第202話 捜索、教団施設1

 やがて大きな両開きの扉の前に立った。木製の扉で四人ほど並んで入れるほど大きくて高さも3メートルは超えているようだ。


「ここが正面入口でこの扉に魔法がかかっており、まるで大岩のようにビクともしません」


 リリアは説明を受けると精神を集中してマナの流れを感じ取った。扉の中でマナが渦巻いている。つまり魔法が常駐しているのだ。


 だが大図書館で感じたもの比べればはるかに脆弱で長持ちしないタイプである。渦巻いているマナは徐々に拡散している。捨てておいても恐らく明日には力を失って消失するであろう。


「確かに魔法の反応があります」


「ではお願いします」


「はい」


 リリアは扉の前に立って手をかざした。集中して魔法の詠唱に入る……


「この地に縛られしマナの子らよ、地の流れ、大気の流れに帰れ。ディスペル!」


 彼女の手から放たれた魔法陣が一気に大きくなると扉全体をおおう。影響範囲を広めるにはそれなりのマナを注ぎ込む必要がある。そのため並みの術者では少し時間がかかるものである。それを一瞬でこれほど大規模にやってのけるのは彼女の才能であった。


 リリアは扉の開錠にアンロックの魔法を使用せず魔法消失のディスペルを使用した。彼女は両方の魔法を習得している。だがエッジは彼女がアンロックを使用しなかったことに疑問に思った。


「ディスペル? アンロックではなくて?」


 いままでのケースであれば大抵の魔術師はアンロックの魔法を使用してきた。わざわざ制御の難しいディスペルを使う必要はないからである。開錠を済ませたリリアがエッジの疑問に答える。


「今回の魔法錠は罠として仕かけられたものです。扉を開けた瞬間別の魔法が発動しては元も子もありませんので周囲の魔法を消失させませた」


 彼女の言葉にエッジは目を丸めた。確かにその可能性がある。ちゃんとそこまで考慮して魔法を選んでいた彼女の機転の良さにすばらしいと思うのであった。


 何しろできない魔術師というものは言われたとおりのことしかしない輩が多いのだ。


「で、では巨人戦のときのようにこの辺り一帯の魔力を根こそぎ奪うような魔法のほうが良かったのでは?」


 エッジが言っているのはリリアの最大の魔法であるマナイーターである。マナイーターは周囲のマナを根こそぎ奪い取ってしまう強力な魔法である。それは魔術ギルドから街中で使用しないよう館長からきつく言われている。


「マナイーターは街中での使用は禁止されています。それにこの建物は全体に不可解なマナの流れがあり、それがなんのためなのか分かりません。もし罠として天井を支えるように魔法が仕かけてあった場合、消失させた瞬間この建物は崩落する可能性があります。崩落すれば捜査は困難を極めるのでは?」


「な、なんと。アレス殿?」


 エッジはリリアの言っていることが本当なのかアレスに尋ねた。


「す、すみません私には判断がつきません。ただ彼女の言うとおり建物全体にマナは感じます」


 アレスにしてもリリアの意見に驚きを隠せなかった。まだ若干14歳の彼女がそこまで見抜くとは思いもよらなかったのだ。


 14歳ならば本来まだ聖堂院に通っている年頃である。なのに彼女の魔法力はすでに他の熟練者の領域に達していることを示していた。


 これはリリアが特別というわけではなくプラプティの魔術師が特別なのである。生れた時から常に濃いナマに身をさらし続ける彼らは街に住む全員が魔術師の素質を持ってる。その中でもさらに才能の高い者が聖堂院へと通うのである。


 とはいえ、エッジやアレスにとってはまだ若干14歳の少女である。頼もしくもあるが末恐ろしい気もした。


「にしても随分変わった詠唱でしたな」


「ディスペルが? えっと……同じ呪文なのですが」


 エッジはリリアの詠唱を聞いて違和感を感じていた。彼にしてみれば彼女の唱えた呪文は不快な代物なのだ。


「神より授かりし力なのに神の名を唱えないのは神に対する冒涜では?」


「ですが魔法は発動しました。魔法に対し固定概念に捕らわれていませんか?」


 とは言ったもののリリアも最初はかなり違和感があった。この世界の魔法は最初に信仰する神の名を唱え対象物そして効果、魔法名の順で唱える。


 聖堂院時代からそう習わされて来たし、誰もがそのように唱える。


 しかし刀夜にとっては逆にそれが違和感であった。最初は目に見えぬ神なる存在が本当に存在して力を与えているのかと思っていた。


 しかし、この世界の知識を身につけてゆくうちにその存在は現実世界の『神』と同様なのではないかと思えてきた。


 試しにリリアに神の名無しで詠唱させたところ正常に魔法は発動したのである。つまり神の名を唱えるのは刀夜にしてみれば無駄以外の何物でもなかったのだ。


 通常時にならば差支えなどないが、戦闘中ともなればその誤差は生死を分ける。ゆえに刀夜はリリアに短縮魔法詠唱を練習させている。リリアにとっては基本概念が崩壊するような事柄であったがようやく少しずつ慣れてきたところである。


 リリアのみならずガチガチにそう教えられてきた聖堂院出の魔術師にとって驚くべき内容ではあるが、賢者のように概念に囚われない者にとってはごく普通だったりする。


「私は授かりし力に対する神への感謝が足りないのではと申しておるのです」


 エッジはガチガチの神信仰信者である。彼のみならずこの世界の一般人の大半はそうである。

 街を支える道徳、人の道を示すのに便利なので神信仰は重要な位置付けとなっている。ゆえにその事実を知っている賢者達は短縮可能であると口にはしない。


「緊急を要しますので省略しました」


「しょ、省略!?」


 エッジはリリアの言いようにワナワナと震えていた。さらに文句を言おうとしたが……


「隊長! 突撃可能です!」


 エッジの真横に龍児に匹敵する片目の大男が立ちはだかった。ブランが隊長を見下ろすように突撃の指示を乞うた。


 ブランの殺気立った気配に押されたエッジは周りを見回すと団員たちがこちらを見ていた。彼は舌打ちをする。確かに早く仲間の安否を確認しなければならない。


「予定通り順次突入せよ!」


「はっ!」


 エッジの指示にブランは敬礼をすると、ブランを筆頭とする突入部隊が慎重に部屋の中へと入ってゆく。

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