第216話 颯太奮起す2

 完全に自由となった颯太は辺りを見回して呻き声の主を探した。正直なところ周りにある拷問器具を思えば見つけたくないのが本音だ。


 だからといって見捨てるわけにもいかなかった。そして声の主を見つけると彼は驚愕する。


「シ、シン先輩!」


 シンは颯太の配置された小隊の隊長である。


 颯太は彼の元へと駆け寄る。そして彼の状態をみて絶望した。シンは床に設置されているトゲ付きのローラーに挟まれるよう吊るされていた。あたかも床から彼の上半身が生えているかのようである。


 ローラーから突き出ている長いトゲが彼の体に刺さっていた。このようなものに刺されたら助かる見込みはない。


 床下の彼の体半分は暗くて見えないが宙ぶらりとなってると思われた。したたる血が底に溜まっている液体に落ちてピチャリピチャリと音を立てている。


「シン先輩……」


 颯太は今にも泣きそうである。彼のこんな姿を見ることになるなどと思いもよらなかった。彼は虚ろな目で消えそうな声で颯太にお願いをする。


 殺してくれと……


 その言葉を聞いた颯太の顔は引きつった。ボロボロと涙を流すとシンはさらに頼むとささやいた。彼は自身がもう助からないと悟ったのである。長く苦しむくらいなら、いっその事死んだほうが楽だと。


 颯太は震える唇で彼の名前を呼ぼうにももう声にならなかった。そして回りをみて壁に掲げられていたナイフを手にした。


「ごめん、ごめんよシン先輩……」


 ナイフを彼の首もとに当てた……だが手が震えて彼の喉を切り裂けない。颯太はこの世界にきて人を手にかけたことはある。それは山賊の拠点を襲撃した際に山賊二人をその手に掛けた。


 だがあの時は周りの状況は乱戦と化しており、とにかく死に物狂いで必死であった。相手も自分を殺そうする輩である。したがって颯太にそのようなことを考えている余裕などなかった。


 だが今度は味方に手をかけなければならない。このようなことなど始めてである。何度も覚悟を決めて切り裂こうとするが彼の意に反して腕は動かなかった。


「……あ……あ……あああ…………」


 彼の最後の願いも叶えてやれないなどと、なんと情けないことだと悔しさが込み上げてくる。シン先輩はすでに覚悟を決めてると言うのに……


 だがそのとき、部屋の入り口から人の声が聴こえてきた。教団の連中がやって来たのだと感づいた颯太は拷問器具の影に慌てて隠れた。


「あいつそろそろ死んだかな」


「なかなかしぶとかったから案外生きてんじゃね?」


 会話の内容からして恐らくシンをあんな目に合わせた奴に違いない。颯太は確信すると怒りが込み上げてきた。


 それはいままでに感じたことのないドス黒い感情である。いま颯太は心底連中を殺してやりたいと心を殺意に染めた。


 しかし聞き耳を立てて部屋に入ってきたのを確認できたのは一人だけである。声は二人聞こえたはずだが、もう一人はどこなのだろうか。颯太に殺意とは別に緊張感が走る。


 拷問器具の隙間から相手を確認してみると男は教団の灰色のローブを身に付けている者が一人だけである。彼はシンの元にやってくると彼の頭をかるく蹴りを入れた。


 頭を蹴られたシンは意識を取り戻して唸り声をあげる。


「あらぁ~まだ生きてやがるぜ。ずいぶんしぶといな。さすが自警団だぜ」


 颯太は怒りで頭の血管がいまにもはち切れそうだった。そのとき、もう一人の男がようやく部屋に入ってきた。


 颯太は考える間もなく咄嗟に今だと判断した。


 最初の男はシンのほうを向いてて丁度背を向けている。そして二人目の男も颯太に気づかず側を通って後ろを見せている。


 颯太は自分でも驚くほどの速度で二人目の背後から手で口を塞ぎ、喉をナイフで引き裂いた。


 動脈ごと切り裂くと音もなく大量に血を吹き出した。脳に送られるはずの血を失った男はあっという間に体を制御できなくなる。叫び声は気管を切り裂かれて、ただ空気が抜けただけとなった。彼は急に力を失いどさりと床におちる。


 その音に気がついた最初の男が振り向いたとき彼の目に飛び込んだのは颯太の投げたナイフだ。ナイフは振り向いた男の胸に刺さる。


 突然の出来事に事態を理解できない男は自分の胸に刺さっているナイフを見つめながら倒れた。


 颯太はその男からナイフを抜くと血がドバと溢れる。そして白目を向いているその男の喉を切り裂いて止めを刺した。


「……シン……先輩……」


 颯太が再び彼の元に寄ると彼はすでに事切れていた。結局自分は彼の願いを叶えてやることができなかった。シン先輩は苦しんだまま、あの世に立ったのだ。


 彼を楽にしてやれたのは自分だけだったのに躊躇ちゅうちょしてできなかった。それは彼を苦しめる結果だったのだと颯太は後悔した。しかし誰が彼を責めれるだろうか、そのようなことを簡単にできる者などそうそういない。


 そのとき颯太の脳裏に水沢有咲のことを思い出した。彼女は黒い獣アーグから逃げる際、暗闇の中で刀夜のトラップにより死の縁に立たされた。そのとき刀夜は彼女の心臓を一突きして彼女を苦しみから救ったのだ。


 あのとき誰もが刀夜の行為に唖然とした。颯太も心の中で最低だと奴を貶していた。だがいま同じ立場にさらされた自分には分かった。自分はそれができなくてこんなにも後悔しているのだと。


 颯太はようやく刀夜のあのときの行為を理解した。そして泣いた……


「シン先輩ごめんよ……必ず仲間を呼んでくるから……」


 颯太は涙を拭って拷問部屋を後にする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る