第177話 総評、新たなる始まり
――その頃オルマー邸で刀夜はハンスに車椅子で運ばれてカリウスと面会していた。
木でできた車椅子は正直なところ体に響くので好きになれない。毛布で背中や腰を保護しているがあまり長時間は座りたくない気分だった。
「体の調子はどうだ?」
「見てのとおりまったく身動きできない……」
視るからに痛々しいその様子に現場はどれほどの激戦だったのかと冷や汗が出そうであった。なのに戦死者は抑えられており、どんな様子だったのか聞きたいほどだ。
だが長々と話を聞くのも酷である。カリウスはすぐに本題に入った。
「まずはお前の功績についての報奨なのだが……何か欲しいものとかあるか?」
「いまのところは特にありません。今後も持ちつ持たれつ協力関係を築けていただければと思っております」
それは今後も刀夜に協力しろと言っているようなものであり、報奨としてはかなり重い話だ。だがこの男の手腕は捨てがたいものがある。カリウスは彼を手放したくはなかった。
「分かった。良いだろう」
カリウスはハンスに目で合図を送った。ハンスはうなずくと、奥に用意していた一口分の液体の入ったグラスを持ってきた。
カリウスの前に差し出すと彼はそれを受け取った。残った一つは刀夜の分だか刀夜は腕が動かせない。察したハンスが代わりに手にする。
「これは今後も協力し合う誓いの杯である」
誓いの杯とはまるで任侠道だなと古風を感じた。杯の代わりにバーボングラスなのはこの世界ならではらしい。
カリウスがグラスを顔の前に掲げる。ハンスもまねて刀夜の前で掲げると口に添えてくる。刀夜はそれを一気に飲み干す。
アルコールではあるがあまり強くない。ハンスが気を使って弱いものにしてくれていたのだ。
カリウスは飲み終えたグラスをハンスに返した。
「さてこれでお主と私は今後も一蓮托生となった。なので今回の戦果とその影響、および今後について話しておきたい」
「はい……」
「まず戦果だが被害を最小限に納めた勝利により、これについては誰も文句はでないだろう。完璧な勝利であった」
刀夜にとっては完璧な勝利とは誰も死なず、自身も無事に帰ることであり、今回は完璧とはほど遠いものであった。
だがカリウスにとっては予想以上であり、多くの議員や自警団、街の人々にとっても評価は高いと見られている。
「私が次の議員として通るのは間違いないだろう。だが……」
カリウスの表情は陰りをみせる。
「二匹目巨人の討伐功績は自警団のものとなってしまった」
カリウスは悔しそうにする。しかし、刀夜の目的としてはカリウスを議員にできれば良いので、何の問題があるのかと疑問に思う。
「恐らくジョン団長は私の同期として議員入りを果たしてくるだろう」
つまるところライバルが現れるという話である。だが刀夜としてはそこまで面倒は見れない。自分で乗り越えるべき問題だと思った。
「今後、奴からはいろいろと邪魔が入るかも知れんな……」
「邪魔? もしかしてオルマー家と自警団とは仲が悪いのですか?」
カリウスの様子に自警団と対立しているのかと刀夜は思った。議会の関係に関しては刀夜はまったく知らない。ふて腐れたかのように膨れっ面となったカリウスの代わりにハンスが答える。
「正確には議会と自警団ですな。議会は自警団に対しあれこれ要求を出しては成果を求める。対し、自警団は無茶な要求に応じなければならず予算はない。なのに人員は補充されない。ともなれば恨みも買うというものだ」
「なるほど、自警団の人員は議会が出してしたのですか?」
「正しくは議会から承認を得た人員だ。これまでは身元保証が必要だったからな。議会を無視して外部の人間を入れるようにしたのは現団長のジョンだ」
「ますます亀裂が入ったわけだ……ジョンが議員になると嫌がらせでこちらの意見に反対に出ると」
「そのとおりだ、だが自警団出身の議員は少ない。問題なのは彼らに賛同するもの達だ」
それまで押し黙っていたカリウスの口が開く。
「取り分け魔術ギルドの連中はやっかいだ」
ハンスは補足して刀夜に説明する。
「魔術ギルドは仕事柄、街の人間に受けがいい」
「彼らのお陰で怪我も病気も即座に直してくれる……当然だな」
「それだけなら構わないが、魔術ギルドは自警団の仕事の関係上、癒着している。医療だけでなく犯罪の取り締まりなどでも魔術は必要だ」
「つまり意見が割れたら向こう側につくと……」
「そういうことだ」
カリウスは議会を無視するジョンが気に入らなかった。その嫌いな男が同期として議員となる可能性が高い。
功績をあげられては議員になった際に比較されてやりにくいことこの上ない。なんとかして蹴落としたいぐらいである。
「そういう意味では、巨人を倒したあの大男! お前の仲間であったな」
「端から見ればそうかも知れませんが、アレとは水と油と思って頂きたいです」
「ふむ、だがアレに大暴れされてヤツに功績を立てられるのは御免こうむりたいものだ」
「それは心配いりませんよ。ヤツは猪も同然。必ずどこかでポカして迷惑をかけることになるでしょう。あーそういう意味ではジョン団長にはご同情申しあげるかな」
「――プフッ」
カリウスは困り果てたジョンの面を想像して吹き出してしまう。
「まぁ状況はそんな所だ。取り分け急ぐこともないので、しっかり養生してくれ。時がきたら仕事を依頼する」
「分かりました。ところで以前お渡しした刀が見当たらないようですが、別の部屋に移したのですか?」
カリウスは嫌なことを思いだして再び膨れっ面となった。親指の爪を噛みながらブツブツと何やら文句をいいだす。椅子の上に縮こまってくるり回ると背もたれを刀夜に向けるさまはまるで子供だ。
どうやら何かあっていじけているようである。
ハンスが困った顔で刀夜にこっそりと教える。
「……実はデュカルド様に見つかって『お前には10年早い』といわれて取り上げられました」
刀夜はその光景を思い浮かべると吹き出しそうになる。デュカルドのことだ自分が欲しくなって息子のを取り上げたのだろう。
親子揃ってマニアだと苦労するなとそう思うと、刀夜は再び笑いそうになってしまった。
「今度、また作って差し上げますよ」
互いに利用しようというのだこのぐらいのサービスはしておいてやろうと刀夜は樮笑む。
「ほ、本当か!」
ようやくカリウスに笑顔が戻った。子供のように目をキラキラとさせて渇望の眼差しを送った。
「ええ、嘘はいいません」
「で、では今度は宝石とか散りばめて華やかものを頼む!」
「…………それはご遠慮させて下さい」
そんな不格好な刀なぞ作りたくもないが、古代貨幣の換金が当面できそうにない今、そんな無駄金は使えないのであった。
ともあれ、刀夜と自警団を巻き込んだ事件は終わった。それは奴隷商人の競りから続いていたカリウスとの問題も終わったことを告げる。
刀夜はようやく元の世界へ帰るための調査にとりかかれることとなった。
ただリリアの抱えた問題をどう解決するのかが難題であった。約束した以上は帰るまでに彼女の奴隷という名の鎖を解かなくてはならない。
だが皆はともかく自分が元の世界に戻る必要はあるのだろうか?
そんな考えがちらつく。だが刀夜は頭を振ってそんな考えを振り払った。こんな自分を育ててくれた爺さんにまだ恩を返していないのだと。
刀夜は必ず帰るのだと新たに決意する。
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