第179話 包丁の誤った使い方

「あら龍児君に颯太さん、いらっしゃい」


「呼び捨てでいいぜ。店を始めたんだってな」


 龍児は舞衣の顔を見ずに挨拶をしながらもキョロキョロと店をチェックしだした。颯太も売り物の包丁に興味を惹かれて見回していた。あの刀夜がどんな商品をこの世界の連中に売ろうというのか見ものであった。


「ええ、そうよ。見てのとおり包丁屋だけど」


「奴は回復したのか?」


 奴、それは無論刀夜のことである。龍児は巨人戦以来、刀夜と会っていないのでどの程度回復したのかは知らない。


 包丁を作れるなら相当回復したのだろうと思った。だが舞衣の表情は思わしくない。


小槌こづちを振るう程度にはね。でも足腰はまだ……手を貸せば立てるぐらいには回復しているのだけど」


「そ、そんな状態で仕事をやってるのかよ」


 龍児が驚くと同時にまたしても要らぬ嫉妬が沸き起こる。自分なら間違いなく理由ができたとばかりに喜んで休んでいるところだ。


「だから、これだけしか売ってないのかよ。寂しいこったな」


 颯太は思ったことを言っただけだったが、梨沙にはバカにされたように聞こえた。彼女が立ち上がると商品棚を強く叩いて怒鳴った。


「あんたねぇ、刀夜ナメすぎよ! 昨日なんか20本完売だし、ここにあるのは昨日できたての商品よ! 今朝だって開店前から人が並んでいたくらいよ!!」


「え?」


 20本完売したなどと颯太は意表をつかれた。なぜならばとチラリと売られている包丁の値段を再び見た。価格は銅貨200枚とある……つまり銀貨10枚。


 実際には値引き交渉があるので売れるのは160ほどである。それ以下では売らないよう刀夜から言われている。昨日の売り上げは銀貨200枚ということは金貨1枚分である。


「金貨1枚分って……ま、マジか……」


 颯太は思わず自分の給料と比較してしまう。自警団の給料は30日で銀貨15枚である。ただこれは寮費の値段が引かれているので実際の支給は銀貨20枚だ。正規の団員になれば銀貨30枚は貰える。


 10倍もの金をたった1日で……颯太は完全敗北を感じて肩を落とした。


 最も材料費、高熱費、人件費もろもろ考えればボロ儲けとはいかない。だが敗北感に見舞われた颯太はそこまで頭が回らなかった。


「よくこんな金額で売れるな」


 龍児も納得いかない様子だ。なぜならショートソードの価格は安い物で銀貨5枚から高い物で25枚だ。


 たかが包丁、バカ高過ぎだろうと思っていた。


 他の店では銅貨40枚ほどで売っている商品だ。なぜそんな物が売れるのかと。


「そりゃあモノがいいからだよ」


 梨沙は自慢してみせたが何も最初からうまくいっていたわけではない。初日はまったく人が寄りつこうとはしなかった。遠目で値段を見て鼻で笑われたのを今思い出しても腹が立つ。


 その日の内にみんなと相談して舞衣と美紀の対策案を採用することにした。呼び込みと実演、そしておまけを付ける作戦だ。


 このことに刀夜は首を突っ込まないようにしている。彼女たちが自分たちで考え自身で何とかするのを見届けたかったのだ。


 次の日、美紀が呼び込みをやった。最初は例のメイド服でとの案だったのだが無用のトラブルを引き起こすからと、さすがに刀夜が口を挟んで止められた。


 そして店頭での実演販売である。刀夜が作った刀包丁の最大の売りである切れ味の良さを道行く人々に見せつけたのだ。


 まるでバナナの叩き売りのようなノリで……


 だがそれは意外な所から需要が発生することになる。


「あ、龍児。お客様来たから空けてよ」


 梨沙の言葉に「ん?」と龍児が振り向くと後ろに男が立っていた。腰にはそこそこの剣を差して体つきは筋肉が隆起しており、結構日焼けしている。鎧こそ着ていないがおそらく傭兵だ。


 龍児と颯太はその客に場所を譲ったものの、なぜ包丁売り場に傭兵がと不思議に思った。


「――あ、よく切れる武器を売っているのはここでいいのか?」


 男はやや戸惑い気味で尋ねた。彼が戸惑うのも当然である。何しろ商品棚にあるのは包丁だけだ。とても武器には見えない。


「傭兵のかたですか?」


「ああ、そうだ。噂でここでナイフを買ったという奴がいてな。俺も同じ物が欲しくなった」


 男は情報が間違っているのか、それとももう売り切れなのかと表情が曇った。


「それだったら、こちらになります」


 そう言って梨沙は商品棚の裏からトレイに乗せたナイフを出した。トレイには微妙に形状の異なるナイフが6本乗っている。


 それはアーミーナイフとかサバイバルナイフと呼ばれる代物に近い商品だ。異なるのは刃の部分で、日本刀のような波紋があるが刃渡りは分厚く広い。


「おお、コレコレ」


 男は目当ての商品があったことに喜びを隠せない。

 が……価格を見て青ざめた。


「ぎ、銀貨25枚だと!?」


 買えない値段ではないがショートソードの高級品並の価格である。


「試し切りするかい?」梨沙が確認する。


「試し切り?」


「はい。見てのとおり高額商品になりますのでお客様に納得頂けるよう用意しております」


 舞衣が説明している間に梨沙は商品棚裏から板を取り出し、棚横に置いてある木箱の上に置いた。それは木の板にチェインメイルの一部を張り付けた物だ。


 すでに何度か試された後がある。試し用のナイフを板の横に置いた。


「どうぞ試してみて。この当たりとかまだ綺麗だよ。ブスーっと一発やってみて」


 傭兵の男はナイフを持ち上げ、逆手に持ち変えて勢いよく刺してみた。ザクッと小刻みの良い音と共にナイフはチェインメイルどころか板まで貫通し、下の木箱を突き刺した。


「あんた、力入れすぎだよ。抜くの大変なんだからね!」


 梨沙は『やっちまったよ』とばかりに膨れた。刺すのは簡単だが抜くのは大変でなのである。硬いうえに気をつけないと自分の指を飛ばしかねないからだ。


「――スッゲ!」


 傭兵の男は目を丸くした。梨沙からは力入れすぎと言われたが、男はそんなに力を入れた覚えはない。


 傭兵にとってナイフは最後の命綱となる武器である。したがって信頼できる物が欲しいのだ。


「買われますか?」


「買う! 売ってくれ!」


 舞衣と梨沙は万勉の笑顔で「お買い上げありがとうございます」と声を揃えた。丁寧に包装して銀貨を受けとる。


「確かに」梨沙が銀貨を確認した。


 包丁は値引きありだがナイフは値引きなしである。複数本買うのもなし。お一人様一本までとなっている。


「これはオマケのミニ砥石です。あと研ぎに出す場合は当店に持ってきて下さい。他店ではこの切れ味は出せませんので」


「サンキュー。研ぎはここに持ってくるぜ」


 男は商品を大層気に入ったのかニヤニヤとほくそ笑んで人混みの中へと消えていった。


「なんだよ、何でナイフを表に出して売らないんだ?」


 龍児は商品が良い物であると理解はした。だがそんな良い物ならバンバン売らないと勿体ないと思うのが普通だ。


「実はコレ、限定商品なんだよ。生産数たったの十本しかなくて」


「何で限定なんだ?」


「材料だよ良質の材料は手に入ったけど、数はないんだよ。龍児、あんたに渡した刀もちょ~貴重品なんだよ」


 だが龍児は分かっているのか分かっていないのか「ふーん」の一言で済ませた。


 実は美紀が実演した際に買いに来た客は傭兵ばかりであった。ナイフ代わりにと包丁を買っていったのである。お値段そこそこでよく切れる。噂が噂を呼び、あっという間に傭兵相手に包丁は売り切れてしまった。


 帰って刀夜にその事を話したら刀夜はあきれていた。よく斬れても包丁は包丁なのだ。


 材料にボナミザで入手した玉鋼は使っていない。戦いには向いていないのだ。


 包丁で戦う傭兵の姿を浮かべて美紀は吹き出して笑った。


 だが刀夜は冗談ではないと怒る。戦いに使うには包丁では強度不足なのだ。そんなモノに命を預けるなどと狂気だと。


 刀夜は数少なくなった玉鋼を使って今回のナイフを10本作った。そして傭兵が来たらこちらを売るようにと。


「鍛冶屋ギルドはまだ嫌がらせをやってるのか?」


 龍児は前に聞きかじった話を持ち出した。材料が足りないのなら購入するしかない。


「ううん」梨沙は首を振った。


「鍛冶屋ギルドはオルマー家から圧力をかけたわ。だけど良質な賢者の玉鋼はもう分配しちゃって今年分はないそうなのよ」


 舞衣は残念そうに答えた。玉鋼が足りなくなればまた自分で作るしかない。だが今の刀夜にはそれはできないので手持ちの物で何とかするしかなかった。

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