第197話 YOUは何しにここへ

 刀夜の家では重い空気が漂っていた。朝から自警団を追い出された龍児が来ていたからだ。彼は一応謝りに来たのであるが、刀夜の部屋に入って石畳の上に座り込んでじっとしたままだ。


 刀夜は刀夜でベッドの中で身動きできず、ただ沈黙を続けている。そして龍児からはいまだお詫びの言葉はなかった。


 龍児が刀夜の家にきたとき晴樹、舞衣、梨沙、美紀から激しく罵倒をあびせられた。特に晴樹は彼に対して珍しく激怒した。


 刀夜は龍児に殴られたあとに足が動かなくなっていたのである。今までは足首や膝など間接は動かせていたのだが今は微動だにしない。


 晴樹は刀夜がどれだけ苦しいリハビリをしていたか知っている。たった三歩でも刀夜には大きな前進だったのだ。


 それなのに龍児のせいですべてチャラとなってしまった。いや下手をすればもっと最悪の事態かも知れない。


 そう思うと腸が煮えくりかえる思いだった。家にやってきた龍児と取っ組み合いとなり、何度も龍児を殴りつける。龍児はそれを抵抗もせず受けた。


 彼が鼻血を流すとようやく梨沙が晴樹を止めた。彼女にしても晴樹がこんなに怒ったのはアーグからの逃避行時に見せて以来だ。


 結局なんの言葉もなく龍児は刀夜の部屋の前でたたずんだ。その時、部屋の扉が開きパステルピンクの髪の少女、リリアとばったりと出くわす。


 彼女の手にはお湯の張った桶とタオルを持っていて、丁度刀夜の体を拭き終わったところである。


 龍児と目が合うと怖い顔で睨み付けられ、プイッと無視して台所へと向かった。


 部屋の前で立ち尽くす龍児に部屋の中から声をかけられた。


「用があるんだろ? ボサっとしてないで入ったらどうだ」


 それは刀夜の声だ。声に引かれるように龍児は部屋へと入っていった。そして扉前で石畳の上であぐらをかいて座り込んだかと思えばずっとそのままである。


 ずっとだまりこんでいる龍児が何を考えているのかは知らないが刀夜は彼の出方を待った。大方誰かに言われて謝罪にきたのだろうが刀夜は龍児を許す気などこれっぽっちもない。


 だが待てど何も言わない龍児に待つことも飽きた刀夜はつい眠りこけてしまった。気がつけば夕方だ。寝すぎたと焦る。


 寝ている間に龍児が謝っていたら奴をいじめるチャンスを失ったかも知れないと。だが龍児はずっと無言だった。


 そして日が暮れて今にいたる。かれこれ二人は数時間沈黙したままである。さすがに舞衣はあきれ果てた。


「彼は一体なにしに来たの?」


「始めに言葉ありき――って誰の言葉だっけ?」


 美紀もあきれてもう知らんといった態度にでた。一度は怒って突撃のしようともしたがそこは舞衣に止められている。


「ヨハネだよ。黙示録……たしか」


 晴樹が答えた。彼は落ち着きを取り戻し、いつもの晴樹に戻っていた。


「謝りにきたのならさっさと謝ればいいのに、これじゃ刀夜のほうが疲れちゃうわ」


「ありがと梨沙。刀夜を気遣ってくれるんだね」


 晴樹は気遣ってくれた梨沙に笑顔でお礼をいう。梨沙はまさかそんな風に晴樹がお礼をいうとは思ってもみなかったので恥ずかしくなってしまう。


「べ、べつに……そんなつもりで…………」


 相当恥ずかしかったのか嬉しかったのか彼女はもじもじとしてぼそぼそと否定しようとした。けれど本当は嬉しいので完全に否定できない。そんな彼女のようすに晴樹は影で笑いをこらえた。


 龍児は刀夜に謝りにきているのである。一応。


 後先考えず行動してしまったことは反省していたし。何より身動きできない奴を殴るなどと卑怯なことをしてしまったことに激しく後悔もしていた。


 そして自分が道を外し落ちぶれてしまったときと同じ事をしてしまったことを悔やんだ。自分自身に愛想が尽きそうだった。


 だがそれ以上に彼は悩んでいた。


 刀夜は巨人戦での功績は周りの多くの人間が評価している。あのレイラですら戦術はすばらしいと絶賛していた。反面13名もの戦死者をだしている。


 巨人戦にそれは被害が少ないとみんな声を揃えていう。だが龍児にとっては大きすぎる数字だ。


 現代で自衛隊隊員が13名も亡くなれば大事だ。だがモンスターとの闘いによる戦争まがいの出来事が日常茶飯事であるこの世界ではそんなことを誰も気にとめていない様子に見える。


 異世界組のメンバーもどんどんその事に慣らされてゆくような印象を受ける。だが龍児自身も初陣で数名が亡くなっていたのに勝利に酔いしれて亡くなった者のことなど頭にはなかった。


 違いは亡くなった者の家族がどうなったのか見てしまったのことだ。知ってしまったら巨人に勝ったことなど素直に喜べなくなっていた。そしてきっとこの先、もう勝利に喜べなくなるとそんな予感がした。


 龍児の中のヒーロー像が崩れさってゆく。


 何が正しくて、何が間違って、どうすれば良いのか分からなくなった。龍児は自信を喪失していた。


 謝りにきたのに先ほどからそんな考えばかりが堂々巡りを繰り返していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る