第210話 疑惑のブラン

「これは古代魔法だわ……」


 みんなの顔が一斉にリリアに向いた。


 ブランは青ざめた顔でリリアに詰め寄ろうとした。そんなブランに晴樹はとっさに刀に手をかけて立ちはだかる。


 晴樹の気迫と共に抜刀気味に抜かれた刀は二人の間の空気を切り裂いた。遮断機のように伸びた刀を返して刃をブランに向けると、晴樹は殺気を放ってリリアに近づけないよう威嚇する。


「彼女に近寄るなッ!」


 その気迫にブランはビクリとした。彼にしてみれば完全に意表を突かれた形となった。少しでも気を緩めば向けられた刃がこちらに飛んできそうである。


 晴樹はチラリとアイギスのほうを見た。彼女も何事がおきたのか理解できず、驚いた表情で硬直している。龍児もリリアも晴樹の突如の行動に驚きを隠せない。


「な、なんのつもりだ?」


 ブランはゆっくりと尋ねた。晴樹が本気なのは経験でわかる。だが刃を向けられた理由が分からない。


「いま彼女は事件の核心に一歩踏みこんだ。そうですよね?」


「ああ、そうだ……」


「教団関係者からすれば、真実に近づいた彼女は目障りとなる」


「!」


 ブランは驚きの表情で晴樹をみた。そして龍児もリリアもまさかといった顔でブランをみる。二人はブランを教団関係者とは思っても見なかった。


 リリアは個人的につけ回された経緯で快くは思っていないだけである。だが刀夜は言っていた『自警団は信用できない』その相手はまさかのブランなのかと……


「ブランさん……」


 リリアは警戒して後ずさりする。そこに龍児が緊張した趣で壁になるよう彼女の前に出た。だが龍児もまたブランが内通者だとは思えず晴樹の判断に半信半疑である。


「待って下さい!」


 アイギスは彼らがブランを疑っているのだと知ると慌ててフォローに入った。


「彼は、彼が教壇に加担するなんてあり得ません!」


「どうして?」


「そ、それは……」


 アイギスはその理由は知っているが自分からそれを述べることはできない。これはブランのプライバシーに関わることだからだ。そのため彼女は言葉をつまらせてしまう。


 ブランは自分のために言いにくいことを言ってくれた彼女に感謝すると同時にその理由を自ら述べた。


「それは私の妻と娘を教団の連中に殺されたからだ……」


「!」


 晴樹は彼の言葉に驚きを隠せない。確かにそれが本当なら彼が教団に肩入れするとは到底思えなかった。


「そ、それを証明することはできますか?」


「幹部や古株の連中ならよく知っている」


「…………」


 晴樹は自分の見立てが誤っていたことを悟った。


「そういえば、確か元は1警で後から4警に移ったって……それって……」


 龍児はリセボ村で聞いた話を思い出した。バスターソード使いのブランはある日を境に4警に移籍してバスターソードを捨てたと。


 そのときは年齢のよるものだと聞いていた。だが本当は妻子の仇を彼の手で討ちたかったのだ。


 ――ブランは片時も忘れることのない記憶に包まれた。


 事件が起こったのは彼が40代の時のことだ。まだ1警でバスターソードを振り回していた頃だ。


 彼には優しい妻と美しい娘の家族に囲まれて幸せだった。最初の異変が起こったのは彼が依頼によるモンスター討伐遠征に出かけて数日ぶりに家に帰ってきたときのことである。


 妻は少し疲れた風で彼の帰りを迎えた。そのときブランは疲れが溜まっているのだろうとしか考えていなかった。


 だがこのとき彼女はすでに薬に侵されていたのだったのだが、そんなことが自分の身の回りで起こるなどとはこれっぽっちっも考えていなかったのである。


 彼女は知り合いのパーティに呼ばれて無理に酒を飲まされて気がついたときには薬物が投与されたあとであった。


 それに気がついたときには相談すべき彼がおらず、薬物の後遺症と後ろめたさで彼女は駄目だとわかっていても負の螺旋へと身を落とす羽目となってしまう。


 だがこのときブランはまだその異変に気がつかなかったのだ。異変に気がついたは次の遠征に参加して帰ってきたときであった。彼の妻は薬物の後遺症によりかなり挙動がおかしくなっていたのであった。


 ブランは妻を問い詰めると彼女は白状した。彼はその事実にショックを受ける。そしてどうするか悩んでいるうちに妻は姿を消してしまったのである。


 ブランは焦って自警団に無許可で勝手に捜索を始める。だがたった一人ではうまくいかず尻尾をつかんでは巧妙に逃げられていた。そして数日が過ぎると今度は娘が姿を消してしまったのである。


 家には明らかに争った痕跡があった。しつこく追ってくるブランへの組織からの報復だったのだ。ブランは自警団に事情を話して動いてくれたのが4警であった。


 組織として動けば連中を追い詰めるのは早かった。ようやく足取りを掴み、現場に乗り込んだときブランの目に飛び込んだのは無惨な妻と娘の姿であった。


 ブランは自分を呪った。遠征など行くのではなかった。恥でももっと早く自警団に相談すべきだったと。


 ブランは最愛の二人の亡骸と共に雄叫びをあげ、自分を呪い、組織を呪い、復習の鬼として教団の撲滅に生涯をかけると決めたのであった。


 そして彼は復職と同時に4警への転属を願った。


 アイギスはその頃のブランは知らない。だが彼の話は有名である。ブランとチームを組むようになってから彼から当時の話の鱗片を直接聞いたこともある。


 だが彼にとってこの話はとても辛いものである。したがって自分の口からそのことを喋ることはない。例え、ブランが許可したとしても喋ってはならないと彼女は心に刻んでいた。

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