第171話 何しにきたんだっけ

 仕方なく彼らを後にして先へと進む。すると今度は馬に乗った兵士と出会う。


「おい! 戦況はどうなんだ?」


 龍児が即座に声をかけた。互いに足を止めて、顔を見合わせる。


「現在、巨人を拘束をしたところだ。我々は有利に事を運んでいる」


「さっきの雄叫びはなんだ?」


「……残念ながら小官にはわからない。急ぐのでこれにて失礼する」


「あ、待て! さっきポークが出現していたぞ! 仲間がやられていた」


「何!? 帰りが遅いと思えばそんな事に……奴等は?」


「さっきの雄叫びで逃げたぜ。あんたも気をつけろよ!」


「ご忠告感謝する」


 ポークは馬を飛ばしていればとるに足らない相手だ。基本逃げ出すし、馬の速度には追い付けないからだ。だが先ほど亡くなった兵士達は毛玉を気にして立ち止まったために襲われてしまったのである。


「じゃあ俺たちも急ごうぜ」


 龍児はアリスに声をかけたときだった突如空が暗くなって空気がざわめきだした。


 皆が空を見上げる。これから向かう先の空に大きな魔方陣が描かれている。


「あ、あの魔法は、ま、まさか……」


 アリスは驚いた。まさかこんな所で古代魔法を発動しようとしている者がいることに。しかも規模がとてつもなく大きい。


 空の天候に影響が出るほど強大な魔力だ。賢者たる自分にでもこんな芸当はできない。いや師匠の賢者マウロウとて果たしてここまでできるだろうかと疑念に思うほどだ。


姉弟子ねえさんあれは何の魔法ですか?」


「わ、わからないッス」


 アリスのこめかみに汗が流れた。やがて中心に穴が開き光の粒子のようなものが吸い込まれると彼女はそれの正体が分かった。


「そうか! あれはマナイーター!!」


 驚きの表情には恐怖が混じっていた。


「よくわかんねぇが刀夜がなんかやりやがったな。早く急ごうぜ!」


 龍児の言葉にアリスは青ざめた。


「ダメッス。あれに近づいたらあたしの魔力は根こそぎアレに奪われるッス」


「奪われる?」


「そうッス。マナイーターはありとあらゆるものから魔力を奪う魔法ッス。大地や大気にあるマナも、魔法武具やアイテムに蓄積された魔法も根こそぎッス」


 だがこれでカリウスが対策を講じていると言った意味が分かった。確かにこれなら巨人のあらゆる力を根こそぎ奪える。


 絶対物理障壁はもちろん、武器の能力も、巨人自体の力もすべて! あとはこの魔法効果が効いているうちに木偶の棒となった巨人を物理的に叩き潰すだけだ。


 アリスはこのまま魔法が切れて刀夜の元へ向かっても自分達の出番はないと思った……


◇◇◇◇◇


 龍児達を乗せた馬車がゆっくりと進む。空はすっかり元の青空だ。


「あーあたしたち何しにきたんだっけ?」


 アリスはだらけた姿で晴れ渡る空を眺めながら、取り分け誰に問うわけでもなく質問をなげた。


「みんな無事ならそれで良かったじゃないですか姉弟子ねえさん


 彼らは先ほどすれ違った伝令に巨人の討伐が完了したことを聞いた。自警団では勝てないとふんで急いで駆けつけたのに、これでは完全にピエロである。どんな面で師匠に顔を会わせれば良いのやらと悩んでいた。


 龍児も似たような心境だ。意気込んでかっこよく乗り込んでやろうと思っていたのに。


 由美は平常心で落ち着き、のんびりとする。無難にことが済んだのならそれで良いと。


 だらけていた龍児がふと気になったことを拓真に聞いた。


「そういや何で屈強な兵士が必要だったんだ?」


「ああ、それはこれを使ってもらおうかと思ってね」


 拓真は包み紙に包まれた大きな長いものを持ち上げた。龍児がそれを受け取った……が、それはズシリとかなり重い。


「うおっ、な、なんだよこれ重いな……」


「対巨人用の武器だよ。僕じゃあ重すぎて使えそうになかったから……」


「いや、だからってこれは俺でも重いぞ」


「君でも重いか……」


「わかるだろ、フツー」


 龍児は目を細めて無理だと訴えた。龍児が使っているバスターソードとは比べ物にならないほどの重量がある。


「そりゃまぁ、これだけの重さがあれば奴の鎧もぶっ潰せるだろうけどな……近寄ることもできんぜ」


「無理ッスよ」


「え?」


「重量があったって絶対物理障壁があるかぎり奴にダメージは与えられないッス。だから彼らはマナイーターで相手から魔力を奪った。あたしたちは力押しの予定だったんッスけどね。完全に逆転の発想ッスね」


「じゃあこの武器は何だったんですか?」


 拓真は重い思いをしてまで運んだものが役立たずのように聞こえて一体なんだったのかと思った。


「それはあたしと使い手、二人いてこそ初めて巨人に対抗できる代物なんッスよ……」


 アリスは説明してる途中でかったるくなると、大きくため息をついた。説明したところでもう出番はないのだから。最も出番がないのは良いことなのだが……


 ぼーっと空を眺めるアリスの視界に鳥が飛んでいった。それはアリス達がきた方向へと飛んでゆく。


 また一羽とんでいった。


 再び一羽とんでいった。


 突如、沢山の鳥が慌てて彼らの頭上を飛びさってゆく。アリスは目を見開き、飛び起きて姿勢を正した。翔び去ってゆく鳥達を真剣に見つめる。


「急ぐッスよ!!」


 彼女は突然、馬に鞭を入れて再び駆けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る