第186話 愛の資格と拒絶
すでに日が落ちて月夜の中で刀夜はリリアと由美に担がれて家に戻ってきた。
あの後、リリアにヒールをかけてもらったが頭はクラクラとしたままだ。まるでハンマーで叩きつけられたかのような衝撃だった。殴られたときに腰の辺りを再び痛めたらしく足腰にまったく力が入らない。
リビングで刀夜とリリアの帰りを待っていた四人は只ならぬ様子に驚く。リビングのテーブルには夕飯の用意がなされていたがクッションと一緒に退けて刀夜を横に寝かせた。
「ど、どうしたの?」
刀夜の容態を心配した美紀は一体何が起こったのか聞いた。
「龍児様に急に殴られました」
「ええーッ! どおして!?」
美紀は目を丸くして驚いた。彼女はてっきりまた無理なリハビリで転けたのかと思っていた。刀夜は早い段階でリハビリを始めており、無茶が過ぎて何度も止められたことがあった。
今回もその類かと思ったのだが……龍児?
どうして龍児が刀夜を殴ったのか理解できなかった。
「この間の時に和解したのじゃなかったの?」
巨人戦の時に刀夜は危うく死ぬところだったのを龍児が助けている。そのお礼にと刀夜は龍児に太刀を渡していたし、龍児もそれを意外とまんざらでもない感じだった。
多少刀夜は意地悪なことをしていたが……だが今朝の出来事で舞衣からの話では怒っている様子ではなかった。
「和解なんぞした覚えはない」
刀夜は頭が痛いので右腕でランタンの光を遮りながら彼女の問いを否定した。
「まだ体、完全じゃないんでしよ。酷くなぁい?」
「いや、体が完全でもいきなり殴るのは酷いよ」
珍しく美紀がご立腹のようだが、その内容に晴樹が突っ込みを入れた。再び脊髄を怪我したら今度こそ下半身不随となってもおかしくない。そうなれば魔法でも治しようがない。
「なんでこんなことになったの?」
「知らん!」
由美に散々痛いところを責め立てられてあげく、いきなり割り込んでの暴行である。刀夜の腸は煮えくり返っていた。
「ご、ご免なさい……まさかこんな事になるなんて」
由美は深々と頭を下げた。まさか刀夜と言い合いになるとは思っていなかったうえに、それが原因で龍児を怒らせることになるとは思いもよらなかった。
「え、なんで由美さんが謝るの?」
事情を飲み込めない晴樹が訪ねる。そう思うのは晴樹だけではなく皆もである。
「そ、それは……」
彼女はうつむいてしまって固まった。リリアの前で彼女のことで言い合っていたなど口にできなかった。それに加え二人の間の問題に首を突っ込み過ぎたと今ながらにして反省していた。
「今日はもう遅い。変なのが現れる前に早く帰ったほうがいい……」
「…………」
だがもう日は暮れてしまった。
先程まで待ちくたびれた葵が先に風呂に入って、由美と一緒に帰ろうと待っていたのだ。だがなかなか由美がやってくる気配がなかったために晴樹に先に帰るよう言われて帰ったばかりである。
「風呂入っていきなよ、少しはリラックスできると思うし。帰りは僕が送っていくよ」
晴樹にそう言われて由美はチラリと刀夜のほうを見た。刀夜も腕の隙間から見ていて目が合う。
「……好きにするがいい」
そうは言われたが、この状況ではさすがに図々しい気がした。自分の家ならともかく、とてもリラックスできるとは思えない。
「……か、帰るわ」
家の玄関前にたたずんでいた彼女は肩を落として扉を開く。
「あ、送っていくよ」
晴樹が由美のもとへと駆ける。晴樹は二人だけのほうが理由を聞き出しやすいと思っていた。
「リリア、悪いが手を貸してくれるか、今日はもう寝る」
「はい。刀夜様」
刀夜はリリアの肩を借りたが、舞衣も気を使って運ぶのを手伝う。男一人をリリア一人で運ぶのは困難である。
刀夜は二人の肩を借りる形で立ち上がろうとするが足には殆ど力が入らない。これでも精一杯力を込めているのだが、足は糸の切れた操り人形のようにピクリとも言うことをきかない。
ずしりと二人の肩に刀夜の全体重がかかって重い。だが二人はもう慣れたといった感じで刀夜をベッドへと運んだ。刀夜が無理なリハビリで転けるたびに二人には世話になっていたのが役に立った。
ベッドに腰を下ろすと舞衣は部屋を出てゆき、リリアは刀夜の着替えを手伝った。これも最初は恥ずかしいことこの上なかったがもう慣れてしまっていた
リリアは献身的に刀夜の面倒を見てくれていた。介護など誰が好むものか、仕事で給料をもらえるならまだ割りきれるだろう。しかし彼女は嫌そうな顔を見せることはない。
それどころか人によっては不謹慎と思われるほど楽しんでいるように見受けられるときもある。これまでのことも考えればバカでもわかる。相手を愛しいと思えるからできることだ。
着替えが終わり、横になるとリリアも部屋を出てゆく。
ポツリと一人になってしまうと嫌でも悶々と余計なことを考えてしまう。
刀夜にとっては龍児に殴られたことよりも由美の言葉のほうが
リリアに愛情を向けるのも受け取るのも出来はしない。
そんな資格などない。
そう、親を殺したような
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