第218話 魔法使いの脅威

 夜が明けてまだ朝靄がうっすらとするなか刀夜の家の戸が叩かれた。大柄な長身の男二人と、長身だがすらりと細い女が一人。


 それは龍児とブランそしてアイギスの姿である。三人は夜通し情報を集めて刀夜に助力を求めにきたのだ。


「明けたとはいえ、早すぎたのでは?」


 なんの返事もない扉の前に三人はたたずんだ。仕方なしに今度は龍児がもう一度戸を叩こうとしたとき、ようやく声が聞こえた。


「ふぁーい……」


 男の声は非常に眠そうだ。


 ガタガタと扉のロックの外される音がする。ガラリと開いた扉の前には晴樹が寝巻きのまま眠そうな眼で彼らを迎えた。


「ああ、龍児ぃ……もどったの……」


「寝てるところすまねえな……」


「ひいぃぃふおぉぉぉ……ゴメン」


 晴樹は返事をしながらアクビがでた。さすがにこれは醜態だと恥じると少し眠気が吹き飛んだ。


「入りなよ……皆を起こしてくるから」


「すまねえなぁ」


 晴樹はリビング奥の刀夜と女子の扉を叩いて皆を起こした。恐らくその後の経過報告にきたのだろうと晴樹は思った。だが彼らの表情は暗く、あまり良い話では無さそうだ。


 刀夜はベッドから起き上がれないので必然的に刀夜の部屋に集まる。だが龍児とブラン、二人もの大男が入ってきては皆を入れるのは無理であった。


 あまり事件に関わっていない舞衣、梨沙、美紀が遠慮して席を外す。三人は夜通し調査に出ていたのでかなり眠そうである。


 刀夜はちゃんと寝るよう忠告したのだが。とは言え刀夜もあまり龍児のことは言えない。刀夜を始め、他の者も颯太が気になってなかなか寝られなかったのだ。特にリリアと晴樹は疲れていたにも関わらず。


 そんな彼らに舞衣はスパイスの効いた飲み物を持ってくる。


「ウハッなんだこれ……」


「なかなか強烈で目がさめますな……」


「私にはちょっと……」


「これ……なにが入っているんだ?」


 皆それぞれ複雑な表情をするが、龍児の材料についての質問に舞衣は目を背けた。世の中、知らなくて良いものは確実にあるのだ。


「でー捜査に進展はあったのか?」


 刀夜が話を切り出した。皆はその言葉に救われたとばかり飲みかけのコップを舞衣のトレイに返えす。


「アジトや地下通路の先の建物はもぬけの殻だった」


 ブランは残念そうにする。彼はなんとしても自分の手で家族の敵をとりたかった。


「街の聞き込みで連中はすでに偽装して街を出ているとのことです」


「ま、そうだろうな……」


 アイギスの内容に刀夜は残念でならなかった。逃げられたことにではなく自警団が常に後手にまわり、完全に相手の手の内で踊らされていることに対してである。もし俺ならこの後どうするか……刀夜は考える。


「自警団を裏切っていた奴はどうなった?」


 俺なら今回の事件で内通者は情報を漏らす前にここで切り捨てる。どうやって……手口としては……別の内通者でやる。


 刀夜の質問にブランとアイギスは表情を暗くした。ブランはどうにもこの男は知ってて聞いているような気がしてきてならなかった。話しているとそんな錯覚に襲われてくるのだ。


「ダリル副分団長は拷問の前に暗殺されました」


 アイギスは悔しそうに答えた。教団を追う唯一の手がかりだったのだ。その言葉に刀夜は眉ひとつ動かさなかった。だが次の彼女の内容に刀夜は驚かされる。


「ダリル副分団長は拷問部屋にて突如、壁越から閃光を受けて胸を貫かれて……即死でした」


「な!?」


 ダリルという内通者が殺されるのは予想できた。だが殺された手口が刀夜の予想を上回った。


「なんだそれは!?」


「おそらく魔法だろう。外部からまるで狙ったかのように……あっという間だったそうだ」


「攻撃魔法……」


 刀夜は絶句した。リリアの報告で魔法使いの手練れがいるとは聞いていた。だがまさかそれほどの危険な相手だとは思ってもいなかったのである。


「どんな魔法だったんだ?」


 刀夜の質問に二人は首を振った。だがそれは仕方のないことなのだ。攻撃魔法が使えるのは古代魔法を研究した賢者ぐらしかいない。


 そのため、それを見た人は極わずかしかいないほどだ。この世界の殆どの人間が攻撃魔法がどんなものか口コミでしか知らないのだ。


 龍児が見たものでもアリスが使ったアイスシックルという氷の刃くらしか知らない。だが聞いた話ではダリルの暗殺に使われた魔法はまったく別の魔法のようだ。


 リリアも攻撃魔法についてはまったく知らない。大魔術図書館にも攻撃魔法に関する書物は一冊も無かったのである。


「だが我々も手をこまねているわけではない。ダリルはこの街出身だったが彼の親はスシュ村の出身だったことが分かった」


「それと今回とどう繋がる?」


「スシュ村はピエルバルグの東に位置する。リセボ村を川を挟んで東の位置だ」


「まさか連中が東に逃げたからなんて理由じゃないだろうな」


 本当にそんな理由なら一度自警団は解体して有能な人材で再編する必要があるかも知れないと思えた。


「ダリルの両親の家から教団の紋章が出てきた。しかも彼らは数ヵ月前にスシュ村に行くと言い残して帰ってきていなそうだ」


「なるほど。疑うには十分な内容だな」


 刀夜はようやく納得行った。自警団にしてはようやく反撃らしい反撃となりそうな予感がした。もっとも今までが後手だったのだからそのぐらいはやってもらわないと本当に税金泥棒と言いたくなるところであった。


 しかし少し疑問も残る。なぜ本人の家でなく親の家を家宅捜査したのかと。


「ところで本人の家はどうだったんだ?」


「実は彼が殺されたあと直ぐに吹き飛んだそうだ……」


 刀夜は目を丸くして驚く。きっとそれも魔法使いの仕業だと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る