第174話 龍児VS巨人兵3

 龍児はそのまま斬り砕いた巨人の腕の下を駆け抜ける。奴の死角から裏へと回った。巨人は龍児を見失ったままだ。


「オオオオオオオオオオ……」


 巨人は地鳴りのような声をあげる。


 それは龍児にとって悔しさの声のように聴こえた。


「ふぬうううううう!!」


 巨人の左腕の下を抜けて左足裏へと回る。いまだ巨人には気づかれていない。


 好機!


 魔法剣の柄を絞り混むように握る。気合いを入れて全身全霊で剣を上段から振り下ろした。障壁を破壊して巨人のふくらはぎを切り裂く。


 籠手同様、留め金を斬り裂いて衝撃波ですね当てが吹き飛ぶ。だが太いだけあって巨人の足の骨を粉砕するには至らなかった。


 しかしながら受けたダメージは大きい。巨人は踏ん張れず、体を支えられなくなると立ち崩れようとする。


 龍児は再びチャンスとばかり詰め寄った。ここで奴の右足も奪えば勝ったも同然だと勝利を確信した。


 だが巨人は思わぬ行動にでる。奴は倒れようとしたのではなく残った右足で前へと跳躍したのだ。


「グガアアアアァァァアアアァァァ!!」


 攻撃体制に入っていた龍児は巨人を追撃できない。そして奴の飛び先を見てギョッとする。巨人は刀夜のほうへと向かっていた。


「と、刀夜――ッ!!」


 いまだリリアも刀夜に抱きついて離れようともしていない。逃げるチャンスは十分稼げたはずなのに。


 巨人はフェイスプレートの下から大きな口をあけた。龍児は全力疾走で奴を追ったが……


 リリア達に巨人の大きく裂けた口が差し迫る。間に合わない! 防ぐことができない!!


 脳を加速されている龍児にとってそれは長い時間に感じられた。


『まただ、また俺は仲間を助けられないのか?』


 龍児の心に無念の思いが満ち溢れてくる。すぐそこだというのに、精一杯手を伸ばしても届かない。


「ちくしょおおおおおおお!!」


 地面と巨人がぶつかって衝撃が走った。吹き飛ばされた枯れた落ち葉が舞う。


 行き場を失った手を震えながら空を掴む。その手のひらには何もない……


『ここまでお膳立てしてもらいながら俺はこの程度なのか!!』


 心をえぐる痛みに涙しそうになる。


「龍児! まだだ来るぞ!!」


 突然声をかけてきたのは追いついた拓真だ。突然、巨人の体は海老反るように捻りを加えて龍児に振り向く。巨人の口には奴の剣が咥えられていた。


 龍児は青ざめた。奴は刀夜を狙ったのではない。自分の武器を取りにいったのだと。


『やられた! 奴の狙いは元々俺か!』


 無防備な龍児の頭上に巨人の剣が振り落とされる。


「貫け! アイスジャベリン!」


 巨人の上に氷の刃が複数現れる。それは、つららのような氷の刃だ。


 氷の刃がまるで弾丸のように降り注がれると巨人の体がハリネズミのように串刺しとなってゆく。いや、正しくは障壁の前に氷は砕け散っている。


 魔法の攻撃とはいえぶつけいるのはただの氷の塊である以上は物理なのだ。だが魔力を帯びている分、巨人へのダメージはある。その衝撃により巨人は咥えていた剣を離してしまった。


 巨大な剣は森の奧へとくるくると回って飛んでいってしまう。


 力を失った巨人が龍児に向けて倒れてくる。


「いまッス!」


「龍児! やれ!!」


「龍児君!」


 龍児はスタンスを取って右にぎ払い構えを取った。足腰に腕に渾身の力を込める。


 巨人の頭が迫ったとき。軽くステップを踏んで前に出る。右足がまるでロケットの発射台のごとく全重量を支えた。強力な発射台を得た剣は最速最大のパワーを発揮する。


 魔法の剣が青白く輝く。


「おぉおおおおおおおおおおあおおっ!!」


 地をはう剣の軌道は天へと向かい、落ちてくる巨人の首を捉えた。


 バリッ!!


 ガラスが割れるような音と共に絶対物理障壁を破壊され、ダイナマイトが爆発したかのように衝撃波が放たれる。


 確かな手応えと共に龍児は剣を振り切った。


 巨人の首は吹き飛ばされ、龍児の後ろに落ちると転がってゆく。


 やがて止まり、力尽きると赤い目の輝きを失せた。


 龍児は極度の緊張から解放され、どっと汗を吹きでてきた。大きく息を吹き出して心を落ち着かせると同時に魔法の効果が消失した


 我に返ると気になるあの男の名を呼ぶ。


「刀夜!」


 龍児は横たわる巨人を乗り越えて刀夜の元へ駆け寄ってみる。視界に映ったその男は少なくとも巨人に喰われてはいない。


 巨人の目的は刀夜ではなく自分の剣だったのだから当然といえば当然かもしれない。とはいえ巨人の衝撃波をもろに浴びてしまった刀夜の体がバラバラになっていないのは奇跡である。


 刀夜の回りにはアリス、拓真、由美がすでに駆け寄っていた。


「これはヤバいッス。すぐに回復呪文を」


 刀夜はすでに呼吸が停止して危険な状態であった。衝撃波の影響でボロ雑巾のようになっており、傷ついていない所を探すのが困難なほどである。アリスはポシェットから魔法の指輪を取り出して指にはめる。


「さ、リリアちゃん。魔法の邪魔になるから……」


 由美はリリアを刀夜から引きはなそうとする。だが彼女はまるで子供が駄々をこねたように、首を降って刀夜にしがみついて離れようとしない。


「リリアちゃん。早く刀夜君の治療をしないと……」


 無理に引き離せば刀夜の体に負担がかかる。彼の体はいびつに曲がっており、脊髄は折れていると思われる。


 由美は困り果ててしまう。


「もういいッス。二人まとめてやるッス」


 アリスは二人に魔法の指輪をはめた拳を突きだした。


「彼に命の加護を……ハイヒール!」


 魔法の指輪に組み込まれた術式が動きだす。指輪の宝石が眩しいほどの光を放つと純白の魔方陣が刀夜とリリアを包むように描かれた。


 刀夜の外傷はみるみる直ってゆく。


 淡い光は近くにいるだけでもポカポカと温かく感じられた。


 そしてゆっくりと魔方陣が消える。


「ゴフッ!」


 咳き込むと同時に刀夜は呼吸を取り戻した。泣いて刀夜にしがみついていたリリアがようやく体を起こした。


「刀夜様……」


 だが刀夜の意識は失ったままである。


「こ、これで大丈夫なんだよな……」


 龍児は恐る恐るアリスに聞いてみた。だが彼女は険しい表情のままである。


「命は……とりとめたッス……」


「そ、そうか」


 彼女の言葉に龍児は安堵する。だが……


「だけど脊髄損傷……運が悪ければ最悪……」


 それは下半身不随などの後遺症のことを言っていた。


 魔法で傷そのものは直せる。だがそれは以前のように五体満足になるというわけではない。傷が傷痕として残るのと同様、折れた脊髄の神経は以前と同じように直っているとは限らない。


 こればかりは運でしかない。


 やがてどこに隠れていたのか数人の自警団団員が顔を出した。刀夜が決戦場と選んだ森には巨大な巨人兵の遺体が2つ横たわっている。


 そして衝撃波によりバラバラとなった装置の残骸とえぐれた地面と折れた木々が散乱していた。凄まじい激戦の跡が大地に刻まれていた。


 だが巨人の驚異に晒されていた彼らは歓喜の声をあげた。


 そのような中でレイラが龍児に近寄り「よくやってくれた」と労う。


「ああ、みんなのお陰だよ。俺一人では勝てなかった……」


 龍児は自分の戦いを振り返る。刀夜に大口を叩いたが、欠点ばかり見えてくる。


「ちぇーッ、俺ってまだまだだよなァー」


 龍児は悔しがって天を見上げた。


「まだまだって……お前、相手は巨人兵だぞ……」


 まったくどこまで上を見ているのやらとレイラは呆れた。だが彼女にはわかっている。顔を見せずに天をあおいでいるこの男こそ一番喜んでいるのだと。


 クスリと彼女は笑った。


「さぁ、後片付けは後続に任せて我々は引き上げよう」


 この巨人との戦いによる戦死者はわずか13名で勝利を納めた。それは称賛されるべき戦果ではある。


 だが後に失った13名の命の重さを龍児と刀夜、その仲間達は味わうこととなる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る