第223話 運命を導く蝶

 刀夜からリリアを借りた龍児達は馬車を飛ばしてしてスシュ村へと向かう。途中、リセボ村の自警団に頼んで馬を交換してもらった。


 ここまで全力で疾走してきたので馬の体力は限界なのだ。


 彼がらが心よく了承してくれたのはブランのおかげである。バスターソードを振り回してした頃の彼は有名人でリセボ村でもそれは知られていた。そして龍児もまた先の戦いで有名人となっていた。


 だがろくに話もできぬまま彼らはすぐに村をあとにしてスシュ村へ続く街道へと出る。再び馬車を飛ばして草原の街道を突き進む。


 そして川をまたぐ橋を通ると道は曲がって川沿いに続く。あとはままっすぐ進めばスシュ村に入るはずである。


 平行して左側に森が続いているので獣に警戒しなければならず、速度を落とした。


 だがその時だ彼らの目の前に奇妙なものが視界に飛び込んできた。手綱を握っていたブランが慌てて馬車を止めると、隣に座っていた龍児は目を丸くした。


「な、なんだあれは……」


 彼らが見たものは蝶である。


 だがただの蝶では無かった。その蝶は虹色に輝いており、やや透けて見える。光の燐粉をき散らしていて、とてもこの世のものとは思えなかった。


「あ、あの蝶はまさか!?」


 そんな声をあげたのは荷台にいたリリアだ。彼女はその蝶を知っていた。正確には聞かされていた。


 かつて刀夜が奴隷商人を探していたときにリリアの元へと導いたと刀夜は語っていた。刀夜はそれを魔術師の仕業ではないかと勘ぐっていた。


 またその少し前に刀夜を助けるために巡回していたブランを刀夜の元に差し向けたのも同じ魔術師ではないかと思われていた。刀夜はまるで手のひらで踊らされているようだったとかなり怒っていたのを今もよく覚えている。


 そして晴樹もそのことを覚えていた。


「これって、誘われているよな……俺たち……」


 晴樹は慎重にならざるを得なかった。必ずしも同じ魔術師とは限らないうえに助けるために誘導しているとも限らない。


 だが龍児は単純だった。


 その蝶がヒラヒラと森の中へと入ってゆくと「よし追いかけようぜ!」との言葉と同時に彼は馬車を降りた。


 もう少し慎重になって欲しいと願う晴樹であったが仕方なく彼も馬車を降りた。皆もそれに続く。


 蝶は草がたくさんおおい繁っている場所を進み、草の中へと入っていってしまう。


 人は通れそうにない。


 だが龍児はその草の生えかたに違和感を感じて手にしてみた。すると草の束が持ち上がってしまう。


「な、なんだこれ!?」


 よくよく見てみるとそれは人の手によって作られたものである。放り投げて次の草を持ち上げると同じように持ち上がった。


「こ、これはカモフラージュか!」


 ブランも一緒になって草の束を投げ捨てると皆が習ってそこにあったフェイクの草を全部退けた。すると馬車が通れるほどの道が森の奥に続いていたのだ。


 誰もが教団の仕掛けだと思った。となれば先ほどの蝶はまたも自分たちを助けてくれたのだとリリアはそう感じずにはいられない。


「アイギス」


「はい?」


「お前はこのままスシュ村に向かい、この事を自警団に伝えに行ってくれ」


「…………」


 アイギスは即座に返答できない。ブランと教団の間には恨みつらみがある。もし彼が暴走した場合、それを止めるのは自分だとずっと思ってきていた。だがここで引き離されたのではできなくなる。


「アイギス?」ブランが不振に思う。


「分かりました。龍児殿、リリア殿、晴樹殿……」


「な、なんだ?」


 アイギスが改まって真剣な顔で彼らを見つめた。


「ブラン部長のことをお願いします」


「あ? ああいいぜ?」


 アイギスは彼らに頭を下げた。自分の役割を龍児たちに託すことにしたのだ。龍児は何をお願いされたのかいまいちよく分からなかったが、この人数だこちらが不利なのを危惧したのかと思った。


 だがブランだけは分かっていた。


「アイギス、頼んだぞ」


「はい」


 彼女はりんとした顔で返事をすると馬車の手綱たずなを握ってスシュ村へと馬車を走らせた。


「さ、早く行こう。日がくれたら厄介だ」


「おう!」


 ブランはついにこの時が来たのだと感じていた。まだ教団を確認したわけではない。だが彼には確信めいたものを感じていた。


 無理矢理刀夜という男に出くわしたのも、この異世界人たちと今こうしているのも、蝶に導かれたのもすべてはこの時のためだと。なにか縁があるのならばこの進む先には必ず敵と出会えるはずだと、根拠はないがそう思えた。


 隠し道を龍児たちは走って進む。道の周りは森だが意外と背の高い雑草も生えている。敵が隠れていたら分かりにくいほどだ。


 一刻も早く颯太を助けなくてはと気がはやる。また目の前で仲間を失うなど二度と御免こうむりたいのである。


 やがて森は途切れて広場が見えてくる。ブランは水平に腕を伸ばして皆に止まるよう合図した。これ以上このまま道を進むのは危険であった。


 広場の先になにか建物が見えていたからだ。石と煉瓦でできたその建物はまるで防壁のない砦のような雰囲気であった。


 ブランたちは回り込むように森の中を移動することにする。砦と隠し道から見えないような位置を陣取り、木や草に身を隠した。

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