっかいだ。
壊れた人間に言葉は通じない。
今の状況でそのような足でまといと一緒にいるのは危険極まりない。助けないわけじゃないのだと龍児は自分に言い聞かせることにした。
やがて部屋の扉の前に立ち止まると颯太が扉を開ける。そして中に入ると龍児たちは驚いた。そこは拷問部屋だった。中へと入ってゆくと見るからに恐ろしい装置が所せましと置かれていた。
颯太は床に半分埋まっている人の前にしゃがみこむと声をかけた。
「シン先輩、約束通り助けにきたぜ」
だが返事などするはずもない。龍児、晴樹、リリアも彼の側に寄ってみた。沈黙し続けるソレはすでに息を引き取っている。颯太が脱出する前にすでに亡くなっていたからだ。
このままでは不憫だと三人で彼を拷問器具から助け出す。腹から下は穴だらけでズボンは真っ赤に染まっていた。
「ひでぇことしやがる」
龍児が怒り、歯軋りをした。
「こんな死に方、人間の死に方じゃないよ」
その時だ、どこからか呻き声が聞こえた。まだ誰か生き残りがいる。皆で一斉に辺りを探した。
声のするほうへ駆け寄ると一人の男が機械で足を潰されていた。だが虚ろな意識の中でまだ生きている。
すぐに助けだしてリリアのヒールを施した。苦しみが柔いだのか男の表情が緩んだ。そしてまだ苦しいはずなのに彼は仲間がいることを告げた。
さらに探すと二人が颯太の時と同じように鎖に繋がれていた。部屋にあった鍵で彼らを助ける。
生きてはいるが気絶しているようで呼んでも返事がない。念のためリリアが治療魔法を施しておく。さらに頬を叩いて意識を確かめると彼らはようやく気がついた。
「大丈夫か?」
「ああ、助けに来てくれたのか……」
「そうだ」
男はその言葉に安堵したのか泣き出した。颯太からすればその気持ちはよくわかる。
しかしここからが問題だった。助けに来たとはいえ自分達は少数なのだ。教団の連中の数は分からないが推定では信者はかなりいるはずである。
どうやってこの砦から彼らを連れて脱出するか。龍児達は頭を悩ませた。
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