第215話 颯太奮起す1

「じっとなんかしてられねぇ、俺は葵に会いに行ってくるぜ」


 突如龍児は椅子から立ち上がった。最初は宿舎にいったん帰って休むつもりだった。だが話をしているうちに立ち止まっていられなくなってしまった。一刻も早く颯太の情報が欲しかった。


「ちゃんと休んでおかないといざというとき力を出しきれなくなるぞ」


「そんなやわじゃねーよ」


 刀夜の忠告も無視して龍児は部屋を後にした。刀夜は相変わらず言っても無駄だとため息をついた。


「リリアはしっかりと休んで体を回復させておいてくれ。――魔法……たくさん使ったのじゃないか」


「このぐらい大丈夫です」


 刀夜はもしかしたら明日もリリアの出番があるかも知れないと予感した。しかし、リリアは元気であるとアピールする。だが本当のことを言えば先程から眠気に襲われている。


「刀夜様はなにかして欲しいことはありませんか?」


 出かけている間は刀夜の世話は舞衣達に頼んだものの刀夜のことだから遠慮しているだろうと思った。


「――と、特にはない……」


 リリアは刀夜の言葉から声がどもっているのを聞き逃さない。自分に遠慮などしなくていいのにと。彼の様子はどこか可笑しく、思わず笑みが溢れてしまった。


「本当ですか? トイレとか遠慮しないでくださいよ」


 リリアに見透かされていた。実は我慢していのだが疲れて帰ってきたリリアに頼むなど申し訳ないと思っていた。


 とは言えずっと我慢などできるはずもない。結局のところ彼女の手を借りる羽目となった。


 ランタンの光を落とすと月明かりが入る。リリアは自分のベッドで寝巻きに着替えている。いつもなら風呂の時に着替えるのだが今日はそんな暇がなかった。


 刀夜は見ないよう顔を背けている。


「――いつも済まないな……リリアには負担ばかりかけてしまった」


「負担だなんて……あたしは刀夜様から身に余る幸せをたくさん頂いておりますから……」


 さすがに刀夜の世話をするのが楽しいとは不謹慎で言えない。普段はリリアと刀夜は触れあうことは滅多にない。リリアにしてみれば彼の体にもっと触れてみたいのだ。


 昔、姉が語ってくれた『好きな人には触れたくなる……』まさしくそうだ。リリアは刀夜に触れたかった。手を握ったり腕に抱きついたり包まれてみたいとも……


 だが刀夜とは主従関係にある。本来ならば刀夜が求めないかぎりリリアからは手を出せない。時折図書館のような出来事があると我慢できないときはあるが本来ならば許されない。


 したがって介護という免罪符を手に入れたとき彼女は喜んだ。不謹慎でも喜んだ。だから嫌だなどという感情はなく、むしろ遠慮なく彼の体に触れれる今が幸せをであった。


「だから遠慮なんかしないで下さい」


 刀夜は彼女の言葉に涙がでそうであった。彼女と出会えたことに心底、感謝していた。


◇◇◇◇◇


 どこからか呻き声が聞こえてくる。嫌悪感しか抱かないような不気味な声で颯太は目を覚ました。


 ここは冷たい石畳と煉瓦の大きな部屋である。地下室なのか窓はなく、ヒンヤリとした冷たい空気が床に溜まっている。


 ランタンの淡い光が部屋に置いてある数々の怪しげな器具を照らし、不気味な影を忍ばせている。


 ここは拷問部屋だ……


 颯太の背筋に冷や汗が流れるとぼんやりとしていた意志がくっきりとする。絶叫ではなく唸るような悲鳴がいくつか聴こえてきては自分の行く末に恐怖を禁じ得ない。


 颯太は冷たい床にへたり込むように座り、万歳をするように腕が鎖で上から吊るされていた。手首に噛まされた枷は鎖で壁にある輪に通されて反対の腕の枷に繋がっている。


 着ていた鎧はすべてぎ取られている。無論武器などない。


 颯太はもう一度、辺りを見回した。置いてある怪しげな機器は漫画で見たような拷問器具だ。


 ミイラの棺のようなあれはアイアンメイデンだとかいう有名なやつだ。四肢を引っ張って引きちぎるものもある。椅子の上にあるものは知らないが、どう見ても頭蓋骨を叩き割るような器具にしか見えない。そこにあるものは拷問というより処刑機である。


 これらが自分に使われるのかと思うと颯太はちびりそうであった。先程から聴こえる声の主はこれらの拷問を受けているのだろう。


 だが声は近いのに辺りを見てもその声の主は見当たらなかった。器具やその影で見えないのかもしれない。だが拷問を執行している連中の姿も声も聞こえない。


 今すぐ逃げなければ殺される。


 颯太は繋がれたまま立ち上がると膝を曲げてかかしのように一本足で立った。腕の鎖の長さを調整してズボンの裾に隠し持っていた糸ヤスリを取り出す。両端に小さな輪がついており、両手の指にはめて使う代物だ。


 それを使って鎖の切断を試みる。だが繋がれている状態ではやりにくいことこの上なく苛立ちが沸き起こる。


 ここの連中がやって来る前に逃げ出さないと、と考えると余計に焦りを感じた。だが糸ヤスリは強力で、ものの十分ぐらいで切断できてしまう。壁の輪から鎖をジャラジャラと音を立てて抜いた。


「――備えあれば憂いなしってね」


 颯太は脱出できたことに安堵し、ここから無事に逃げ押せたら皆に自慢しようと思った。それだけ彼としてはうまく脱出できたと思ったのだ。


 颯太は辺りを見回すと壁に鍵の束を見つける。早速それを手にして自分の枷の鍵を探してみると何本か試してみて、さして時間もかからず当たりを見つける。


「ビンゴぅ! 俺すっげ」


 腕の枷と鎖が外れたことで颯太の身動きは楽になって腕をぐるぐると回してみせた。


「さて、脱出しなきゃな」

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