第182話 押さえられない気持ち

 ――大魔術図書館。


「ふう、にわか仕込みでは魔術書のような専門書は読めんな」


 古代魔術の納められた特別な部屋で刀夜とリリアは転送に類似する魔術を探していた。この部屋の魔術書には刀夜達が巻き込まれたあの嵐ついての魔術は無いことは館長の話で分かっていた。


 だがこの図書館に手がかりを求めていた刀夜は、ここがダメだった場合のプランがないのである。それこそ拓真のように賢者の弟子入りでもしないと無理かもしれないと考えていた。


 だがそれでもやれることはやっておきたかった。ここの魔術書に類似する魔法があればそこから何か辿たどれないかと考えている。


 しかし魔術書は難解である。日本語は読めるが日本語で書かれている専門書が理解できないのと同じである。


 まず根本的に専門用語が分からない。だがそれはまだマシなほうだ。独特な抽象的表現に至ってはもはや意味不明である。


 これを書いた人は自分に酔いしれているのではないかと疑いたくなる内容だ。時間の都合上、リリアと分担してと思ったが刀夜は一冊目から挫折した。


「と、刀夜様――この辺りにそれらしい本が……」


 刀夜の後ろの本棚でリリアは必死に背伸びをして手を伸ばして本を取ろうとしている。そんなリリアの後ろ姿が妙に愛らしく、刀夜のツボにはまった。


 届きそうで届かないそのジレンマからくる絶妙な仕草と顔。「うーん」と可愛らしい声を上げる。


 はて、前にも聞いたことがあるなと記憶をたぐるが思いだせない。


「俺が取ろう」


 刀夜は椅子の手すりに両手で力を込めて立ちあがる。しかし足腰は思うように力が入らず、何かに体重を預けて手で支えないと立てなかった。


 松葉杖を掴み、机にも手を駆けてとりあえずまっすぐ立つ。足の膝を曲げたら一気に崩れ落ちてしまいそうだ。


 松葉杖を軸に大きく一歩踏み込むと倒れそうになり、本棚を掴んで転倒を防いだ。倒れずに済んだがリリアの背後ぴったりとくっついてしまうと、彼女の髪から漂うシャンプーの良い香りが漂った。


 刀夜は照れながらもリリアが欲していた本を取った。


「あ、ありがとうございます」


 体の不自由な刀夜に本を取ってもらい、申し訳ないと思いつつも密着しそうなほどの距離にリリアの胸は高鳴った。彼女の頬が桜色に染まると、刀夜もドキリとする。


 リリアに本を受け渡すとガクッと刀夜の膝が折れてしまった。


「あっ」


 どうすることもできずに彼女におおい被さるように倒れてしまう。リリアは咄嗟に刀夜を抱き抱えようとするが男の体重を支えることは叶わず、二人とも折り重なるように倒れる。


 ふかふかな絨毯がリリアを包み込むように彼女を助けた。刀夜はそんな彼女の上に倒れてしまい、まだ成長過程にある谷間に顔がうずくまる。


 慌てて体を起こすとお互いの目と目が合い急に恥ずかしさが込み上げてきた。


「す、すまない。いますぐ――」


 刀夜は直ぐに体を動かして離れようとする。だがリリアが急に両手で刀夜の頭を包み込むようにして抱きついてきた。


 今度は腕に寄せられて胸にうずくまってしまう。顔中に柔らかな感触が充満して刀夜の頭は変になってしまいそうだ。愛しそうに包むその腕から刀夜は抜け出しそうになかった。


「す、すみません。刀夜様……す……少しだけ……」


 そんな切なそうに言われては刀夜も理性が保てず、リリアから抜け出そうする気が失われてしまった。


 あの巨人兵との戦いからリリアは時折、強引に迫るときがある。彼女の気持ちに刀夜は薄々気づいてる。


 そして刀夜も彼女に引き寄せられつつあった。だがそれは受け入れられないのだ。只のハグだと思えばいい刀夜は自分の気持ちをそうはぐらかした。


 リリアは姉の言葉を思い出していた。二人での最後の夜、姉に『好き』とは何か聞いてみた。


『何気ないことが恥ずかしく感じたり、触ってみたいと思ったり、その人のこともっと知りたいと思ったり……これって独占欲かのかな……』


 あの時、姉が答えてくれた言葉の意味が今のリリアには分かる。


『ほんとだね、お姉ちゃん。あたし……こんなにもこの人と触れていたいよ……』


 いつか刀夜とは別れる日がくる。それを考えるとどうしても苦しくなってしまうのだ。理性でダメだと分かっていていても衝動が抑えられなくなるのだ。


 リリアの腕の力が抜けたと感じた刀夜はゆっくりと体を起こした。リリアはそんな刀夜を解放する。


「も、申し訳ございませんでした刀夜様……」


 リリアは今頃顔を真っ赤にすると謝った。


「いや、構わないよ……」


 立ち上がろうとする刀夜にリリアは手を貸した。元の椅子へと彼を座らせる。


 下半身不随は免れたが筋繊維断裂および血管や神経の断裂の影響により刀夜は長期のリハビリを必要とした。


 刀夜は不自由を強いられて忌々しく思うが、リリアは申し分けないと思いつつも刀夜の介護を楽しんでいた。刀夜が自分を必要としていれくれることに優越感と安心を覚えてしまったのだ。このままずっと必要だと側に置いて欲しいと……


◇◇◇◇◇


 リリアは先程の本を広げて内容を確認する。探し求めている魔法に近いかどうか……


「内容は?」


「えーと、密閉された生態容器の中の水を転送する魔法のようですね」


「どこに転送されるんだ?」


 先ほどとはうって変わって真剣な表情で刀夜は尋ねる。そんな刀夜をみたリリアはやはり帰りたいのだろうかと彼の胸のうちを知りたいと思う。


「ええっと、生態組織の隙間から水を浸透するように移動させて空中に散布するようです。なんか随分変わった手順を踏むようですね、この魔術」


「転送とはほど遠いな……」


 刀夜は残念に思うが、そうそう簡単に見つかる物ではないとも思っている。気長にやるしかないのだと。


「すみません」


「べつに謝らなくていい、次の本を探そう。求め続けていればいつか突破口に出会えるさ……」


「はい……」


『――出会える……』


 リリアは思い出してしまった。巨人戦からの帰還の道中、まだ刀夜の意識が戻らなかったときのことを……

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