第206話 失意の生存者

 元の部屋に戻ると遺体を運び出すために後続隊が入り込んでいて人でごったがえしていた。


「急に人が増えたね」


「そうですね」


 晴樹たちがあわただしくしている団員達を見て呆気にとられていた。彼らはテキパキと同僚の遺体を次々と運んでいた。


「罠が仕かけられているとなると団員達も内心怖じ気づくから我々のような上の者が率先して動かないことにはな……中間管理職は辛いぜ」


 ブランは苦笑いをこぼした。


「ブラン部長、魔術師殿と一緒に行動していたのですか?」


 急に声をかけてきたのはスラリとした長身の銀髪ポニーテールの女性だ。リリアも晴樹も見覚えのある女性である。ブランのかたわらにいつもいた女性の自警団団員だ。


 彼女は先程までおらず、よくよく考えてみればブランが一人なのは珍しいことであった。彼女、アイギス・マハルも後続隊として今しがたやってきたところであった。


「見知った顔がいたものだから……ついな……」


 ブランはバツが悪そうにして顔背けた。アイギスからすればサボっていたようにしか見えない。彼女はブランに冷たい視線を送った。だが彼女がやってきたのはブランを責めることではない。


「そうですか。ところで魔術師殿、魔法錠の解除をお願いしたいのだが」


「はい、分かりました」


 彼女が指差す先は先程の部屋とは反対側の扉だ。東側に位置するその扉は先ほどとは異なってスライド式の扉である。すでに団員達が物理的な罠がないか確認を済ませており、直ぐに扉を開けれるよう準備ができていた。


 リリアは呪文を詠唱して魔法錠を解除する。解錠と同時に団員達が扉を開けると中はこれまで同様に真っ暗な部屋であった。すかさずライトの魔法で部屋に明かりを灯す。


 すると中はこれまでの部屋とは異なり、部屋は1メートルほど堀下がっていた。さらに部屋の奥には長テーブルが連なっていて何やら実験器具のような機材が並んでいる。


 部屋の右側、南側にまたしてもスライド式の扉があり、いったいいくつあるのかといい加減うんざりとしてきた。とはいえ館のような建物ならもっと扉が多いわけで、それを思えば幾分マシではある。


 団員達が部屋に足を踏み入れようとしたとき木の階段の端に人影を見つけた。


「ここに誰かいます!」


 最初に足を踏み入れた団員が大きな声で叫ぶと、中央の部屋にいた団員達が一斉に叫んだ彼のほうへと視線が集まった。龍児も期待を寄せて颯太が生きてることを願いながら駆けつける。


 声をあげた団員が階段を降りると倒れている人物のもとへと寄った。倒れている男は自警団の男で室内戦闘向けの軽装の皮鎧を身に着けた長い金髪のポニテールの男だ。


「副隊長!?」


 倒れていた人物は4警の副分団長のダリル・フルトであった。彼は腕を鋭利な刃物で切られていたが生きていた。


 何度も名前を呼ばれてダリルは意識を取り戻す。同時に切り裂かれた腕からの激痛に顔を歪ませた。


「魔術師どの!」


 団員の声と同時にリリアは階段をおりて彼の傷具合を確かめた。目立った外傷は腕の切り傷だけだがリリアは彼が気を失っていたのを考慮して体全体にヒールの魔法を施した。


 ダリルの傷はみるみると傷口が閉まって傷跡となる。


「ダリル!」


 そこにエッジ分団長が駆け寄ってきくると彼の前にしゃがんで様子を伺った。ダリルは腕の痛みがまだ残るのか、まだ意識は朧気おぼろげでハッキリしない状況だ。それでも彼は隊長に報告をしようとする。


「……隊長……申し訳ありません」


「謝るのは後だ、何が起きた?」


 聞きたいことは山ほどある。なぜ突撃隊が全滅したのか、どのように全滅したのか、そしてダリルだけがなぜ生き残ったのか、教団の連中はどこへいったのか……


「部屋に入り祭壇にいた生き残りの女性を保護するよう指示して……私はこの部屋にいた人影を追って入った瞬間扉が閉まり中から悲鳴が聞こえました、その後……誰かに斬られたあと後ろから殴られて……そこから覚えてません」


 ダリルは記憶にあることをすべて話した。


「誰か? それはどんな奴だ? 何人かわかるか?」


「申し訳ありません、不意打ち受けたのでそこまでは……」


 ダリルの表情は悔しそうであった。なにしろ貴重な教団の連中を取り逃がしたことになる。


「状況から斬りつけた奴と殴った奴とで二人以上なのは確かのようですな」


 ブランは腕を組がら彼の怪我具合からそのときの状況を想像した。そして周りを見回すがこの部屋にはダリルしかいない。


 この建物は自警団によって包囲されており抜け出すのは不可能だ。であればダリルを襲った連中はかならずこの中にいる。


 そして怪しいとすればまだ開けていない南の扉だ。


「……隊長……部下達は?」


 ダリルは最後に耳にした部下たちの悲鳴がずっと耳に残っていた。心配そうにする彼に対し隊長はかける言葉もなく首を振るしかなかった。その様子にダリルは無言で肩を落とす。


かたきは必ず取る」とエッジはダリルの肩に手をかける。彼にはそれが精一杯であった。


 本来であればこれはダリルの失態だ。罠にはめられたとは言え十名近くの死者を出したのは彼の指揮下であった。


 いずれ責任は追及されるだろうが失意の状態にある今の彼に追い打ちをかけるのは酷と言うものだ。そして何より作戦全体を指揮したエッジの責任でもある。


「ダリルを襲った奴がいるはずだ! くまなく探せ!」


 エッジには立ち上がり、怒りをこめて指示をだした。とはいえこれまでは教団関係者らしき人物はいなかった。まだ未調査の部屋は南の部屋のみである。


 多くの団員が扉の前へと集まり一気に襲撃の準備に入る。リリア達も扉へと赴いた。場合によっては戦闘になる。龍児にも晴樹にも緊張が走った。リリアは集中して扉を凝視したがマナの流れは感じない。


「この扉には魔法錠がかかっていません」


「よし行け!」


 隊長の号令により両開きの扉が勢いよく開かれた。中はやはり暗くこちら側の光が一筋の閃光となり一部を照らす。


 すかさずリリアがライトの魔法で部屋を照らした。

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