第222話 教壇の陰謀2

 ガチャリと音を立ててドアのノブが回る。扉を開けて入ってきたのは二人の男だ。


 一人は司祭のような立派なローブを着ている。ローブには刺繍ししゅうの入った帯を首から垂れ下ろしており、頭には司祭向けのようなキャップの帽子を被っている。老けた顔つきに丸メガネをかけていて教団の偉い人ではないかと颯太は思った。


 もう一人は背広のような服を着ている。少し若くて40代ぐらいだろうか。だが話し方や仕草から彼のほうが上のようであった。おそらく街の人間だ。それも着ている服から上流階級の人間だろうと颯太は感じた。


 颯太はクローゼットの中に隠れて空気口の隙間から様子をうかがっていた。クローゼットの中は意外と広く服が奥と手前で二段となっている。


 だが衣服の臭いはどことなくカビ臭い。だが颯太は息を殺して二人の会話に耳を向けた。


「しかし痛快だったな。これで自警団の連中も人材不足でますます動きが鈍くなるというものだ」


「ええ、まさしく準備に抜かりなしでしたな」


「だがダリルがもっと早く情報をよこしていればもっと大々的に罠を仕かけられたものを……」


 誰がどう聞いても奴等が今回の事件の首謀者であることに間違いはないだろう。


「で、ダリルのほうはどうするのだ?」


「もう用済みでしょう。彼が処分しに行きました」


「わざわざ直接か!?」


「手に入れた力を誇示したいのでしよう――っととこれは失言。忘れていただけますよう」


『処分!? 切り捨てられたのか……』


 颯太は可哀想だなと思いつつも自業自得だと思う。しかし分からないのはなぜ彼が自警団を裏切ったのかということだった。


 後に明らかになるがダリルと言うよりは両親が信者でダリルはその影響を受けただけである。ある意味、颯太の思ったとおり可愛そうな男であった。


「奴で思い出しましたが、あの御方のご意向はどうなのでしょう? なにか言っておられましたか?」


「偉大なる御方は新薬とモルモットを望んでいるようだ」


「我々教団の今後のことについては?」


 背広の男が無言で首を振った。


「――こう言ってはなんだが、あの御方は教団にはもうあまり興味がないようだ」


「そ、そんな……これほど尽くしていると言うのに……」


「御方は一にも二にも魔法のことばかりのようだな……だがあの御方の恩地は計り知れない。粗相のないようにな……」


「それはもちろんです」


 彼らの話に出てくる『御方』という人物もどうやら教団に関係があるらしい。そしてその人物は魔法使いらしいことも。


「では新薬とモルモットはいつものようにモンスター工場のほうへ運んでおいてくれたまえ」


「わかりました」


 颯太は耳を疑った『モンスター工場』などという物騒な名前に。名前からして想像し得るのは一つしか思い浮かばない。だがそんな事がありえるのかとにわかには信じられない内容だ。


 この世界のモンスターは種として生まれたのではなく人為的に作られたということを示している。


 それとも巨人兵のように一部だけなのだろうか。だがそのとき颯太の脳裏にリセボ村の襲撃のときにいたあの異様なモンスターのことを思い出した。


 モンスター工場とはもしかしたら合成獣を作るところなのではないかと予想した。だがこんな事実を知ってしまったら何が何でも自警団の皆に伝えなくてならない。


 絶対に生きて帰らなくては……


 颯太の肩に一気に重い使命がのし掛かった。極度の緊張に喉をゴクリと鳴らしてしまう。


「!」


 急に背広の男が颯太のほうを向いた。険しい顔をしてゆっくりと立ち上がる。明らかにこちらを睨んで不振に思っているようだ。


「どうか……なされましたか?」


 背広の男は司祭の言葉に耳を向けずゆっくりとクローゼットに近づいてきた。


『まずいバレた!!』


 颯太は扉から後ずさりをして後ろまで下がるも直ぐに壁に差しかかった。背広の男がクローゼットの両方の取っ手を握り、そして一気に開けた。


「…………」


 その様子に司祭は何事かと呆然と見つめていた。だが背広の男の開けたクローゼットには服以外はなにもない。開けたクローゼットからカビ臭がほのかに香る。


「……気のせいか」


 背広の男は一言ボソリと口にするとクローゼットをゆっくりと閉めた。

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