第217話 颯太奮起す3
拷問部屋を出ると部屋と同じ作りの床と壁の廊下が続いていた。思ったとおり地下らしくカビ臭い臭いが辺りに立ち込めている。
窓明かりは一切なく、所々にあるランタンの光だけが頼りである。しかしそれとてなんとか通路がわかる程度の灯りでしかない。
まるでダンジョンのようだ。それが颯太の第一印象である。
敵と遭遇しないか慎重に進む。時おり呻き声のが聞こえてくるので人がいるのは確実だ。
「敵? ――じゃねーよな。拷問を受けているのか?」
やがてすぐにT字路に出くわす。前と右への選択だ。颯太は角の壁に身を寄せて、そっと右の通路を
中は見えにくいが人の気配はない。恐らく空き部屋なのだろう。颯太は安堵してナイフを握りしめていた力を抜いた。
分かっている自分はかなりびびって緊張しているのだと。しかしそれは当然なのだと自分に言い聞かせて落ち着こうとした。
ときおり聞こえてくる声は真っ直ぐの通路のほうからだ。正直いってどうして良いか分からない。敵との遭遇を避けて右の道を行くべきか、助けに行ったほうが良いのか。
颯太が下した決断は……
「ちょとだけ見てこよう」
好奇心だった。見て危険だと判断したらすぐに逃げるつもりだ。
少し進むと通路は右に折れ曲がっており、正面に鉄格子の部屋が見える。正面の部屋には誰もいない。
先程と同じく角の壁に身を寄せて通路の奥を
聞こえてくる呻き声はそこから発せられているようだ。
確認すべきか……仲間かもしれない……
だが颯太の足は前に出るのを拒否した。ぶるぶると足が震える。それをみて情けないと自分を叱る。
しかし慎重にやるべきだと颯太は自分に言い聞かせるとじっくりと部屋の様子を伺った。やがて床を這いつくばるように誰かの上半身が現れてランタンの光に灯される。
見知らぬ人物だ。服装からして自警団でも無さそうだ。髪はボサボサで服はボロボロですでに長くここにいる。そんな印象を受けるような男だ。
一体何を呻いているのだろうか、拷問を受けたのか? そんな疑問が沸いた。だが彼は手を伸ばし呻き声をあげる。
『くれ?』颯太には何かをくれと言ったように聞こえた。水を欲しているのだろうか……だがそのとき颯太はブリーフィングでの上官を話を思い出した。
『麻薬中毒か!』
だが教団がばらまいている麻薬は普通ではないらしい。麻薬にしては中毒性が薄いとのことだった。にも関わらずあの男はかなりの重傷のように見える。
一体どれほど投与されたのだろか?
颯太は恐ろしく感じて喉の乾きを覚えた。
そしてその奥の牢屋からも今度は女性の中毒患者らしき人物が見えた。恐らくここにいるのは街で拐われた人たちだ。
助けてやりたいとも思っていたがこれでは助けられない。自我を失うほどの相手を連れて敵のど真ん中からの脱出など映画のヒーローでも無理だ。
それどころか彼らに見つかったらどんな大声を上げるか分かったものではない。
颯太は彼らとの接触を避けてこの通路を諦めた。そして元のT字路へと戻ってきた。
誰もいない牢屋の前を通り過ぎると十字路に出る。左は恐らくさっきのところだ。呻き声が聴こえてくる。となれば真っ直ぐか右か……颯太は神経を集中させた……微かな空気の流れ……右だ。右から空気が流れている。
颯太は再び慎重に音を立てずに右の通路を進んだ。再び左右のT字路に出くわす。空気は右から流れている。左は牢屋だ。しかも誰もいない。
颯太は右を選択した。それは正解だったようで彼の進んだ先に倉庫のようなところを発見する。左には上へと続く階段があった。
だがこのまま上る前に何か欲しいところである。颯太は再び倉庫のほうをむいた。
元々ドアがあったのだろうが壊れて外されている。中は倉庫だけあって色々と物が置いてあるようだ。何か脱出の助けになる道具があるかもしれない。
通路のランタンを手にして中へと入る。直ぐに目についたのは樽に突っ込まれている剣と壁に掛けられている連中の灰色のローブだ。
ローブは変装用として使えそうだ。剣はノーマルとショートであるが、この狭い所ではノーマルは使い勝手が悪いと思われる。
颯太はさらに漁ると肩腰一体ベルトを見つけた。しかも都合のよいことに肩ベルトには8本の投げ専用ナイフ、腰ベルトにはアーミーナイフが4本とショートソードがついている。
颯太は自分の愛用しているのと同じような使い手が敵にいるのかと感心して親近感が沸いた。これを使っていた奴はよく分かっていると……
「っか俺のじゃん!!」
自分のだった。自分で褒めて自分で突っ込むなどと颯太は恥ずかしくなる。誰にも聞かれていないのが救いだ。
さらに皮鎧一式も出てきたので返してもらう。鎧を装備したうえから連中のローブを羽織って変装をする。
「へへ、これで変装完了!」
これでばったり敵に出くわしても直ぐには気づかれないだろう。颯太は完璧だと自画自賛する。
ランタンを戻して倉庫を後にすると目の前の階段に目をやった。いよいよ上だと緊張感が張り積める。恐らく上には教団連中がウヨウヨいるだろうと思った。上がまだダンジョンでなければだが……
颯太は音を立てずに慎重に登ってゆく。何しろこの階段には灯りがない。下の通路から漏れているランタンの光だけが頼りだ。
階段を上がりきると行き止まりで壁を伝っていた左手に格子を感じた。そしてその奥から横一直線に伸びた筋のような光が見える。
格子には鍵はかかっておらず、押せば簡単に開いた。
そして光の筋に近づく。どうやら除き穴のようだ。隣の大きな部屋の中の様子が伺える。
部屋の中は一見して礼拝堂なような部屋だ。床には長椅子が並べ立てられて部屋の右側を向いている。その右の先には祭壇があり、何かの石像が祭られている。
女神……ではなくシンボルのようだ。
間違いない。ここは探していたボドルド信仰の教団施設だ。本部なのか支局なのかは分からないが自警団が探していたところだ。
見える範囲では祭壇前に教団員と思われる連中が六人いる。あまり大きな声で話していないため聞き取り難い。
「今年の……は……例年どおり…………きている」
「予定通り…………期待…………」
「だがピエル……の拠点…………なのは残念だ」
「なに……ばいいだけさ。ここが…………だこらな」
「奴は?」
「ダリル…………用済みだ。彼が…………でている」
肝心の部分が聞き取れずイラつくなか、ダリル副分団長の名前がでた。
そう彼が裏切り者だった。祭壇前の部屋に閉じ込められて再び扉が空いたとき、そこにたっていたのはダリル副隊長と教団の連中だった。
魔法で眠らされて気がつけばここにいた。颯太は連中がシンの敵だと思うと心の奥底から怒りが湧いて歯軋りをする。
「さらった……はいつ運ぶ…………」
「まだ向こうの受け入れ……とれてない」
今度は誘拐した人たちをどこかに運ぶ話のようだ。そんなことをさせるものかと颯太は拳を握る。だがそのときだ今度は違う方向から声が聞こえてきた。
その声と足音はどんどん近付いてくる。それは左側にある扉越しに聞こえてきた。会話の内容から地下室に向かうらしい。
――地下室!!
颯太は青ざめた。それはつまりここに来るということだ。『まずい見つかる』颯太の脳裏にはその言葉しか浮かばなかった。
慌てふためく。どうする? どうすればいい? 再び地下に戻るか?
彼はパニックに陥った。そして目の前の扉が開き、廊下の光が差し込むと颯太を照らす……
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