第189話 信用問題
朝早くから1警の部屋前の廊下で異世界組が集まっている。由美が昨日の件で皆と龍児を呼び出したのだ。
本来ならば人目のつかないところで話をしたかったのだが龍児が朝遅く出勤してきたのであまり時間が取れなかったのだ。したがって由美たちはできるだけ他の人に邪魔にならぬよう、廊下の半分だけを占拠していた。
「龍児君。なんで昨日、刀夜君を殴ったの? 彼の体がどんな状態か知っているでしょ!」
由美は怒り心頭である。元々刀夜と自分が言い合いをしていたのだから龍児が絡む理由はない。
だがこれは由美の誤解であり龍児が怒っているのは別の理由である。だが龍児は答えたくないといった感じで由美から視線を反らした。
「え、殴ったって、刀夜を? なんで?」
葵も信じられないといった顔をした。
ほとんど身動きできない相手を殴るなどおよそ龍児らしくもないと感じた。それはいくらなんでも卑怯すぎる。
龍児は刀夜のことになると我を忘れる傾向にあることを再認識させられると頭を抱えた。どうしてこの二人は協力できないのかと。
「ありゃ刀夜が悪いんだぜ」
両手を頭の後ろで組んで話を聞いていた颯太が龍児の代わりに答えた。彼は共にその原因を目の当たりに見ていたので龍児が怒る気持ちがよく分かる。
「は? 龍児君には関係ないでしょ、私と刀夜君との話し合いに何が悪いというの?」
由美の言葉に龍児と颯太は話が噛み合っていないことに目が点になる。龍児にしてみれば由美と刀夜が揉めていたことなど知らない。
あのとき由美がいたことすら彼の記憶には無かったほどである。ただやたらと刀夜のことで腹を立てていたら丁度奴が目の前にいただけである。
「奴とお前の話し合い? 何のことだ?」
「龍児が殴ったのは巨人戦で亡くなった人と残された者の無念を晴らしただけだぜ?」
「え?」
今度は由美が意味が分からないといった顔をした。葵にいたってはもう終始分からんといった感じで頭を抱えている。
だが颯太から順を追って詳細を聞くとようやく二人はその理由を理解した。由美が誤解していることについては彼に謝った。
だがそれと刀夜を殴ったのは別問題である。そもそも龍児が巨人戦で亡くなった方々の代弁の様なことをする必要を感じない。
頼まれたのか?
おそらくそんなことはないはずである。龍児の性格からして自分勝手な理由で殴ったのだと由美は見透かした。
「でも、だからって抵抗できない相手を一方的に殴るのが許されるとでも思っているの?」
「…………」
「刀夜君せっかく下半身不随を免れたのに下手したら一生車椅子なのよ! そうなったらどう責任とるつもりなのよ!」
「…………」
「それは聞き捨てならない話だな」
突然会話に割って入ってきたのは燃えるような赤い三つ編みの髪のレイラだ。ルビーのような瞳を鋭く龍児に向けている。
1警の部屋の内窓から上半身を乗り出すようにして由美達の話を聞いていた。こんな往来のど真ん中で異人が集まって喧嘩まがいの言い合いを始めれば嫌でも目につく。ましてやその内容について彼女としては見過ごせないものだ。
「龍児、お前は無抵抗な民間人を一方的に殴ったのか?」
これが事実なら大問題である。レイラは立場上聞き流すわけにはいかない。ましてや自分が目をかけて入団させた奴とあればちゃんと監督しなくてはならなかった。
それに加え相手が悪い。刀夜は巨人戦の功労者にしてオルマー家のお気に入りなのだ。権力を使ってどんな報復にでるか分かったものではない。
実際、刀夜がオルマー家と揉めた際は殺されそうになっているのだ。
「いやでも、あれは――」
「お前には聞いていない!」
レイラの言いように颯太が弁明をしようとしたがレイラに一括されて黙りこんだ。彼女の雰囲気から嫌な予感を感じ取ったのだ。
だが颯太も龍児同様に刀夜に対して腹を立てていた。華々しい活躍の裏で親を失った子供のことなど考えもせず、影の英雄として称えられているのが我慢ならなかった。
「いいか、ウチの団員が何もしていない無抵抗な民間人を殴ったという事実は自警団全体の問題なのだ。これを処罰せず放置すれば何年にもわったって築いた信頼を失うことになる。お前一人の首程度では済まなくなるのだぞ」
警察官や消防士を目指していた龍児にはその理屈は嫌というほどよく知っている。父親から公務と個人の違いをこれでもかというくらい聞かされた。公正を重んじなくてはならないのは自警団も同じてある。
「この件は上に報告せざるをえない。処置は追ってするが、お前は相手に詫びを入れてこい。和解できるまで帰ってくるな!!」
「!」
それは由美達にとっても非常に重い処罰に聞こえた。相手は『超』がつく頑固者の刀夜なのだ。簡単に許してくれるはずもない。
「――分かった……」
龍児は一言そう言うと自警団本部を後にした。
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