第212話 エスケープゾーン1

「今からでも遅くねぇ。吐かせようぜ、颯太がどこに連れされたかよ」


 龍児は力説した。尋問など得意ではないが颯太の命が危険なのだ。背に腹は代えられない。


「そう簡単には口を割らないだろ。尋問は我々に任せてまずは連中がどこから逃げたのか探したほうが早い」


 ブランの言い分も一理あると晴樹はそう思った。自警団の幹部クラスが裏切っていたのである。簡単に口を割るほど甘くはないだろう。


 なにより自分たちは尋問や拷問など得意ではない。餅は餅屋に任せたほうが良い。


 だがその専門である彼ら4警の面々をもってしても消えた連中がどこにいったのかいまだ分からずじまいだ。


 自作自演とはいえあの怪我は一人ではできない。誰かに手伝ってもらわないと不可能である。したがってこの館に必ず敵がいるはずなのである。


 だが建物は大きくとも部屋数は少ない。それでも居ないとなると物理的なものより魔法が関与しているのかもしれない。


 リリアは集中して建物の魔力の流れを読みとってみる。しかし最初にやったように建物全体、特に壁から上へと魔力が流れているため魔力探知は意味をなさなかった。


 もしこれがトラップだった場合、全滅する恐れもあるので迂闊に止めることもできない。


「これだけ大がかりな魔法トラップをしかけるなんて……」


 リリアは思わず口にしてしまう。相手は相当の手練れであることは明白である。リリアと同等、いや確実に自分以上だと確信した。


「確かに古代魔法のトラップなんて想像もつかなかったな……」


 リリアの言葉を聞いたブランは彼女は地面の魔方陣のことを言ったのだと誤解をした。リリアは慌てて彼の誤解を解くため説明をする。


「この魔方陣はもともと罠そのものではないと思われます。おそらく後から罠に利用したのかと」


「どういうことですかな?」


 ブランは彼女言っている意味が分からず首をかしげた。


「この魔方陣、本来の目的は対象物から水分を抜くためのもの……つまり対象物を乾燥させるものです。干し肉とか干物を作るための……」


「こ、古代魔法なのにそんなことに使われているのですか?」


 アイギスが驚く。彼女にとって古代魔法は攻撃魔法や精神攻撃、大がかりな結界など戦いの道具のようなイメージをもっていた。


「元来魔法は生活をより良く便利にするためのものです。古代魔法とて同じです。私たちが一般に使っているのも元々は古代魔法なのです」


 この世界で教えられている魔法は大賢者マリュークスが古代魔法の内いくつかを伝承したものだ。さらにプロテクションウォールのように賢者が解析した魔法を公開されて一般化したものもある。


「つまりこの部屋はもともと乾燥室だったわけか」


「はい。それを利用して罠にしたのだと思います」


「じゃあこの魔方陣は颯太の喪失とは関係ないのか」


「はい、関係ないと思います」


 龍児はますます消えた連中がどこへいったのかと頭をかしげた。


「となると、やはり臭いのはあっちの部屋だね」


 晴樹が東の奥の部屋を指差した。


 龍児達は東の堀下がった部屋へと向かった。堀り下がっている分、部屋に入るとどことなくひんやりとしている。


「なぜこの部屋だと?」


 この部屋も一応自警団が念入りに調査したのだ。抜け道があるとはブランには思えなかった。なにしろ3警4警の面々はこう言った捜査には年期が入っているので罠や隠し通路についてはまず見逃さないはずである。


「そうですね。副分団長が倒れていたし、ここの部屋だけ不自然に掘り下げられているし、あとは消去法かな……」


 晴樹は顎に手を添えて考え込んだ。この部屋と隣の乾燥部屋だけが極端に不自然なのだ。特にこの部屋はそれが集中していた。


「なんだそりゃ……勘か?」


「やだなぁ、一応考えているよ……」


 龍児の突っ込みに晴樹は否定した。正直をいうと確証にはいたっていない。刀夜ならもっと的確に見抜くかも知れないが、晴樹は到底彼のようにはできないと思っている。


 しかし彼は刀夜をずっと見てきたのだ彼の考え方など色々影響は受けてきた。したがって晴樹は今、刀夜のように必死に頭をフル回転させていた。


「例えば今日みたいに回りに囲まれて強襲されたら心理的には人はどう逃げたがる?」


 謎かけのような晴樹の質問に龍児はしかめ面で考え込んでしまう。心理的に人はどう逃げるか……龍児はその質問がどこかで聞いたことがあるような気がしてならなかった。


「心理的であれば人は奥に逃げたがりますな」


 龍児に変わって答えたのはブランであった。4警で働いてるだけあってこういった心理には強い。


「ああ、なるほど!」


 龍児も先程から喉に出かかっていた答えがようやく出てきた。ブランと同じ回答であるが龍児がその回答にたどり着いたのは父親が話してくれた火事現場についての話であった。


 ビル火災なので下で炎に包まれると人は逃げてはいけない上へと逃げてしまう。それは人の心理なのだと。


「ぼくもそう思う。さらに商品を持ち出したいと考えればここは丁度中間で一番奥ってことだよね」


「なるほど心理的にも物理的にもここが最適というわけですな」


 確かに理に叶っているとブランが関心した。しかし自警団とてバカではない。分団長は真っ先にこの部屋を隅々まで調査させたのだ。


 しかし、なにも無かったために今は分散して各部屋を調査している。


「だがここはすでに我々が調査済みだぞ?」


 晴樹がその事実にどう切り返してくるかブランは興味を持つ。そして晴樹は「物理的にはね」と一言だけ返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る