第190話 レイラの憂鬱

「はぁー……」


 レイラは自分の席に戻るないなや頭を抱えこんだ。龍児の立場はかなりまずい状況である。ただ同じ異世界人だから仲間に対してすぐに許してくれるだろうと期待したいところだ。


 だが噂では相手はかなりの頑固者とは聞いている。そして彼女はその刀夜の容態がどれほどのものか知らなかった。そのためこじれることになるなど思いもよらなかったのだ。


 このとき彼女の懸念はむしろ自警団側に向いていた。自警団内でもできるだけ大事にはしたくなかったのだ。こんなことでせっかくの逸材を失いたくはない。


 かと言って上に報告を怠るわけにはいかない。報告すれば大事になりかねない……


「君がそこまで悩むのを見るのは久しぶりだな」


 レイラに声をかけてきたのは分団長のアラド・ウォルスだ。手にお茶が入ったカップを持っており、給水場からの戻りのようである。自警団では上官でも自分のお茶はセルフサービスである。


 アラドは自分の机に戻る際に彼女が頭を抱えているのが目に付いた。周りからしてもその仕草は目立っていたのである。


「副隊長とあろうものが団員たちの前で見せる姿ではないな。相談には乗るぞ」


 アラドは視線で会議室を指し示した。


 アラドは分団長に就任した際にレイラを副分団長に任命している。ブランが1警に残っていればブランを任命していただろう。実力もあり、部下の信頼も厚い。加えてユーモラスもあり、頭も悪くはない。だが彼は4警に行ってしまった。


 代わりにレイラに任命したのだが、アラドは彼女を任命したことを後悔したことなどない。実力ではブランに劣るものの他は負けず劣らず優秀であった。


 欲を言えば少し真面目すぎるところだ。彼女は悩みを内に溜める傾向がある。


「ではお言葉に甘えます」


 どのみち上官には報告をしなくてはならないのだから丁度良いとレイラは思った。できるだけ自警団内だけでも穏便になるよう頼んでみるつもりである。


 半分物置にされてしまっている小さな会議室でテーブルを挟んで二人は座った。


 ごちゃごちゃ要るのか要らないなか分からないような品物が乱雑に置かれている。二人の脳裏に『いい加減整理整頓しなければ』とハモるように同じ考えが過った。


 それはさておきレイラは龍児の暴力事件の概要をアラドに相談した。


「なるほど、それは確かに由々しき事件だな。だが相手は友達なのだろ?」


 小さな会議室なのでアラドのお茶の香りが漂う中、レイラは聞いた範囲での詳細な説明を続けた。加えて自警団内でまだ大事にはして欲しくない旨も。


「私は君のその判断であっていると思うよ。この件は私のところで止めて様子を見よう。進展がなければ上に報告する」


「は、はあ……ありがとうございます」


 歯切れの悪い返事はあの男がちゃんと詫びをいれるのか心配になったからである。何しろ龍児という男は自分を曲げないタイプであり、特にこのようなことには不器用である。あの男が素直に謝っているイメージが沸かないのであった。


「まだ何か心配事でも?」


「話を聞くかぎりでは相手はかなりの頑固者らしいので」


「確か巨人戦の作戦参謀をやっていた……トウヤだったかな?」


「はい。かなりの切れ者らしいのですが……」


「確かにあの作戦は実質彼一人が計画したようだ」


「龍児はどうもその男とそりが合わないようなので……」


「まるで弟を心配する姉のようだな」


 アラドは龍児のこととなると心配ばかりしている彼女に苦笑した。


「手のかかる子ほど可愛いという言葉があるな」


「アレは推薦した私の面目がありますので」


 しかしいくら気を揉んでもレイラができることはやっている。あとは龍児たちの仲間に任せるしかない。


◇◇◇◇◇


「ところで話は変わるがレイラはまだ独身であったな?」


「はぁ、それが何か?」


「彼氏はまだいなかった?」


「はぁ?」


 唐突になぜそのようなことを聞かれるのかレイラはわけがわからなかった。プライベートな話を上官といえど、そこまで親しくないものに話をするのは嫌であった。日本なら間違いなくセクハラに該当する。


「あの男などどうなんだ?」


「ご冗談を、龍児は年下ですし、なりは大きくとも頭はまだ子供ですよ……」


「ふむ、ではその気はないと……」


「ありません。ありえません!!」


「実はお見合いの話があってだな……」


 それが本題かとレイラはようやくアラドが誘った意図を理解した。唐突にこんな話に変わったのもこちらが本命だったのだろうと思った。


 しかしながらなぜ龍児との関係を聞かれたのか不明だ。レイラにしてみれば龍児とそんなに仲良くやっているつもりはない。上下関係は厳しくしているつもりなのである。


 もしかして周りからはそのように見られいるのかと彼女は勘ぐりたくなってきた。


「いや、私はまだ結婚など……」


「そんなことをいっていると、そのうち誰も相手してくれなくなるぞ」


「わ、私は自警団に身を捧げた身ですから……」


 せっかく副分団長まで登りつめて分団長まで後少しなのである。いずれ辞めるときがくるにせよ、分団長くらいはやってみたいのだ。


 したがってこの申し出はレイラとって迷惑である。結婚したら辞める必要に迫られるだろう。


 アラドは別に結婚させるつもりでこの話を持ってきたわけではない。生真面目過ぎるレイラに恋愛ごっこでも良いので、ちょっとは遊ぶ感覚を提供したつもりであった。


 だが『捧げた』などといわれれば別の人物が彼の頭に過ってしまい、思わずそれを口にしたくなる。


「私は結婚しても自警団を辞めずに団長まで上り詰めた人物を知っているぞ。しかも子供は三人も産み育ててだ」


「はぁ、私もよく存じておりますが」


 それはリセボ村のカルラ団長の事である。レイラが尊敬してやまない相手だ。だが正直いって彼女のような真似をできるものなどそうそう現れないだろう。無論レイラも含めて。


 分団長クラスなら女性の幹部でも存在する。3警など女性ばかりで編成されているし、自分も次期1警の分団長となる立場だ。だが団長となれば別である。実績はもちろんん過去の戦闘力でも評価されるため、自警団はハードで実績主義の仕事となっている。


「ま、こっちはこっちで考えてくれたまえ」


 アラドはそう締め括ると席を立った。龍児の件はレイラでできるだけのことはした。


 あとは龍児しだいだがそのくらいは自分で乗り越えてもらわなければならない。


 アラドのほうの用件は気が重い話であった。レイラは今年で24になる。確かに年齢的にはそろそろ結婚を考えないとアラドの忠告通りになりそうだ。


 とはいえ彼女にはイマイチ結婚というものがピンとこない。乙女のようにときめくような相手に出会うことはなかった。若い時期はそれほど自警団に熱中していた。


 恋は盲目というらしいが職業がらか、どうしても冷静になってしまい、冷めてしまう。


 一度でいい、火傷しても良いと思えるような恋がしたかったと思うと今度は別の悩みを抱えることとなって深くため息をつくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る