第184話 保護施設

「りゅーじー、いい大人が遅刻なんかすんなよなー」


「そーだ、そーだ」


「ぐぬぬぬ……」


 メインストリートのカフェの店舗が入っている三階建ての建物の二階に龍児達はきている。


 木造建築のこの建物の一階にあるカフェの真横に狭い階段があって二階へと通じている。古くさい建築の階段は足を乗せるとギシギシと音を立てるほどボロい。


 上りきった二階の一部屋に龍児達が通っている学校がある。部屋は教室というより寺子屋のようだ。


 入ると靴箱があり、一段高い床にボロい絨毯が敷かれている。そのうえに長机が雑に並べられていた。キノコを型どった低い椅子に座って長机に龍児はかじりついていた。


「こんな簡単な居残り問題さっさと解けよ、頭わりーな!」


 遅刻してしまった為に龍児と颯太は居残り課題をやらされていた。1クラスしかないこの学校のクラスメイトから嘲笑される。


 相手は6歳の男の子だ。いかにもやんちゃらしくふてぶてしい面構えで龍児を見下した。周りにいるのは皆子供ばかりである。それも上は10歳から下は3歳ほどの男女が16名。


「な、なんだとぉー!!」


「大人が子供に怒ったーやーいやーい」


 龍児は子供の挑発に殴りつけるわけにもいかず、歯軋りしてこめかみに血管を浮かび上げしかなかった。


「落ち着けよ子供相手にムキになっても仕方ないだろ」


 龍児の大人げのないに態度に颯太はあきれる。


「そーゆーお前はずいぶんモテモテじゃないか」


 颯太はすでに課題を済ませて子供の相手をしながら龍児が終わるのを待っていた。


「そうーたは、おとーちゃんやるの!」


「あたしのパパやくよ!」


「そーたー、とーいーれー」


「とほほ」


 しゃがんで子供の相手をしていた颯太は幼女たちに囲まれて服や腕を引っ張られ取り合いされていた。確かにモテモテである。相手は彼の守備範囲からは大きく外れてはいるが。


「ちくしょう、葵と由美はいつの間にこんなの覚えたんだ」


 葵も由美も龍児達同様、文字ができなかったので学校送りとなっていたはずである。だが彼女らはさっさと覚えて卒業していた。


「あの2人はリリアちゃんに教わったんですよ」


 彼女達は刀夜の家にお風呂を借りたついでにリリアからも文字を教わっていた。学校と違ってワンツーマンで教えてもらえるうえにリリアは教えるのがうまかった。最もここの環境に耐えられなくて必死に覚えたといっても過言ではない。


 特に由美は子供の相手が苦手だった。葵は苦手ということはなかったのだが、由美がいなくなると矛先を向けられ、5人も6人も相手する羽目になり耐えられなくなったようだ。


 そして葵がいなくなると颯太に矛先を向けられた。女子に颯太を取られた男子は龍児の元へ……彼の大きなガタイは子供達にとって立派な遊具であった。


「りゅーじー、まだかー」


「くそう! そもそも会話は日本語なのに何で読み書きは違うんだこの世界は! 納得いかねーッ!!」


◇◇◇◇◇


 龍児は課題を済ませた後で颯太共々子供たちの相手をした。生意気でもヤンチャでも全力で遊ぶのは楽しいものであった。


 特に目を輝かせて頼ってこられることには優越感を覚える。例えそれが遊びであったとしても。


 気がつけばもう4時だ。龍児達は教師に呼ばれて隣の部屋で一息つくことにした。


 隣の部屋は食堂謙職員室である。長いテーブルに子供用の椅子が並んでいる。大人の椅子は4つしかない。


 30代半ばほどであろうか、丸メガネをかけて頬が痩せ細っている華奢きゃしゃな男がここの教師だ。


 気苦労が絶えないのか短い金髪の髪と無精髭に白髪が混じり始めている。なでた肩がややくたびれた雰囲気をかもしだしていた。


 同じ年代ほどの女性が龍児と颯太に入れたてのお茶を差し出した。こちらも少しやつれた感じで細い体にエプロン姿でセミロングのブロンド髪を三角頭巾で束ねていた。


 隣の教室ではいまだエネルギッシュに遊ぶ子供達の声が聞こえる。このような時間なのに子供達は誰も帰ろうとはしない。帰る必要がないのだ。子供達の家はここなのだ。


 ここは学校でもあるが養護施設でもあった。この夫婦が施設を運営して親を亡くした子供達の面倒を見ていたのだ。


「ふーう。あんた達、先生も大変だな」


 お茶を一口飲んで龍児は彼らの苦労を知った。


 パワー溢れる龍児といえど子供達の相手は疲れる。戦いとはまた違った神経の使い方をしなければならない。常に危険がないか留意しながら、それを表に出すわけには行かなかった。


「ええ、ですがあの子達の将来の為ですから」


「親を無くしても、ほんと元気だなー」


 颯太は率直な感想をいう。ともかく子供はエネルギーの塊であり、遊びは常に全力でやってくる。相手してるときは勘弁して欲しいと思うが、あれが静かになるとやや寂しい気もした。


 だが颯太の感想に教師の男は否定した。


「それは違います。やっと元気になったのです」


「!」


 『やっと元気になった』その言葉の意味に颯太はしまったという顔をする。悲しくない訳ないのだ。


「龍児君。貴方が巨人を倒したことを子供たちには?」


「ああ、言われたとおり言ってねーよ」


「でも子供って、そーゆー英雄譚好きなんじゃないの?」


 颯太は先程の親の件と何の関係があるのかと疑問に思った。子供は英雄ヒーローが好きである。接してみて元の世界でもここでもそれは変わらないのだと感じた。


 颯太としてはダチの活躍を自慢したくてウズウズするときがあるが、そこは言われたとおり我慢している。


「ええ、そうなのですが、子供達の中にこの間の巨人戦で父親を無くした子がいるんですよ」


「!!」


 考えもしなかった事実に龍児と颯太は青ざめた。言われてみれば元気がなく隅っこで大人しくしていた男の子が一人いた。


「は、母親は?」


 龍児が恐る恐る聞いてみた。だがこの施設にいる以上、嫌な回答しか想像できない。


「行方不明なんだそうです。父親は作戦の前の日に預けられて自分に万が一のときは頼むと……」


 その言葉を聞いて龍児は深い淀みの中へと叩き落とされたようなものを感じた。まるで脳ミソをこねくり回されたような車に酔ったような嫌な感覚だ。


 龍児は頭を抱えて青ざめた。


「くっ、俺にもっと力があれば……」


「あ、すみません。責めてるわけではありません。巨人倒して頂いたことは感謝しています。これでこの先、巨人に親を奪われる子は居なくなるわけですから……」


 本来なら小躍りしそうな言葉である。だが今の龍児には重かった。


 しかし龍児は巨人戦においては一人も犠牲を出していない。犠牲をだしたのは刀夜のほうである。龍児が重く受け止めたのは、それを止められなかったことに対してである。奴を止める力のなさを嘆いた。


『そもそもヤツがあんな下手な作戦やらなきゃ、命を奪われなかったんだ』


 龍児の脳裏には作戦に対して死を恐れ、恐怖に刈られた者達の声がいまだ残っていた。刀夜に対してふつふつと怒りが沸き起こる。

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