第221話 教壇の陰謀1

 颯太が隠れていた階段部屋の扉が開かれた。地下牢へと続く暗い階段と異なって扉の向こうの通路は明るい。


 教団のローブをまとった男が二人、階段部屋に入ると地下階段へと続く鉄格子を開けた。そして他愛ない会話をしながら階段を下りてゆく。


 ひたひたと階段を下りる足音と彼らの会話が小さくなり、やがて聞こえなくなった。


 颯太はもう限界だった。


 彼は器用にも天井に張りついて彼らをやり過ごしていた。


 煉瓦作りの階段部屋は作りが雑だったため、壁の凸凹を利用して上に登ったのである。部屋は狭いので両手両足で体を支えることが可能だった。そうして颯太はこのピンチを切り抜ける。


 だが連中が真下をを通ったときは気が気ではない。着ているローブは垂れ下がりそうになって、いつ彼らに見つかるかと肝を冷やした。


 やがて腕がぷるぷると震えだして力尽きると颯太は落ちてしまう。だが、その際も四肢から落ちて音を立てずに猫のように着地してみせる。


 立ち上がると万が一用にと口にくわえていたナイフを腰ベルトに戻した。


「ふー、やばかったぜ」


 今ごろになって汗が吹き出してくる。


 人の気配がないか慎重に階段部屋からでた。連中のやって来た通路へと出ると今出てきた扉の入り口に鍵を見つける。壁にL字型のフックがあり、これ見よがしにかけられている。


 大きな鉄輪の割にはついている鍵は一つかない。辺りにそれらしい鍵穴はない……ということは……


 颯太はニヤリとするとその鍵を手にして階段部屋に戻ると、地下階段へと続く鉄格子に鍵をかけた。


「ざまぁみろ」


 腹の底から笑いが込み上げてくるがここは我慢どころである。これで先程の奴等は地下に閉じ込めることとなった。


「鍵は頂いていくぜぇ」


 颯太は再び廊下に戻る。しかしそこは部屋なのか通路なか形容しにくい場所であった。壁の上には光を取り込む隙間があり、当たり前だが地下に比べれば非常に明るい。


 通路にしては広く、その奥は右に曲がっているようだ。そして颯太のすぐ右隣には上へと登れる階段がある。


 正面にある曲がり道をのぞくと3メートルほどでまた扉がある。


 颯太は悩む。恐らくここは光が入るから一階なのだろう。したがってこの扉の先に出口があるに違いない。だがさきほどのぞいた部屋と繋がっている可能性は高い。もしくは隣接している部屋かも知れない。


 どちらにせよ、ここよりは人通りが多そうだ。ともなれば必然と教団の連中と出くわす可能性が高いだろうと。変装しているとはいえ会話をしたらボロが出そうだ。


 颯太はちらりと登り階段をみた。


 上に上がれば出口はない。


『だが重要なものって大抵上だよな……』


 颯太は再び選択肢に迫られた。そして彼が選んだ道は……上だ。息を殺して全神経を聴覚に回して階段に足を忍ばせる。


「このままただ逃げただけじゃ、シン先輩に顔向けできねぇんだよ」


 階段から二階の床すれすれで顔をだす。通路だ。誰もいない。ここはもっと光が入って明るい。


 颯太は階段を登りきると窓から外を見た。思ったとおりここは二階で下は一階だ。眼下に大きな畑が見えて一面黄金色をしている。風が撫でると水面のように波打ち、その光景は張り詰めた颯太の心が柔らいだ。美しい光景にいつまでも見ていたいと思う。


 だが仕事仕事と、颯太は抜き足差し足と音を立てずに進んだ。角をから顔を覗かせると通路にはいくつか扉が並んでいる。その通路を進む。すると壁の煉瓦の組み方で部屋の境界があったので各部屋の大きさが分かる。


「大きい部屋は真ん中だ」


 颯太は扉越しに部屋に誰もいないか聞き耳を立てる。何も聞こえない。念には念をとさらに集中するが何も聞こえなかった。


 そっとドアののぶを回してゆっくりと開ける。頭一つ入るほどの隙間ができたら中をのぞいた。


 お偉いさんの部屋のようだ。ふかふかの絨毯。中央にテーブルとソファー、そして偉そうでデカい机。壁には戸棚と書籍……


 颯太は部屋へと忍び入る。扉を閉めたときその気配でぎょっとした。扉の向こうにフルプレートを装備した騎士が立って剣を持っていたのだ。


「ぎゃーッ!!」


 思わず叫んで両手でガードする。だがいつまでも経っても斬り込んでこない。腕の隙間からのぞいてみるとずっと同じポーズのままだ。


「なんでぇ、置物かよ……」


 張り詰めた緊張感が一気に抜けてゆく。驚かせてくれた忌々しい鎧を睨んで蹴り飛ばしたい衝動に刈られた。だがそんなことをすれば音で教団の連中にバレバレだ。すでに叫んでしまっているがそれはそれコレはコレと。


「さて仕事仕事」


 そう言って大きな机の引き出しを漁りだした。自警団としては立派な仕事だが端から見ればただの盗人ドロボウである。


「貴重なものがあるとしたらやはりこーゆーとこだよな」


 しかし出てくる書類は書いてある内容がイマイチよく分からないものばかりである。結局よく分からないと諦めて元に戻した。


 そしてあれこれと周りの書棚やラック、クローゼットと探してみたが特にこれというものは見つかなかった。


「チッ、しけてんなぁ。他の部屋を探すか……」


 もはや言葉使いも泥棒レベルにまで落ちた颯太が部屋を出ようとすると扉の奥から話し声が聞こえてきた。どうやら廊下からこちらに誰かが向かってきているようである。


「げっ、またこのパターンかよ!」


 颯太は慌てふためく。辺りをキョロキョロしてどこか逃げれないかと部屋中を駆け巡るが、出入り口は入ってきた扉しかない。


 あとは窓だが足場や掴まるところなどない。窓の外は二階とはいえ学校でいえは三階相当の高さだ。


 死ぬ……運が良くて骨折だ。


 ふと天井を見る。


「いやいやムリムリ」


 こんな広い部屋では地下階段のときのような芸当はできない。よしんばできたとしても丸見えで間抜けをさらすだけだ。


 颯太の脳裏に『万事休す』の文字が過って顔が引きつる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る