第180話 包丁の正しい使い方

「噂の包丁ってのはここか?」


 新たに現れた男客は四角い顔に齢を重ねた顔つき、ハッピのような物を着ている。一見すれば大工の棟梁とうりょうかと見間違いそうだが彼は宿屋の料理人である。


「はい、いらっしゃいませ」


 噂のかは知らないが店にくれば客である。舞衣が営業スマイルで応対にでた。


 男は舞衣の返事を気にも止めずに見たことのない包丁の刃をしげしげと見て料理人として道具の見定めをしていた。


「こちらは肉用でこちらは魚用、こちらは汎用です」


 包丁にも種類がいくつかある。刀夜は汎用包丁をメインの販売用として専用は肉と魚の定番を用意した。


 一応、舞衣は説明をしたが相手がプロなどとは知らない。男はギロリと舞衣をにらんだ。何を考えているのか読めない相手だと困っていると梨沙がフォローに入った。


「試し切りします?」


「ほーう、試させてくれるのかい?」


 再び男はギロリと梨沙をにらんだ。ドスの効いた声色こわいろに梨沙は何か悪いことでもしたのかと怖くなってくる。


「じ、じゃあこちらで……」


 木箱の上にまな板と大根のような野菜を置いた。


 そして試し切りの包丁を差し出す。


 男は包丁を手にして刃先を念入りにチェックしだした。鋭い眼光で真剣に見つめている。梨沙は変な難癖なんくせをつけられないかと不安なると喉をゴクリと鳴らした。


 男は黙って大根モドキを手にして、まな板に置くかと思えば手にしたままだ。目がカッと見開いた瞬間、閃光一発。いつの間にか包丁が振られていた。


 包丁をくるくると回し、まな板にカチャリと置く。


 何という早業か……


 男は大根モドキの両端をムンズと掴むとスライドさせてみせる。驚いたことに大根モドキは綺麗にくっついたまま、真っ二つとなっているではないか。


 男は再び鋭い眼光で切口を確認すると大根モドキを張り合わせてみせる。すると不思議なことに大根はどこを切られたのか分からないほどピタリとくっついていた。


『この男……ただ者じゃない……』


 龍児達の背筋に冷や汗が流れる。


 男は喜ぶわけでもなく大根モドキをまな板に置くと横を向いて少しうつむく。店に来たときのような仏頂面で、不穏な雰囲気をかもしだし始めた。


 顔を背けたままギロリと視線だけを向けてきた。まったくもって何を考えているのか分からない男だ。


 龍児は何かあった場合、二人だけでも守らなければと悟られないように身構えた。


 男はゆっくりと商品棚の包丁に指をさす。


「2つだ。これと肉だ」


「あ、ありがとうございます」


 買ってくれるのかと本来なら喜ぶところなのだがとてもそんな雰囲気ではない。舞衣と梨沙は男を待たせないよう急いで包丁を包んだ。男はそれを受けとると銀貨20枚を支払う。


「あ、これおまけのミニ砥石と研ぎ一回無料券です」


 男は無言で受けとると無造作にポケットへと突っ込んだ。そして購入した包丁を脇に挟むと背を向けて立ち去ってゆく。


 彼の上着の背中には『職人魂』と書かれており、風になびいていた。


「あ、あのお客様……」


 支払われた銀貨を見つめていた舞衣は恐る恐る声にした。その様子にみんなが何かと真剣な視線を向ける。


「値引きもせずにそのまま買っていったわ……」


「き、きっと浮かれていたんだね……」


 梨沙は遠くを見るような眼差しで男を再びみた。その背中は哀愁を漂わせながらも足は軽やかにスキップを踏んでいる。


「また来ないかな……あのカモ」


◇◇◇◇◇


「ところで龍児君達はもしかしてこれから学校?」


「な、何で知ってんだよ」


 いきなり彼らの出向き先を見破られて龍児は焦った。学校に通っているなどと恥ずかしくて知られたくなかった。


 同じく学校に通っていた由美と葵はいつの間にか文字を覚えて卒業してしまっていた。ゆえにいまだに学校に通わされてるのがそろそろ恥ずかしい。


「ふふふ、私達の情報網を甘く見ないでよね」


「由美さんと葵さんよ」


 梨沙が自慢げにしようとしたらいきなり舞衣にネタばれをされてしまった。せっかく龍児達をからかうチャンスを奪われて梨沙は膨れた。


「あの二人はよくウチの……刀夜君のお風呂借りに来るのよ」


「いま、自分の風呂って言おうとした!」


 邪魔をされた腹いせに舞衣の失言に嬉しそうに突っ込みをいれた。だが舞衣は失敗したと思いつつも聞かない振りをして顔を背ける。


 どうも最近は梨沙に指摘されたように、あの家が自分の居場所かのように慣れ親しんだ感があった。街から離れた場所にあるので、あの家にいるとここが異世界だという感覚が薄れるときがある。


「マジぃ! くそお、なんて羨ましい!!」


 颯太がやたらと悔しそうに羨ましがった。


 刀夜のお風呂は工房の一角にあり、しかも浴場はピンクの薄いカーテン一枚である。仕事をしている振りをして事故をよそおえば……


 颯太の妄想が激しくなると息が荒くなった。


「ちょ、ソレなんに対しての羨ましよ?」


 梨沙はどうせ颯太のことだから不埒ふらちなことを考えているのだろうと見透かした。


「えーそりゃお風呂だよ、お風呂に決まっているだろ……」


 恥ずかしそうに目を反らして颯太はモジモジとごまかした。


「キモッ!」


 梨沙が颯太の仕草にドン引きとなる。


「宿舎では女性は3日に1度しか入れないでしょ?」


 由美と葵がお風呂を借りにくる際に毎回ぼやいているのて舞衣はよく知っている。


 刀夜の家は防壁の近くなので街の中心近くにある宿舎からは結構遠い。だがそれでも彼女達はお風呂の無い日の夕方には毎回やってくる。


「男なんか4日に1回だぜ」


「汚な!!」


「だから大衆浴場に行くんじゃないか、それでも2日1回ぐらいだけど、毎日は金がな――」


「うぇー毎日入れ無いなんて地獄う~」


 自警団の宿舎にはお風呂の設備はない。近所の大衆浴場を間借りしているのだ。よって一般の人と被らないよう時間指定で借りている。


 予算の関係もあるが、毎日使えるようにすると一般の人に迷惑になるのでこのようなことになっていた。


 そもそもここの世界では毎日入るという習慣がない。薪代など洒落にならない金額になる。


 刀夜の家も元々は浴室などなかった。後から追加したのだが、鍛冶屋をやっているので薪はどうせ必要になる。そのような理由から毎日入れるが、少しでも安くあげる為に二人づつ入ってもらっているのが現状である。


 刀夜と晴樹はセットで、舞衣、梨沙、美紀はローテーションで一人の時間あり、由美と葵はセット。リリアは奴隷の刻印の問題で特別に一人で入っている。

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