第205話 捜索、教団施設4

「ははは、また会ったな。ブラン・ブラウンだ」


 彼をあまり快く思っていないリリアの顔をが曇った。ブランに何度かつけ回されたことに警戒心をもっていたためだ。ブランはそんな彼女の表情を目にすると申し訳なさそうにする。


「いや、以前は失礼した。彼のことはもう疑っておらんよ」


 ブランは今回事件の首謀者である教団の連中を追っていた。刀夜を関係者だと強く疑っていたわけではない。


 ただブランのいく先々になにかと刀夜が事件に巻き込まれているのを目にしていたので気になっていただけである。


 特に初めて刀夜と出会ったときに、彼と出会ったのが魔法によるものだと知ったからには何かありそうだと感じるものがあった。


「ブラン? ブラン……ブラン・ブラウン…………」


 龍児はその名前になにか聞き覚えがあった。だが彼と出会ったのは初めてのはずである。こんな特徴的な体つきであれば忘れようがない。


 一体どこで……


「あ、バスターソード使いのブラン!?」


「ん?」


 龍児はリセボ村で自警団にいるバスターソード使いの話を思い出した。確か元1警だったが4警に移籍して室内戦のためにソードへと持ち変えた男の話を。


「ああ、確かに昔はバスターソードを使っておったよ」


 ブランは誰に聞いたのか問おうかと思ったが、バスターソードを使っていたのは有名なので古参の者なら誰でも知っている話であった。


 ゆえにこれは聞いても仕方がないと諦める。だが彼が4警に移った理由を知っているものは極わずかのはずである。


「見てのとおり俺もバスターソードを使ってるんだ。今度一手教授してもらえないだろうか?」


「そんなことなら構わんよ。だが今日のところは大事なことがあったんじゃないのか?」


 ブランの言うとおり今は颯太を探すことが先決だ。だがこの部屋にあった遺体に颯太はいなかった。となれば他の部屋にいる可能性が高い。


 この部屋には左右にも部屋があることは外観の構造から容易に判断できる。リリアは祭壇に向かって左側の扉へと向かった。


 こちらの扉にも他の扉同様に魔法錠が仕かけられている。自警団の団員が物理的な罠がないと判断してリリアに対してうなずいた。


 物理的な罠は魔法では判別できないのである。だが彼らが物理的な罠がないと判断するとリリアは魔法錠の解除を行った。


 そして団員が木製の両開きの扉を押して開けるとより強い異臭が立ち込めてきた。


「――うっ」


 思わず声を出してしまう。鼻が曲がりそうなその臭いは獣のような汚物のような臭いが入り交じったようだ。誰もが耐えられずに顔を背けて鼻を摘まんだ。


 リリアは嫌そうにライトの魔法を投げた。このままでは臭いが服に染み付きそうである。リリアの聖堂院モドキの服は刀夜との大事な思い出の服なのである。


 思わずデオドライズの魔法で消臭してしまいたいほどだ。だが隊長には現場はできるだけそのままにすることを約束している。リリアはげんなりとした表情でここの部屋をさっさと済ませようと思うのであった。


 部屋の中は窓はなく、壁の上のほうに換気の穴があるだけの部屋であった。ここで何があったのか分からないが、これほど換気の悪い部屋であれば臭いが篭るのは仕方がないと思える。


 しかし、この臭いの元は何なのだろうかと嫌な予感を募らせた。


「こ、これは酷いな……」


「ああ、まるで家畜小屋だぜ」


「換気が効いている分、家畜小屋のほうがマシじゃないかな」


 龍児と晴樹もリリアと同様に嫌そうな顔をしながら部屋へと入ってきた。しかし、見回してもあるのは煉瓦の壁と床とはりがむき出しの屋根だけである。


 何もないのである。


「何もねぇじゃねぇか。他の奴等に任せて次行こうぜ」


 龍児はもうなにも用はないと言った感じで部屋を後にしようとした。龍児もこの部屋に長居したくなかったのである。しかし、晴樹はあるものに気がついた。


「――あそこ、なにか書いてある……」


 晴樹が指差した先は壁である。だが龍児には文字など見えなかった。


「え? どこだよ?」


「こっちだよ。近づかないと分からないよ」


 晴樹は自分が指を指した壁に向かって歩きだしたので、仕方がなくリリアも龍児も後をついてゆく。壁の前にくると晴樹は腰を落とした。


「これは……何か書いてあるのか?」


 ここまで近寄ればさすがに龍児もソレに気がついた。うっすらとかすれたような茶色い跡がある。おそらく元は赤かったのであろう。


「血文字ですか?」


 リリアもようやくソレがなんなのか気がついた。


「リリアちゃん読める?」


 晴樹はリリアから文字を教わったのでもう読み書きはできる。だがそれはクッキリとした字の場合であって、今回のようにかすれた字を読むのはまだ苦手であった。


「かすれてて読みにくいですが遺書のようですね……もうダメだ。死にたい。ごめんなさい。他にも色々……」


 どうやらここに連れ去られた人々が押し込められていたのだと誰もが容易に想像できた。この暗く光りもない臭い場所で絶望を味わったのだと思うと哀れに感じ、教団に対して反吐が出そうな想いにかられる。


「何か手がかりになりそうなものはある?」


 晴樹に言われたとおり、かすれている血文字で読めそうなところを探してみた。


「……人の名前のようなものが、エリミナ、グレコ、フレミィ……かすれててこれ以上は……」


「捕らわれていた人達の名前か?」


 かすれて読めないのは事実だがリリアは血文字の多さにもう口にしたくなかった。


「間違いありませんな。連れ去られた人達の名前だ。薬漬けにされてこんな酷い所に閉じ込められたのでしょう」


 ブランの記憶に止めていた一部の被害者達の名前と一致していたのだ。


「そろそろ移動しませんか、ここ辛いです」


 そう感じているのはリリアだけではなかった。臭いだけではない。ここで起こった惨劇を想像するとこの場にいることに耐えられなかった。


「そうだね。ここは自警団の連中に任せよう」


 晴樹が同意すると龍児もウンウンとうなずいて彼らはこの場所を後にした。

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