第211話 裏切り者は誰だ

「ところで君は私が自警団の裏切り者だとなぜ思ったのか?」


 ブランは晴樹に尋ねた。


「正確には裏切り者の仲間かと思ったんだ。申し訳ない」


 晴樹は自分が間違っていたことを恥じて彼に頭を下げた。


 だがブランにしてみれば彼は魔術師の護衛としてついているのだから取り分け謝る必要性はないと考えていた。疑わしいものには警戒すべきだし自分でもそうする。


 今回彼らは自警団のどこに敵が潜んでいるかまったく情報がない状態での護衛なのだ。彼の行動には理解するものがあった。


「では君は他に裏切り者がいると思っているわけだな。それは誰か?」


「それは……副分団長だと思います」


 アイギスは「え?」と意外な人物の名前に驚きを隠せなかった。ブランは驚きはしなかったがなぜその結論に至ったのか知りたくなった。


「なぜそう思う? 彼だけが生き残ったからか? だが副分団長は敵に襲われて怪我までしているぞ?」


 部隊が全滅して一人だけ生き残る。それは小隊規模なら十分ありえる。シュチエーションとしては珍しい部類ではなし中隊規模でもないとは言い切れない。言い切るからにはそれなりの根拠を持っているはずである。


「リリアのお陰で裏切り者はある程度絞れました」


「ほほう、なぜかね?」


「ここに使用された魔方陣は古代魔法だとリリアは言いました」


 晴樹はリリアの顔を見てアイコンタクトを送ると彼女は晴樹の言いたいことの詳細を説明し始めた。


「古代魔法の管理は大図書館の特別な部屋で管理されています。部屋を開けられるのは館長か副館長のみです。この古代魔法を知っているということは館長達が見せても良いと判断した人物のみです。となれば信頼のおける人物のみ」


「自警団の幹部ならほぼ通るでしょう」


 最後に晴樹が締めくくった。だがブランは彼の意見の穴を見つけていた。論理とて完全ではないのだ。


「なるほど館長に聞けば誰がその部屋を使ったかわかるということか……だが必ずしも自警団の者がその部屋を使ったとは限らんだろう? 別の信頼のおける人物かも知れんぞ、例えば議員とかな」


 そう敵は教団というゲリラ組織なのだどこに潜り潜んでいるかわかったものではない。


「以前に館長から自警団の人が書庫を利用したと聞きました」


 それは刀夜とリリアが古代魔法の保管庫を利用したさいに館長が以前の利用者をこぼしていたのを覚えていた。


 その時の出来事や情報は晴樹のみならず舞衣、梨沙、美紀にも話してある。刀夜の身に万が一が起きた際に彼らが路頭に迷わないように刀夜は彼らに配慮して話せるものは何でも話をしていた。


「なるほど……」


 数年前というのがややあやふやだが薬が急増した時期は四年前からである。


「ですがここからが本題、副分団長は大きなミスをしています。彼は我々に嘘をつきました」


 先程までの話はあくまでも魔術ギルドにとって信用できる自警団の人材が裏切り者だということであって個人を特定するには館長に聞くしかない。だがそれ以前に相手はボロを出していた。


「嘘? それはなんだ?」


「それなら俺でも分かるぜ」


 龍児は得意気に話に割り込んできた。


「自警団は今回の作戦に夜目ナイトアイを使ったんだろ?」


「ああ、そうだ」


「おれも訓練のときに使ったがアレはよく見えるが見える範囲はかなり限られている」


 龍児は祭壇から隣の部屋を指差して説明を続けた。


「副分団長は人影を見たと言ったが、祭壇ここから隣の部屋まで夜目ナイトアイで見えると思うか? 絶対に無理だぜ。しかもここに裸の女性が繋がれているのを無視して真っ暗の中で扉や部屋があるか分からないのにどうして分かった? しかもわざわざそっちへ行くか? それも単独で」


「なるほど、それが理由か……となると彼の怪我は……」


「自作自演」


 龍児はキッパリといい放った。


 ブランは彼らの推理はおおむねまとを得ていると思った。無論完全ではない。裏切り物が一人とは限らないのだから。だが副分団長の裏切りはかなり濃厚だと言えよう。


「隊長についてはどう思う?」


「分かりません。個人的には裏切っているとは思いたくない」


「それはどうしてかな?」


「似てるんですよ。刀夜の爺さんに。仕事に一切の妥協を許さないところとか、自分の信念を曲げないところとか……」


 晴樹は懐かしく思うのであった。頑固者で仕事に妥協を許さず不器用で人付き合いの悪い爺さんだった。それでも刀夜と爺さんのお陰で晴樹は剣術というものに出会えた。


 晴樹は小学校に入ってから親から無理やり剣道をやらされた。最初は面白かったが、だんだん飽きて嫌になっていた頃だった。


 そんな矢先、同じクラスの刀夜の変わった太刀筋をみて不思議に思った。それは剣道に似ているのにどこか全然違っていた。それは自分の知っている剣道ではなかった。


 刀夜に進められて剣術道場へいくことになった。剣術家、城戸阿伊染きどあいぜんはすでに高齢となっていたため本来なら弟子を取らないだが刀夜の爺さんの推薦もあり、また刀夜の相手に丁度良いとのことで特別に許可された。


 そして晴樹は再び剣への情熱を取り戻すことになる。刀夜の爺さんの家にもちょくちょく顔を出しては彼の仕事ぶりを目の当たりにすると目を輝かせた。彼の匠としての技能は一朝一夕にして得たものではない、続けることの重要さを教えられた。


 晴樹にとって刀夜の爺さんは恩人である。したがって爺さんに似た分団長を疑いたくなかった。


 最も龍児は一番真っ先に分団長を疑っていたが確証が得られなかった。嫌われているだけでは証拠にならないのだから。

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