第209話 捜索、教団施設5

 テーブルに置かれている器具の大半は天秤である。ここで白い粉を計量にかけていたのは明白だ。


 ビーカーや液体の入ったビン、点滴器、試験管、フラスコ、ランプ、変色した試験紙……理科室で見覚えのある器具も陳列している。晴樹は特に変色している試験紙に興味が沸いた。


「なんの実験だ? さっきの白い粉がらみか?」と龍児。


「ここで品質チェックを行っていたのかも知れないね」と晴樹が答える。


 床に置いてあったゴミ箱らしきものには黄ばんだ試験紙のようなものが大量に捨てられている。晴樹には粉を液体で溶かして試験紙でチェックしていたように思えた。


「ここで白い粉を作っているのじゃないか?」


 龍児にしてみれば実験器具といえば開発のイメージが立つ。ここは白い粉の製造現場なのではないかと。


「想像だけど粉を作るには元を液体に溶かして蒸留して結晶化させたものから作るんじゃないかな。ここの機材だけだはあの倉庫を埋めるほどは作れないし、なにより結晶が見当たらない」


「ふーん……で?」


 龍児晴樹に晴樹の説明に納得しつつもなんのためにそんなことをするのか分からないと返した。だが晴樹にしても製造方法に精通している訳でもないので、これ以上の想像はできなかった。


 そもそも教団なるものの存在がなぜこんな実験まがいの器具を必要とするのか?


 そのとき、晴樹の脳裏に昔ニュースでやっていた教団による地下鉄化学兵器テロを思い出した。


「――化学兵器?」思わずボソリと口にしてしまう。


 だが腑に落ちない。化学兵器だとしたらここの設備はお粗末過ぎる。そんな危険なものを扱うにはあまりにも雑すぎる。


 それに加え颯太を初めとする拉致された被害者はどうなのかという疑問に当たる。化学兵器は人を殺す兵器だ拉致する必要はない。人を殺すのが目的でないのなら、もっと単純に考えても良いのかも知れないと思った。


「となるとやはり麻薬の路線かな……」


 資金や道具となる人材、教団の信者を集めるための手段なのかもしれない。だがそうなると誘拐の意味が分からない。それは購入者が減るだけである。すなわち収入が減るだけである。


 色々と想像してみたものの、いまいちどれもピンとこなかった。


 だが晴樹の独り言を聞いていたブランの目が光る。数少ない情報からそこまで見抜くかと。このままでは彼は事件の核心にまで踏み込んでくるのではないかと危惧をする。


 そして腰のショートソードを確かめるかのように触っていた。


「この辺りに隠れるような場所は無さそうだな。あるのは実験器具と戸棚ばかりだし……」


 龍児の言葉に晴樹は本来の目的を思い出した。今は逃げた教団の連中と颯太の行方を探すことだと。


「そうだね、気が向かないけどまた中央の部屋を探そうか」


 三人と二人は再びまだ遺体が横たわる中央の部屋へと戻ってくる。自警団の団員達が悔しそうに遺体を運び出していた。


 遺体の惨たらしい姿は何度も見ても慣れそうにはい。凝視すれば再び吐き気を催しそうな姿である。


「うへぇぇぇ……」


「…………」


 龍児が嫌そうな顔をする。リリアは口許を手で隠し目を背けた。


「――さて、定番なら祭壇の下に隠し階段だろうな」


「隠し階段?」


 思わず晴樹がオウム返しをしてしまう。そこにブランが口を挟んできた。


「祭壇はすでに我々が調べたが、遺体の仕掛け以外は何もなかったぞ」


「ん、そうなのか。テレビや映画じゃあ定番なんだが……」


 龍児は残念そうにする。


「一応調べてみよう」


 晴樹は調べることを提案する。自警団であるブランの言葉はまだ信用する分けにはいかなかった。ただ龍児のいうような地下があるとしたら、自警団がすでに見つけているだろうとは思っていた。


 祭壇へと戻ってくると生け贄のような遺体はすでに自警団によって持ち出されたあとだった。お陰で酷い遺体を直視せずに済んだのだが、祭壇の上には遺体の皮膚のようなものが残っている。祭壇からくっついてしまった遺体をがされるのを想像すると自身に置き換えてしまい嫌な気分になる。


 龍児と晴樹が祭壇をずらしてみたが特になんの変わりもない床が見えただけだった。


「だから言ったであろう?」


 ブランは信用されていないことが残念であったかのように鼻息をふかした。龍児は現れた床を蹴ってみるが特に変哲もない石畳の床だ。


「くそう、一体颯太の奴はどこへいったんだ!」


 悔しそうに床を踏みつける龍児ではあったが彼はふと、足元に何やら黒い筋のようなものを見つける。


「ん、なんだ?」


 足をあげて黒い筋を目で追いかけると筋はずっと弧を描いて部屋全体に円を描いるようだ。龍児のカンが胡散臭いと感じた。


 よく見れば黒い筋は床になにか模様を描いているようである。そして無造作に置かれていたと思われた蝋燭立てはその筋にそって配置されていたのである。


「な、なんだコレ。何かの儀式なのか!?」


 それは魔方陣だった。よく漫画やオカルト映画なとで出てくる黒魔術や呪術、召還などでよく見るやつである。


 ただこの広い部屋一杯に描かれていたために誰も気づくことができず、遺体が片付けられたことにより、ようやく気がつくことができた。


「これは……」


「これは魔方陣ですね……でもどこかで見たような……」


 リリアは床に描かれた魔方陣に見覚えがあった。どこで見たのだろうかと記憶をたぐり寄せるもののあと一歩がでない。


「この魔方陣がトラップなんじゃねーのか?」


 龍児の一言でリリアの記憶が一歩進んだ。遺体はミイラのようになっている。つまり体から水分を奪われたのだ。水分を奪う魔法……リリアの記憶から回答が引き出される。

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