第214話 バカに生きてやる

 リリア、龍児、晴樹は自警団の依頼を終えて刀夜の部屋に集まっていた。そして刀夜はドアの回りで様子を伺っていた舞衣、梨沙、美紀を手招きして部屋へ入るようにと誘った。


 すでに外はどっぷりと夜である。腹を空かせていた三人に夜食が出されて、彼らは食事をしながら経過報告を行った。


 ただ颯太が心配な龍児だけはあまり喉に通らなかったようである。


「……そうか。颯太は行方不明か……」


 刀夜は残念そうにした。颯太はこの世界に来てから刀夜にちょくちょく暴言を吐いていた。ゆえに刀夜は颯太が嫌いである。正確に言えばどうでもよい奴だ。


 龍児という最も嫌悪した人物がいるため、さして気になってない。颯太など龍児の金魚のフンぐらいにか思っていないのである。


 されど刀夜は残った十人で元の世界に戻ると口にした以上、それは守りたかった。


「敗因は自警団がさっさと裏切り者を見抜けなかったことにある」


 事件の話を聞いた時点で刀夜は問題点はそこにあると強く感じた。でなければ自警団の襲撃をこうも簡単にかわすなど不可能である。そして罠にハマった時点で颯太の命はないと思った。


「希望があるとしたら颯太の遺体がなかったことだな」


 少なくとも死んだという確定ができない以上、たとえ0%に近くとも可能性は残っている。


「自警団は今後どうする気なのだ?」


「自警団は裏切り者の副分団長を拷問にかけてでも自白させるつもりみたいだよ」


 晴樹はエッジ分団長に今後の予定を聞いたがそのぐらいしか教えてくれなかった。あの隊長のことだから無闇に情報を流したりしないであろう。


 おかげで刀夜は今後を判断するための情報が足りず困り果てた。


「チャームの魔法で吐かせることはできないのか?」


 刀夜は以前に図書館の館長にしてやられたことを思い出す。刀夜も知らぬ間に喋らされてしまい、あれは結構有効なのではと思えた。しかしチャームの魔法には弱点があることをリリアは知っている。


「チャームの魔法は相手が油断しているときでなければあまり効果は望めません」


 つまりすでに捕まっている副分団長は警戒しているので効果はないということだ。逆にあのとき刀夜は油断をしていたということになり、彼としてはあまり認めたくない事実であった。


「もう少し情報が欲しいところだな……」


 少なくとも颯太がどこに連れ去られたのか情報が欲しい。行動の指針となる何かがあればこのモヤモヤも晴らせるのだが……


 しかし現実は甘くなく、行動に結びつける情報はなかった。


 刀夜は明日、現在応援で出動している3警の葵に情報を得るべく美紀に動くよう頼んだ。そしてリリアに自警団の様子を伺うよう頼んだ。


「あ、あのよう……」


 皆が刀夜の部屋から引き上げるとリリアと龍児の三人だけとなり、龍児が声をかけてきた。


 刀夜は無言で龍児の顔を伺う。


 龍児は目を合わせづらいのかそっぽを向いたままぼそりと口を開いた。


「す、すまねぇ……」


 龍児はようやく謝った。しかし、それは人に謝る態度ではない。そのことに刀夜はますます腹を立てて大声をだす。


「何を言っているのか聞こえん。ハッキリ言ってもらおうか」


 扉越しに聞こえてきたその言葉でリビングにいた舞衣達は龍児が刀夜に謝ったのだと分かった。そして刀夜は残念なことに許さなかったことも。一生寝たきりともなれば刀夜が怒かり、許さないことは分からないでもない。


 龍児は屈辱にまみれた顔で自分の両膝を両手で握りしめた。そして意を決して深々と頭を下げた。


「殴って悪かった!」


 今度は皆にも聞こえるほどの大きな声が部屋に響き渡った。刀夜はワザと皆に聞こえるように言わせていた。


「お前を許す条件はなにも変わっていない……」


 颯太を助けなければ許さない。それは刀夜が最初に言った言葉だ。彼が一度口にしたことは変えることはないことを龍児は知っている。


「分かっている。颯太は必ず助けてくる!」


 刀夜はなぜ龍児はそうもキッパリと言ってのけるのか理解に苦しんだ。リリアについていって現実を目の当たりにしたはずである。


 そして先程話した内容から颯太の生存は絶望的であることはバカでも分かる話をしたはずだ。


「本気で助けられると思っているのか?」


 刀夜は思わず聞いてしまった。そう尋ねてしまったら、まるで自分は諦めているみたいで情けなくなるので嫌だった。


 だがどうにも龍児の思考は読めない。皆は刀夜の思考は読めないとよく言われるが当人は合理的にやっているだけのつもりである。そのような刀夜からすれば龍児のほうが不可解で不気味なのである。


「可能性があれば俺はそれを手放さない! どれだけ絶望的でももう二度と差しのべた手を自分から引かない!!」


 いま龍児の脳裏には父親の姿が浮かんでいた。炎の海の中、絶望した自分に光をくれた父親の姿だ。龍児にとってそれがすべての原点。


「それをいくら願っても人は死ぬ。助けたくともどうにもならない現実をお前は何度も目の当たりにした筈だ」


 確かに刀夜の言うとおり助けられない人をたくさん見てきた。そしてそのたびに涙した。胸をえぐられるような思いを何度もした。


 刀夜のように合理的に物事を考えればこんな辛い思いはしなくとも済むのかも知れない。だが龍児にそんな生き方はできない。


「それでも俺は自分を曲げない。たとえ高望みの夢だとしても……俺はそれに焦がれてしまった。今さらそれを変えられねぇ」


 龍児はいつの間にか面と向かってしっかりと真っ直ぐ刀夜に目を向けていた。龍児の目は真剣だ。本気でそんなことを考えているのかと刀夜には到底理解できなかった。


 だが英雄とは、ヒーローとは、人を引き付ける何かはこの男のような者が持っているのかも知れない。


「ったく……とんだバカだ」


「バカとはなんだ!」


「バカはバカだ。つける薬も魔法もない!」


 多少理解することはあってもこの男とは協力することはないだろうと思った。龍児と刀夜、二人は水と油のようなものだ。


「バカで結構! だったらとことんバカに生きてやるぜ!」


「…………」


 前言撤回。こいつはヒーローじゃない。ただのバカだ。


 そう思う刀夜だった。

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