第169話 龍児VS巨人兵1

 突如視界に割り込んだ黄金の光、刀夜はそれに視線を変えた。


 それは人のようではあるが、人にしては恐ろしく早い速度だ。加えて何ゆえ光っているのかと疑問に思う。だがその人物の顔がおぼろげに見えてくるとさらに驚いた。


『龍児!? なぜお前がここにいる?』


 彼は後方待機のはずである。体が光っていることも含めて疑問は多いが今はそんなところではない。龍児はまっすぐ突っ込んでゆくと大きな片刃の大剣を頭上に両手でかかげた。


『相変わらずバカか』


 巨人のパワーを思えばあの程度で防げるわけがない。三人とも押しぶされるに決まっている。よしんば耐えたとしても後からくる衝撃波で全員バラバラだ。


 刀夜は覚悟を決める。


「うおおおおおおおおおおおッ!!」


 龍児が気合を入れると、さらに光を増して打ち下ろされた巨人の剣を龍児は受けた。そしてやってくるであろうと思われた衝撃波は……こない。


 それどころか逆に引き寄せられるかのような大気の流れを感じた。


『まさか、衝撃波を押し返したのか!?』


 信じられないが、それしか考えられなかった。


 龍児は両手で支えていた刃側の左腕の力を抜いて剣を斜めにする。巨人の剣は流されて刀夜の左側の大地を斬り付けた。


 土と枯葉が舞って刀夜とリリアにパラパラと降りかかる。


 あの猪バカが受け流し?


 正確には受け流しとはならないが龍児がやってのけたことに驚きを隠せない。


 龍児は左手を柄に戻して両手で剣を掴むと、上段の構えをとる。そして一歩踏み込んだ瞬間、龍児の体は数メートルを一瞬で巨人との距離を詰めた。


 その勢いで剣を振り落とす。


『絶対物理障壁で弾かれる!』


 刀夜の懸念どおり、龍児の剣は絶対物理障壁と干渉した。キーンとした音が龍児の耳を突く。


 だが次の瞬間まるでガラスの鏡が割れるかのように絶対物理障壁が砕け散った。


 龍児の剣は巨人の腕の肘辺りを切り裂いた。続いて龍児の剣から斬衝波が繰り出されると巨人の腕を斬り飛ばした。


 飛ばされた巨人の腕は宙で回転している。腕は刀夜のはるか後ろへと落ちた。


『どうやって絶対物理障壁を……』


 刀夜は信じられないことのオンパレードを見せつけられた気分であった。


 龍児は大剣を肩に担ぐと背中越しに刀夜をみた。


「あい変わらず貧弱だなテメーは。弱っちいくせに前に出るんじゃねーよ」


 刀夜は薄れゆく意識のなかで屈辱を感じた。冗談ではない龍児にでかい顔されたまま死ねるかと再び闘志を燃やす。だが今日のところはもう無理だと思うと刀夜の意識は切れた。


「そこでおねんねしときな。ここからは俺の戦場だッ!!」


 龍児は再び巨人に視線を向けた。


◇◇◇◇◇


 ――それは刀夜が最初の巨人を拘束したときのことである。


 作戦本部のテント内で龍児はイラついていた。現場からの最後の連絡は被害多数の報告で終わっていた。


 そのせいで龍児は隠れて現場に向かおうとしたので団長の目の届くこの本部で監視されていた。監視役として由美が付き添っている。


 刀夜の報告には『されど計画に支障なし』と言ったのだが伝わっていなかったのである。そのため本部は判断に困っていた。増援なのか撤退なのかと……


 自警団に被害が出ていると知った龍児は今にも飛び出しそうである。しかし命令は待機のままだ。そもそも作戦状況がどうであれ自警団見習いの龍児達に出番はない。


「東から誰か来ます!」


 作戦本部のテントへ駆け寄った見張りの自警団団員から報告が来た。


「東だと?」


 ジョン・バーラット団長が不振に思った。街道は封鎖しており、何人も侵入してはならないことになっている。一体誰が何のために侵入したのだろうか。


「警戒せよ!」


 作戦本部にいた幹部は気晴らしになればと、その侵入者を一目見ようとテントをでた。


「へへ『警戒せよ』だとよ。どれ、俺も警戒しに行くか」


「ちょっと、勝手に命令を拡大解釈しないの」


 由美は呆れつつも龍児を見張っていることに飽きて一緒にテントをでた。幹部の連中が望遠鏡を覗いて珍客の様子を伺っていた。肉眼では分かりづらいので龍児は彼らに近づいて話を盗み聞こうとする。


「どうやら、魔術師のようですな」


「魔術師? 魔術ギルドからの応援か?」


「そんな話は聞いておりませんが……」


 誰もがそのような要求を魔術ギルドに要請したのかと顔を見合わせる。巨人討伐部隊は二つの街の合同となっているため命令や連絡の不備はあるかも知れないと思った。だが……


「……あの馬車……妙に早すぎませんか?」


「…………」


「……そう言われてみれば……」


 徐々に馬車が近付いてくると、彼らはようやく異変に気がついた。馬の蹄の音が聞こえるのに荷馬車の車輪の音が聞こえないことに。


「え? ま、まさか魔法で浮かしているのか!?」


 彼らは驚いたそのような芸当のできる魔術師がいるのかと。もしできるものがいたとしたらそれは魔術師ではない。可能なのは考えるかぎり一握りしかいなかった。


 馬車が視界にしっかりと映るようになると、その早さが異常でないことがよくわかる。ぐいぐいと馬車は大きくなる。


「!」


「うわわわわーっ!」


 幹部連中が慌て逃げようとし始める頃にはもう目の前だ。


「どうどう!」


 御者が馬車を止めた。翡翠色の魔道士の服。横に跳ねたオレンジ色の髪。好奇心に満ちた目を団長に向けた。


「あたしは賢者マウロウが一番弟子、アリス・ウォート! 巨人討伐を聞きつけて加勢にきたッス!」


「おお、賢者マウロウ! …………の弟子……」


 賢者マウロウは存命している賢者の中では最も有名で実力者である。だがアリスは無名であった。


「なんか引っかかる言い方ッスね……仕方ないけど……」


 自分が無名でマウロウのほうが有名なのでこの反応は致し方ないと彼女は分かっているつもりである。しかし弟子とは言え一応立派な賢者なのだから、もう少し反応が欲しいと彼女は肩を落とした。


 脱力感に襲われた彼女の後ろから男がひょっこりと顔をだす。


「あ、2番弟子の拓真です」


「た! 拓真ッ!!」


「え、拓真君!?」


 死んだかも知れないと思っていた級友との突然の出会いに龍児と由美は仰天した。

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