第199話 免責の条件

「颯太は? 颯太は無事なのか!」


 龍児に激しく体を揺すられたナダは目が回りそうで逆に答えられなくなってしまう。


「龍児君! 止めなさい!」


 舞衣が暴走する龍児を恫喝すると龍児はハッと我に返り掴んでいた手を放した。また我を忘れてしまったと後悔して彼は落ちこんだ。同じ過ちを何度繰り返すのかと自分のバカさ加減に嫌気がさす。


「――な、中とは連絡がつかないので、彼がどうなったか分かりません……」


 颯太が危機となればリリアを出さないわけにはいかない。魔法錠を解錠するだけなら他の魔術師でも可能だろう。だが万が一があった場合は魔術師として有能な彼女の力があったほうが良い。


 それに加えリリアはかなり頭の切れが良い。何かあったとき彼女の頭脳と判断力は有効である。


「分かった。ただし彼女の護衛をこちらから付けさせてくれ」


「わ、我々では不服なのですか?」


 ナダは信用されていないのかと残念に思うと同時に刀夜に食ってかかった。正直そのとおりである。刀夜は自警団を信用していなかった。特に今回に限ってではあるが。


「気の知れた仲間を送りたいだけだ。単なる俺のワガママだ許してくれ」


「…………」


 そう言われてはナダもこれ以上ごねるわけにはいかない。時間は惜しいのである。


「ハル、頼めるか?」


「オッケー。頼まれた」


 晴樹は簡単に答えると早速装備をとりに作業場へと向かった。そのあとを気がかりな梨沙が追ってゆく。


 晴樹の剣の腕前は刀夜がよく知っており、信頼という面でこれ以上の人材はない。


「さて…………」


 刀夜は龍児をみた。舞衣も美紀も龍児をみた。彼の性格からして自警団の命令など無視して首を突っ込んでくるだろうと予想した。猪のように扉を突き破ってでも現場に向かうだろうと。


 だが龍児は強く拳を握りしめて噛み締めた唇から血を滲ませて耐えている。鬼のような剣幕で必死に飛び出しそうな自分を抑えている。これには刀夜は意外であった。


「……行かなくていいのか?」


 刀夜の誘うような言葉に龍児はさらに険しくなる。


「お、俺はキサマに許しを乞うまで帰ってくるなと言われている。いや命令されているからな」


 本当は今にでも飛び出して颯太を助けに行きたい。だがそれでは同じことの繰り返しなのである。龍児は自分の信念に疑問を持ち自信を失っている。それが足かせとなっていた。


 だがそんな龍児に対し刀夜は心の中で『ざまあみろ』と内心つぶやく。


「じゃあさっさと謝れよ」


 刀夜は勝ち誇るように嫌みったらしく要求した。最もそれで龍児が謝った所で許す気などさらさらない。


 謝ってきたところを蹴飛ばして泣きっ面をおかんでやる算段だ。丁度ギャラリーも増えた。


 だが龍児は『え? 何言ってるの』と言った顔で困惑した顔をする。


「は?」想定外の龍児の反応に今度は刀夜が唖然とする。


「えッ! 俺ってまだ謝ってなかった!?」龍児は驚きの顔を上げた。


 龍児の反応にその場にいる全員が唖然とする。事情を知っている者は本当に龍児は何をしにきたのかと彼の精神構造を疑った。


 そして刀夜は理解しがたい奴だと思ってきたが、一生理解できないだろうと確信した。本気でいっているなら謝りにきたのではなく、人を挑発しにきたのかと。


「お前を許す気など更々ない!!」


 怒った刀夜が吐き捨てるかのように言った。だがベッド中からではいささか迫力に欠ける。


 その言いように舞衣と美紀は『やはり許されなかったか』と肩を落とした。だが今回の刀夜の体を思えば彼の怒りは当然である。


「――最も俺が許した所で1警に出動がなければお前は指をくわえて見ているしかないがな……」


 確かに刀夜に許しをもらったところで、事件の内容から外回りの1警に出動はかからないだろう。増援を出すとしても街中での事件は3警の仕事、つまり異世界組の仲間内では葵しか動けない。


 どちらにしろ龍児に出動は無いのだ。


 悔しそうにする龍児に対し、刀夜はあきれてため息をつく。刀夜は龍児に皮肉を言いつつも遠回しにヒントを与えていたのだが彼はそれに気がついていない。


 そして龍児にその問答をだらだら続くけてゆく時間はない。


「龍児――お前、リリアと晴樹の護衛に着け。そして颯太を助けてこい。そうしたら許してやってもいい」


 1警に戻れば上からの指示がなければ身動きできない。だが今、彼に下されている命令は『刀夜の許しを得てこい』なのだ。


 つまり刀夜の許しに条件をつけしまえば、彼の采配で龍児は自由に動けるのである。したがってそれを龍児の口からそれを懇願して欲しかったのだが残念なことに龍児はそこまで頭が回らなかった。


「だがリリアや晴樹の護衛に失敗したら俺はお前を絶対に許さないからな」


 刀夜にとって二人は一番失いたくない掛け替えのない人物である。だがギルドからの依頼を蹴るわけにはいかず、リリアを守れるのは信頼できる晴樹しかいない。


 そしてその晴樹も刀夜にとって失うわけにはいかない。ゆえにその二人の盾となるべく龍児を利用する。


「……分かった、必ず助けて守ってみせる!」


「こっちは準備できたよ」


 着替え終わった晴樹は軽装鎧と茶色いマントそして脇差を装備していた。リリアは聖堂院の見習い服とその手にはグレイトフルワンドを大事に掴んでいた。


 最大5つの魔法を記憶させて無詠唱で魔法を行使できる強力な杖だ。しかもその杖のマナタンクをフルチャージするのには10日間も日数を要するほど膨大な量を蓄積できる。


 天使の羽ような可愛らしげな見た目とは裏腹に性能は化け物のような杖である


「ハル、龍児も護衛につけたからそっちの采配で自由に使ってくれ」


「ふーん。すいぶん優しくなったね刀夜……」


 晴樹から思いもよらぬ言葉がかえってくる。刀夜は龍児にどうにもならない現実を見せつけてやろうと意地悪を考えていた。したがって別に優しくなどしていない。


「いや、なんか誤解してるだろ……」


「はいはい」


「いや絶対誤解しているだろ」


 晴樹は深刻な事態とは裏腹に刀夜に軽く笑顔を返した。

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