第4章 教団編

第178話 日々平穏

 巨人討伐から数日が過ぎた。街は戦勝ムードも落ち着いて普段の様子を取り戻している。


 街を行き交う人々の顔には笑顔が溢れ、それは何も表通りの人々だけとは限らない。日の当たらないようなところで暮らしている者にも安泰の日は訪れた。


 カリウスはこのまま何事もなければ次期議員は確実となり、それにあやかろうとしてくる者たちにウンザリし始めている。


 あやかろうとしているのは今まで上議員の父親のご機嫌取りにカリウスを利用しようとした者たちばかりだからだ。


 カリウスは彼らの態度の豹変ぶりに反吐が出そうであった。同じ利用されるにしても刀夜のほうがサッパリしていて逆に好感が持てると思えるから嫌になる。


 自警団は後片付けでいまだ大忙しである。勝ったとはいえ他人の立てた計画の後始末ほどつまらないものはない。片付けの最前線の者たちは不満タラタラで従事していた。


 巨人の兵装は研究対象としてヤンタルおよびピエルバルグにそれぞれ一対づつ極秘に運ばれた。巨人の本体は流石に持ち帰るわけにはいかず、森と街道の間に保管所を建設してヤンタルが管理することになっている。


 討伐の功労者である龍児は団より金一封が送られた。本来なら階級特進と言いたいところだが、何分彼はまだ見習いになったばかりの身である。金一封はその代わりということなのだが、あまりの安さに龍児は押しつぶれ饅頭のような顔をした。


 拓真とアリスは龍児たちと別れたあと、ピエルバルグの転送拠点から賢者の家へと戻った。別れを惜しみながらも元の世界へ戻るため彼は古代文明と古代魔法を調べる決意をしている。


 そしてもう一人の巨人討伐の功労者である刀夜はその怪我により、いまだ車椅子生活である。上半身は仕事ができるほどに回復してはいる。だが下半身はいまだ回復できておらず一人で立つのは困難であった。


 彼が幸運だったのは足首も膝も動いており、懸念されていた下半身不随は免れた。だが完全に治ることはなく、彼が剣を振って立ち回るような姿はもう二度と訪れることはない。


 彼にはもう1つ大きな爆弾を抱えてしまっている。発作である。元々持っていた持病ではあったが彼の剣術の師範である城戸阿伊染の暗示、一種の催眠術により元凶である記憶を封印することにより防いでいた。


 以後、発作は起きなくなったがこの世界にきて彼は再び発病するようになった。師範に教わった自己暗示の方法で押さえてきたが巨人戦で記憶が完全に戻ってからは発作は一気に重症化した。


 ただ巨人戦以来いまのところは発祥していないのは幸運といえよう。


 リリアは体が不自由となった刀夜を献身的に介護している。巨人戦で自分の中にある彼への気持ちを知ってしまい正直なところ戸惑っている。


 図書館で刀夜の本音を知ってしまったのも大きい。彼にとって大事な者の一人として自分が含まれていたのはとても嬉しいことだった。


 だが元の世界へ帰ろうとする彼に自分がどこまで気持ちをぶつけて良いものなのか? そもそも立場上そのような気持ちを持つこと事態が許されないような気もする。


 もどかしい日々を過ごす。


 ともあれ、刀夜と龍児たち異世界人とこの世界の人々を巻き込んだ大騒動は一先ひとまず落ち着きを迎えた。そして彼らが元の世界へと帰るための模索が始まる。


◇◇◇◇◇


 ピエルバルグの大通りは今朝からいつもどおりに多くの店が開店して賑わっていた。


 メインストリートには店舗型の店が並んでいる。店舗の窓には自慢の商品が陳列しており、店の名前を読めなくとも一目で何の店かすぐに分かる。


 カフェを営んでいる店の先にはテラスとなっていて小さなテーブルと椅子が少し並んでいた。まるでパリのモダンなショッピング街のようなところもあれば、露店の店舗が引き締めあうような場所もある。


 そんな露店街の一角に刀夜の店があった。小さな神社の祭りに出てきそうなこれまた小さな露店である。刀夜の体がようやく回復の見込みのメドがたったとき舞衣、梨沙、美紀が作った店だ。


 製作には晴樹も途中まで手伝っている。最後まで手伝えなかったのは、刀夜が不自由な体を押して小槌こづちを握ったからだ。


 生きていたいくだけの金は十分所有しているのだが虎の孫は虎だったのだ。爺さん譲りの職人気質がなまけるのを拒否した。休んでいても誰もそんなことは思わないのに自身がそれを許さなかった。


 何より刀夜の方針は今ある資金はできるだけ手をつけず、日々の生活は自分たちで稼ぐようにと元々決めている。


 彼が小槌こづちを振れるのなら、彼の作った物を売らなければならない。舞衣、梨沙、美紀の三人は相談して交代で売り子をすることにしたのだった。


 その露店の店が並ぶストリートを龍児と颯太は並んで歩いていた。彼らは自警団より支給された服で身を包んでいる。


 そのため二人が自警団団員であることは誰の目にも一目瞭然である。肩には階級章がついており、彼らが見習いであることを示していた。


 龍児と颯太は辺りの店をチェックしながら目的の店を探して歩いている。


「お、あったぜ。龍児ぃ」


 刀夜の店を先に見つけたのは颯太だ。颯太の指が指し示す店はまだ少し遠い。龍児は額に手を当て日差しを避けながら目を細めて指し示す店をみて「ふーん」と気の抜けた声を返えす。


 それはまさしくお祭りの小さな露店の店といった感じで、風避け程度に板で左右後ろを囲って赤い花柄の薄そうな布が屋根と日除けとなっている。


 店の手前には客に見えやすいように斜行した商品陳列棚があり、数本の包丁が飾られていた。しかしながら陳列棚の大きさにしては商品が少ない。商品には紙でできた手書きの値札がついている。


「おーいたいた。マジで店やってんだ」


 颯太が店にいた二人に手を掲げて挨拶すると、座っていた舞衣と梨沙はお喋りを止める。舞衣は立ち上って彼らを出迎えた。

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